スーサイド・スーパー・スターズ

ミニ王

第1話 成長還元治療薬



改正刑法第666条: 「自殺を遂げた者は、悪魔に身体を乗っ取られたと認定される。悪魔は日本国に対する敵性存在として処罰される。」



自衛隊及び警察法第777条: 「自衛隊員及び警察官は、悪魔や悪霊と認められた存在を排除するために、保有する銃火器を自由に使用する権限を有する。ただし、その行為は公の安全及び秩序を保護する目的で行使されなければならない。」




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山梨県 鳴沢なるさわ市。



平素は富士山麓の市として有名だが、現在では“聖地の入り口”として不名誉な二つ名をもっている。すなわち、鳴沢市はかの有名な“自殺の名所”であるところの直近に位置する街であった。


「青木ヶ原樹海監視所より至急電!」


報告と共に、陸上自衛隊第1師団CIC(作戦室)に赤い非常灯が灯った。



『悪魔の現出を確認!』

『被害多数!』

『損害送れっ』

『道路沿いの民家15軒。すでに23名が死亡。取り込まれています!』

『予想進路、鳴沢市街地区!』


矢継ぎ早に報告が飛ぶ。


同時に、メインスクリーンに現地ドローンが拾ったであろうリアルタイム映像が映し出される。


(まるで映画館だな)

と、天野あまの立樹1等陸佐は緊張感なく思った。


 映し出された映像もまた、映画のワンシーンのようであった。ジャンルはホラーかSF。少なくともR指定のないヒーローものではない。


 それはあまりにも大きな“牛”だった。大きさは周囲の民家と比較すると、その倍ぐらいありそうだった。電柱ほどもある乳房が6つ、アスファルトを削りながら、気味の悪い乳白色の液体をまき散らしていた。


 頭部は牛にしか見えない何かはしかし、牛の愛らしい瞳とはかけ離れた眼で、血管が走り、膨張し、破裂して真っ赤に染まっていた。紅に輝く双眸の間には幾何学的な何か模様のようなものが焼印されている。


「刻印を“いく”に照合……………………」


 スパコンAI“郁”の回答を待っている間、天野陸佐は対応を考えた。とはいえ、マニュアルはすでに出来上がっている。

さらにはこのような事態は何度も繰り返していることなので、対応を練るのにさして時間もかからなかった。


(……問題はあの引き籠りたちだ)


 そちらの対処のことに頭のリソースを割かねばならなかった。正直なところ、頭が痛い。


「……確認。等級十三位階です。個体名はモラクス」

「では――」

と、天野陸佐は眉間をひともみしてから声を発した。


「警察には周辺住民の避難。さしあたっての足止め・けん制は富士駐屯地の第十二師団に任せる。D装備での出撃を厳命。さらに空自に連絡。百里に出撃準備を要請せよ」


「「了」」


部下たちの引き締まった返答は天野陸佐の気持ちをほんの少しだけ軽くしてくれた。なにしろ、次の相手は真逆の、ダラけきって、自分本位の、節度のない者たちだったからだ。自然と口調も重くなる。



「はぁ。あとは都庁に連絡してくれ…」

「災害対策室、でよろしいでしょうか。それとも知事室でしょうか」


 オペレーターの質問に天野陸佐は一瞬間を置いてから答えた。



「……地域福祉課だ」




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「あーぁぁぁ!」



~悪魔警報 山梨県鳴沢村~


耳障りな音と共に液晶画面に素っ気ない文字があっさりと流れてゆく。


 湾曲型の高価なディスプレイにコントローラーを叩きつけたのは細身の少女であった。


「いいところだったのに! せっかくチャンピョンとりかけてたのに! クソくそクソくそクソ悪魔め!」

 

 口汚く罵る。しかし、文言とは逆にその容姿は人形のように美しかった。名工が作陶さくとうしたかのような白く艶やかな肌に、プロモデラーが削りだしたかのような目鼻立ち。髪は不自然なほどに赤く、肩上ですっぱり切り揃えられていた。


