コーポ『藤棚』201号室の内見(ウチミ)さん

夜桜くらは

コーポ『藤棚』201号室の内見(ウチミ)さん

『……ピッ……ピピッ……』


 んー……。


『……ピピッ……ピピッ……』


 もう、ちょっと……。


『ピピピピピ……』


 あぁもう、起きるってば!

 むくりと身体を起こして、目覚まし時計のアラームを解除する。


『ピッ!』


 ふあぁ……うわ、もう11時じゃん……。せっかくのお休みが……。

 私はベッドから降り、目をこすりながら部屋のカーテンを開けた。の光を全身に浴び、大きく伸びをする。陽が当たった部分がぽかぽかと暖かくて気持ちいい。暖かさは身体の内側までじんわりと広がっていき、やがて、心地よさが身体と心を満たしていく。


 あー、陽の光の暖かさって不思議だ。陽の光を浴びれば浴びるほど、私の心はどんどんと軽くなっていく。いや……気持ちの問題だけじゃない。身体が楽になっていくような気がする。

 やっぱり、光合成って大事なんだなぁ……。最近は夜遅くに帰ることが多かったから、陽の光を浴びるのは久しぶり。……まあ、朝日の方が身体に良いんだけど。……まあ、そこはね! 私は昼の日差しの方が好きだし? 個人の嗜好の問題、ということでひとつ……。


 さてと……。とりあえず、朝ごはんにしよう。もう昼だとかは気にしない!

 私は寝ぐせで絡まった髪を手ぐしで直しながら、洗面所へと向かった。

 うーん、最近がよく落ちるなぁ……。良いシャンプー、使ってるんだけどなぁ……。今度、別のを買ってみようかな。私に合ってないのかも……。

 鏡を見ながら、毛先を指でくるくるともてあそぶ。草色のくせっ毛。私の髪。私は、私の髪が好きだ。くせっ毛だけど、とても柔らかい髪。若葉の芽吹き方も良くて、気に入ってる。でも、最近ちょっとパサつき気味。

 ……まあ、いっか。後で考えよう。えいっ、と蛇口をひねり、顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。肌に水が染み込むのを待ってから、洗面所を後にする。


 さてと、ごはんにしよう。確か、買い置きしたババナがあったはず……。

 キッチンへ行き、貯蔵庫をガサゴソと漁る。……あったあった、ババナが3つ。悪くは……なってなさそう。

 私はババナを1つ手に取り、軽く水洗いして皿に乗せた。そして、棚からコップを取り出し、炭酸水を注ぐ。しゅわしゅわと泡立つ音が、耳に心地良い。それをこぼさないように慎重に、けれど素早く部屋に戻った。


 部屋のローテーブルの上にババナのお皿とコップを置き、私もカーペットの上にペタンと座った。そして、軽く手を合わせていただきます。

 まずは、ババナから。スプーンですくい、口に運ぶ。……うん、美味しい! やっぱり、この味だよねー。この味にたどり着けるって幸せだなぁ……。

 次は炭酸水で口直しをして……と。

 私は炭酸水をごくごくと飲み、ぷはーっと一息ついた。そして、またババナを口に運ぶ……。うん、美味しい! これこれ、この味! この組み合わせが最高なんだよねぇ……。


 ……よし、完食! ごちそうさまでした。あー、満足満足。

 私はベッドに身を投げ出すようにして寝転がった。

 この後、どうしようかな……。出掛けてもいいんだけど……。うーん。

 まあ、いっか。今日はのんびりしよう……。

 私はもぞもぞと動き、タオルケットを手繰たぐり寄せる。そして、それをお腹に掛けた。

 ……あ、このタオルケットもそろそろ洗濯しないと……。

 私はぼんやりとした意識で、そんなことを思った。

 でも……眠いから……あとでいいや……。

 私はゆっくりと目を閉じ、意識を手放した。



 ……ん、んん……。

 ふと、意識が覚醒した。私はぼんやりとした意識のまま、むくりと起き上がった。そして、うーんと伸びをする。

 ……あぁ、寝ちゃったんだ……。ふわぁっとあくびをひとつして、時間を確認する。時刻は16時30分だった。

 おぉー! 結構寝ちゃったな……。ってあれ? もうこんな時間なんだ!?

