骨壺

惣山沙樹

骨壺

 両親の決心がつかなくて、一周忌が終わっても兄の骨壺は床の間にあった。

 何か聞いてないか、遺していないか、散々聞かれた。本当に突然のことだったから。僕はその日いつも通りに大学の講義を受けていて、母からの電話に気付かなかった。休み時間になって大量の着信履歴があるのを見て、かけ直すと「みっちゃんが首を吊った」と言われたのだ。

 兄の充輝みつてるは、常に僕の指針だった。

 高校だって大学だって、兄と同じ道を進んだ。そうすれば間違いないと思ったから。たった二歳の年の差だったが、追いつくことは永遠にないし、それならば追い続けるまで。

 兄はそんな僕に対して、もっと自分を持てよ、と繰り返し言ってきたのだが、僕はその意味が今ひとつわからなかった。僕と兄が別々の人間だということくらいわかっていた。僕は兄にはなれない。なぞるくらいならいいじゃないか。

 葬儀は本当に簡素なものだった。参列したのも両親と僕だけ。死因がああだったから、なるべく表沙汰にしたくなかったらしい。

 白装束を着て。清められて。固く目を閉じて。花に彩られて。

 ああ、綺麗で良かったね、そう思ったのである。

 しかし、骨上げの時になって僕は吐きそうになった。バリバリと割られる兄の頭蓋骨を見て、胃の中のものがせりあがってきたのである。

 両親は、無理をしなくてもいいからと、僕をトイレに行かせた。辛うじて間に合い、全てぶちまけた。それから、床の間の骨壺にはなるべく近付かないようにしていたのだ。

 しんしんと雪の降り積もる夜のことだった。

 僕は夜中に目を覚ました。スマホで時間見ると二時。ついでだ、飲み物でも飲もうと部屋を出てキッチンに行った。

 ペットボトルを開けてジュースを飲んで、ふと床の間へと続くふすまを見た。いつもは閉めてあるはずのそこが開いていた。

 ひとりでに足が動き、僕は床の間に行き、骨壺に被せられていた布を外して蓋を取った。一番上に置かれていた骨を手に取り、舐めた。ざらついた感触だった。

 丁寧に元に戻した後、僕はダウンジャケットを着てポケットに鍵と財布を突っ込み、外に出た。フードをかぶり、雪が髪につかないようにして。

 着いたのは家から一番近いコンビニだった。僕はまずライターを適当に掴み、レジに行って店員に言った。


「四十九番ください」


 出てきたのは、マルボロという赤いパッケージのタバコだった。ここで僕も、ようやくおかしさに気付いた。兄が吸っていたタバコの番号なんか……知らないはずなのに。

 コンビニの前に灰皿があった。僕はタバコの封を切り、ライターで火をつけた。初めての喫煙だった。たまに兄がまとわせていた香りはこれだったのか、と懐かしくなった。

 大きく息を吸い込み、きちんと肺に入れた。自分でも、なぜそうできたのかわからなかった。


「みっちゃん……何で死んだの」


 あと一年すれば、僕は兄が死んだのと同じ年になってしまう。そして追い越していく。

 こわい。こわい。こわい。こわい。こわい。

 追う者がいなくなってから、僕は迷子になってしまった。大学は行っていない。バイトなんてもってのほかだ。母の運んでくれる食事を、ただ詰め込むだけの日々を過ごしていた。


「みっちゃん……」


 あの骨は味がしなかった。もう一度舐めれば、もっと何かわかるだろうか。タバコをくわえ、僕は寒さに震えていた。

 

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骨壺 惣山沙樹 @saki-souyama

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