「こら薪絵! キーボードクラッシュはしちゃいけません!」


 喪井田もいだ源八は少女を𠮟りつけた。彼は閉店しているとはいえこの漫画喫茶の責任者である。高価な備品を粗く扱われては堪らない。


「どうせ支給品じゃん。ケチね、てんちょ」

「施設長だ。ついでに言うのなら喪井田施設長さまだ」

「ダブル敬称おっつー」


 冗談めかして言ったが少女――木枯こがらし薪絵まきえはそれを軽く払った。どうにもこの年頃の少女はやりづらい。しかも、警報が出たということはこの子はこれから死地に赴くのだ。


(一度経験してるから? 大丈夫だってか)


 源八はこの子たちが不憫でならなかった。自衛隊も警察もあれを足止めすることはできる。近くに永遠に稼働する弾薬工場があったのなら永遠に足止めできるだろう。


(足止めするだけなら)


 しかし、警察に悪魔は倒せなかった。

 自衛隊に悪魔は殺せなかった。

 大人に悪魔は滅ぼせなかったのだ。



 悪魔は自死した人間を媒介に現出する。自殺するということはこの世界を見限ることだ。この世界に絶望したということだ。こんな世界なくなってしまっても構わない。むしろ無くなって欲しい。無くなってくれないのなら自分から去ろう。



 悪魔とはこの世界を失くす力なのだ。


 

 だから、この秩序を守らんとする警察も、この国を自衛しようとする力も悪魔を殺すことができない。



 唯一悪魔を殺せるのは同じ力を持った者だけ。



 だから、源八は毎度ながら彼らに何て声をかけていいのか未だにわからないのだ。



(だから冗談を言うしかないってか)



 自分の不甲斐なさに源八は死にたくなりつつも、口を動かさずにはいられなかった。ひとりの、大人として。



「なあ薪絵。何か喰うか? どうせすぐにお呼びが掛かるだろう。簡単なものならすぐに作ってやれるぞ」

「さっき牛々屋の油ましましラーメン3杯食べてきたからいらない」

「おまっ、どうりでにんにく臭ぇと思ったら! この店は窓ねえんだぞ!」

「臭いってなによ! 女性に臭いって失礼じゃない! そんなん言ったらね、ここの男どもはみんな臭いのよ! てんちょは加齢臭するし」

「えー、うわ、すっごい。30なのに加齢臭とか傷つく……」

「え、あ、ごめ」

「薪絵、ちょっと出かけていいかな?」

「う、うん? どこ行くの?」

「樹海にちょっと……」

「お前が行くなっっ!!」


 自分の頭を叩く少女の力強さに、喪井田はついうれしくなってしまう。


「お前、じゃなくて施設長な」

と彼は誤魔化した。


「てんちょはここにいるの! 行くのは私と・・・・・・捩子は戦闘向きじゃないからパスね。後はあのキングオブ引き籠りよ。また寝てンの?」

「最後に見たのは一昨日の夕方だな」

「じゃあ、あと2日は出てこないかも」

「千歳が来るのを待つしかねえよ」

久蛹くさなぎさんかぁ。何時に来るのかなあ」



と薪絵が心配するよりも早く、地域福祉課の課長はその直上90mの上空へ辿り着いていた。





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 季節は夏だったが、少年は冬眠していた。あたまからすっぽりと毛布をかぶり、口元だけ空気穴をつくる。暑いとは感じない。厚い毛布は温度も光も遮断してくれる。



(・・・・・・はずなンだけど)



 宇内うだい貢具みつぐは足元に違和感を感じていた。何かやわらかいものが這い上がってきている。それはじっとりと汗ばんでるのに妙にあたたかく、水風船のようにやわらかなものだった。



「み・つ・ぐ・きゅーん」

「く、くるし!」



 顔を埋め尽くす乳房を払いのけて貢具は毛布から飛び出した。反射的にメガネを拾ったのは15年間の習性のなせる技だろう。


 ベッド代わりにつかっているフロアソファーを振り返ると、そこにはキャリアウーマン風の美女がいた。四つん這いになった彼女は獲物に襲いかかる猫科の動物のようだった。



「会いたかった!」



 久蛹くさなぎ千歳ちとせが貢具に抱き着いた。彼女は臆面もなくこういう表現をしてくる。ひとまわりも年上なのに本気だろうか、と貢具はつい疑ってしまうが、嘘を吐いているようには見えなかった。