 驚きのあまり眠気が吹き飛ぶ。……私、寝すぎでしょ……。

 まあ、いっか。最近忙しかったし……たまにはこういう日があってもいいよね。


 私はテーブルの上のお皿を片付けた後、またベッドにゴロンと寝転がった。タオルケットを掛け直し、ふぅっと息をつく。

 窓の外を見ると、オレンジ色の光が部屋の中を染めていた。……あぁ、夕日か。綺麗だなぁー……。そういえば、最近は夕日なんてゆっくり眺めることもなかったかも。

 私はベッドの上で、ぼーっと夕日を眺める。


『ピンポーン』


 ……と、その時。部屋のチャイムが鳴った。

 あれ、誰だろう?

 私はベッドから起き上がり、玄関へと向かう。ドアスコープを覗いてみると、そこには配達員さんの姿があった。


飛龍ひりゅう急便でーす。お荷物のお届けにあがりましたー」

「はーい。今出まーす」


 私は鍵とチェーンを外し、扉を開けた。赤い翼の配達員さん。大きな荷物を持っている。


内見ウチミ様でよろしいですか? こちら、お届け物になります」

「はーい。ありがとうございます」


 私は『内見』とサインをして、荷物を受け取った。

 この名前にもすっかり慣れちゃったなぁ……。お隣さんから頼んでもないのに付けてもらったけど……。お隣さん……字井アザイ……いや、今は前元マエモトだっけ? 植島ウエシマだった気も……。彼女はしょっちゅう変えるからなぁ……。まあ、いっか……。


「ありがとうございましたー!」


 配達員さんは、明るくそう言って飛び去っていった。

 私はその背中を見送ってから、扉を閉める。そして、部屋に戻って荷物の中身を確認することにした。


 ……大きな荷物だなぁ。何が入ってるんだろ? 差出人の名前は……っと。お母さんから……?

 箱を開けるとそこには、大きなロロメンが2つ入っていた。一緒に手紙も入っている。


“元気にしていますか? たまには顔を見せに来てくださいね。ロロメンがたくさん採れたので、おすそ分けします。お日様の光をたくさん浴びて、元気に過ごしてくださいね。

 母より”


 あぁ、そっか。もうこんな時期か……。毎度のことなのに、つい忘れちゃうな……。

 実家から届くロロメン。届くたびに、実家に顔を見せに行こうと思うのに、いつもなんだかんだで後回しにしてしまう。……ま、そんな余裕が無いのが問題なんだろうけど。

 私はロロメンを1つ取り出し、目の前に掲げて見る。そして、優しく撫でた。つるりとした表皮の手触りが心地良い。

 うーん……。たまには顔を見せに行かないとなぁ……。

 私はロロメンを箱に戻し、代わりに通話機を手に取った。そして、実家の番号を呼び出す。3コール目で繋がった。


「もしもし、お母さん? 私」


 私がそう言うと、すぐに元気な声が聞こえてくる。久しぶりに聞く声だけど、相変わらず元気そうだ。


『あらー! 久しぶりねー!』

「うん……」


 お日様みたいな笑顔を思い浮かべることのできる声だ。


『元気にしてた? ちゃんと食べてる?』

「うん、元気だよ」

『そう、良かったわー! それで? どうしたの? 何かあったの?』

「えっと、ロロメン届いたから。ありがとうって、伝えようと思って」

『あぁ! そうねー! 届いたのねー! 良かったわー!』


 通話機越しでも、その嬉しそうな顔が目に浮かぶ。それほどに弾んだ声だ。


「うん。ありがとう。……ごめん、ちょっと忙しくて。なかなか帰れなくて」

『いいのよー! 気にしないでー! むしろ薬剤開発の仕事、頑張ってるみたいで嬉しいわー! さすが私の娘ねー!』

「うん……。まあね」


 私は笑って誤魔化す。……まあ、実際嬉しいんだけど。改めて言われると照れるっていうか、恥ずかしいというか……。


『でも、無理はしないのよー! お母さんはいつでも応援してますからねー!』

「……うん。ありがとう」


 私は通話機越しにお母さんにお礼を言った。そして、「またね」と伝えて通話を切った。途端に部屋が静かになる。

 私はベッドに深く腰掛け、大きく息をついた。そして、ぼーっとする。

 ……お母さん、元気そうで良かった。……よし、明日は早起きしよう! 朝日をたっぷり浴びよう! ……寝すぎて寝られないかもしれないけど……。

 まあ、いっか! とりあえず今日は早く寝よう……!

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