「ちゅっちゅしよ? ねえぇ、ンチュー」



 真っ赤な唇がさしだされると、貢具は気恥ずかしくなって顔を背けてしまう。




「か、勝手に入ってこないでっていつも言ってるじゃないですか。千歳さん」

「ごめりんこ☆でもね、急用だったからぁ」




千歳はペロっと舌を出してみせた。

 彼女は貢具の保護者だが、東京都新宿区役所の福祉課長でもある。れっきとした公務員なのだ。



 久蛹千歳はコホンと咳払いすると、パチンと公私を切り替えた。



「自衛隊頭号師団より出撃要請がきました。SSS隊から木枯薪絵、宇内貢具、両名をもって現場に急行します」


「・・・・・・行きたくない」

「わたしだって行きたくないわよ」

「千歳さんは仕事じゃないか」

「仕事じゃなくても行くわよ」



例えば、と千歳は目をつぶって言った。



「目の前で困ってるおばあちゃんがいたら助けてあげるでしょう? これは目の前じゃないけれど遠くで困ってる人がいて、わたしたちにしか助けられないのなら助けてあげたい。そうじゃない?」


「・・・・・・自衛隊がいるじゃんか。戦車とかミサイルとかでヤっつけちゃえばいいじゃんか」



「戦車砲でも空対地ミサイルでも悪魔の“ガワ”は倒せる。でもその存在を滅ぼすことはできない。悪魔は自殺者を依り代にして現出している。その自殺者をこの世界から滅ぼせるのはアナタたちだけなのよ」



「でも、ぼくはもう、人なんて殺したくない・・・・・・」

貢具は素直に言った。

 他人のことなんてどうでもいい。仲良くなりたいとも思わない。でも、かといって他人を傷つけるのもイヤだった。



「人じゃない。もう死んでるのよ」

「それに、ぼくだって・・・・・・」

「貢具くんは生きてるわ。いくらわたしがショタ属性の変態だとしても、さすがに死人は好きにならないよ。ちゃんと薬は飲んでる?」



貢具は首をふった。薬どころかろくな食事も摂っていなかった。トイレのついでに漫画喫茶に備え付けてある、アイスクリームを飲んでいただけだった。



「しょうがない子ね」

千歳は言いながらも顔はうれしそうだった。



 赤いマニュキアをしっかり塗った指がスーツの内ポケットからケースを取り出した。中に入っているのは青色の錠剤だった。


 千歳は自らそれを口に含んで――貢具の口に押し込んだ。あっという間だった。長い舌が少年の舌を力づくで抑え込んで、唾液が錠剤を喉奥に運んでいった。


 貢具は抵抗することができなかった。初心な少年にこの官能に逆らう術はなかった。



成長還元治療薬 P P P の効力は3日間。男子三日会わざれば刮目して見よ、って言うけどその通りよね。3日だけでも目を離したら成長してしまうんだもの」



 千歳の顔が目の前にある。声は耳からではなく、顔から直接聞いているように感じられた。



 千歳はもう一度口づけした。



「貢具くん、あんまり急いで大きくならないでね。PPPはピーター・パン・パウダー。あなたは私のピーターパン。いつか私をネバーランドへ連れて行って」



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 鳴沢市では対“悪魔”との戦闘が始まっていた。



 悪魔は県道を東へ、人口密集地に引き寄せられるように動いている。それに対し、迎え撃つのは富士駐屯地所属の第12師団。道幅がせまいため展開できたのは10式戦車5両×2列である。


「斉射ッ!」


 小隊長の号令で5発の徹甲弾が発射された。初速が音速をはるかに超えているため、轟音が夏草の上の朝露を振るい落とした。



『着弾!』


 オペレーターの声がイヤホンを通して小隊長の耳に届いた。


 地平線に近い場所でほんのりと赤い火が灯るのが見える。見かけの大きさは10円玉ほどだが、現場はおそらく大火災レベルの炎があがっているはずだ。普通の人間たちならばまず“即死”である。


 小隊長は追撃の指示を出すべきか迷った。あの獄炎の中で生存する生物がいるとは思えなかった。砲弾も国民の血税である。無駄弾を撃つわけにはいかない。


 しかし相手にしているのは生物ではなかったのである。



「――Θ――」



 それは最初、戦車砲の山彦やまびこのように聞こえた。ただ現場の人間には、何かしらの意味を持っているというのが直感的にわかった。犬が人間の言葉を聞いたら――低次元の存在が高次存在の言語を聞けばそういう風に聞こえるのではないか。あるいは、人間が犬をしつけるような、高次元の存在が低次元の存在へ下す命令のように聞こえた。



――ギン!!


 戦車の砲塔が一斉に折れた。砲弾を撃ち出す砲塔は特殊な金属で作られている。もちろん鉄よりはるかに強い。それが上に下に、左右に五本の砲塔は折れ曲げられた。


 そしてそれは砲塔だけに留まらなかった。


――バキっ!


 木の幹が折れる。それは樹齢200年ほどの、神社の御神木であった。


――ゴン!


 電柱が折れる。道路標識が曲がり、アスファルトに書かれたセンターラインをも曲折させ、道路そのものを捻じ曲げた。


ありとあらゆる直線が汚染される。もちろん人間も例外ではなかった。



「ギャアアアア――」



 戦車の中から悲鳴があがった。その断末魔の直線も侵すかのように、背骨から髪の毛まで、人体のあらゆる箇所で直線が禁じられた。



「なんてことだ・・・・・・」


 小隊長はひざから崩れ落ちていた。それが、彼を救ったのかもしれない。




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座屈ざくつ、ですね』


スパコンAIの郁が補足して言った。

 物体はその軸方向へ圧縮すると、歪応力度に比例して軸方向へ縮むが、ある地点で変形が軸とは垂直の方向へ飛び出てしまう現象がある。それを“座屈”というのだそうだ。



 もちろん、貢具にはさっぱりわからなかった。彼の最終学歴は小学校である。


 会話はV22航空機“オスプレイ”内の騒音しかないような環境でヘッドセット越しに行われている。

 


 バスを縮めたような機内で、対面には木枯薪絵が座っていた。まったくの同じ歳だが、貢具は彼女が苦手であった。抜け目なく動く猫のような目に、漫画から出てきたかのような整った顔立ち。夏だけれども夏すぎる格好はキャミソールにシャツを羽織っているだけだった。ショートパンツから露出した脚に、貢具は目のやり場に困ってしまうのだ。



「要するにそのザクツってのはココロが折れたってことでしょ」

『違います』

「あのラッパみたいなやつね」

『それはサックス』

「英語でありがとう」

『それはサンクス』



 薪絵はAIとの会話を楽しんでる様子だった。思いつく限りのボケをスパコンにぶち込んでる。好奇心が旺盛なのだ。彼女は。


「貢具はわかってンの?」

「……ぼくはその、あんまり学校行ってなかったから」

「それはわたしだってそうよ。でも『知ろう』『わかろう』『経験してみよう』って姿勢が大事じゃない?」

「理解する必要なんてないのよ」


 千歳が冷たく言った。


「悪魔のちからなんて出鱈目なもの、わかろうとしたってしょうがないわ」


「そのわけわかんない出鱈目なモノに突っ込まされるこっちのほうの身にもなってよ」


 薪絵の愚痴に貢具は内心で頷く。GOODボタンがあったら押してただろう。



「問題はどう倒すか。分析は済んでるの? 郁」


『は、はい』


 珍しく郁が慌てた様子で言った。


『目標“モラクス”に10式戦車は最大射程距離で攻撃しています。距離は2955m。おもしろいのは被害を受けたのが2列になっていた戦車の前列だけだったということです』


迎撃型カウンタータイプね」


「どういうことですか?」

貢具は尋ねた。


「戦車が二列になってたら普通、後列は撃たないの。弾が前列に当たってしまうかもしれないでしょう? 被害が前列だけなのは攻撃したから」


「つまり、攻撃しなければ攻撃してこないのね」


「そゆこと」


薪絵の答えに、千歳は指を鳴らした。


「というわけで採るべき作戦は――」


指揮官は不敵に笑ったが、貢具は嫌な予感しかしなかった。

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