ランク外冒険者達の日常

宇野肇

case.1 岩山地帯におけるワーム被害について 

☑聖王国歴1438年 新緑月の10 ※補足:ギルド歴67年 5月10日

☑担当:冒険者ギルド所属 スルト イライザ

 聖王国シェメシュ・グルーバー伯爵領内の坑道にて、三日前に孵化後のサンドワームの卵を複数発見したと通報あり。冒険者ギルドへ伯爵家から依頼・滞在中であった冒険者(※捕捉:スルト及びイライザ)へ対応を申請・受諾。

 両名はサンドワームの幼体及び卵を速やかに捕獲。その後成体と交戦。一部坑道が崩落する事故もあったが、既に坑夫らの避難を終えていたため怪我人はなし。

 サンドワームによって食い散らかされ、穴だらけになった鉱山はグルーバー伯爵家所有のものであるため、伯爵家からの出資により土魔法によって補強することが決定済み。捕獲したサンドワームの幼体及び卵はテイマーによる厳重な管理のもと開墾中の他領地、またはグルーバー伯爵領内の限定地域に放ち、地質を変化させた後改めて討伐することとする。(※捕捉:伯爵家当主了承済み 添付資料にサインあり)その際の討伐メンバーは担当テイマーが冒険者ギルドへ報告し、ギルドにおいて選別すること。これはサンドワームがグルーバー伯爵家が所有する資産として扱われるため、決められた人員以外が討伐してはならない。




 最低限の補足で済んだ文面を見下ろし、スルトはほっと息をついた。彼が短い黒髪をかきむしりながら必死に書き上げる様子を見ていた相方のイライザも目を細める。


「よし、これで報告は終了だ。あとは別の連中の仕事だな」

「はい。既に現場でできることはしましたし……これ以上のことで追記が必要であれば、職員さんがしてくれるでしょう。

 ギルドのハンコをもらって、報酬をいただいたら少しはゆっくりできますね」


 彼女の微笑みに、少々決まりの悪そうな表情を残しつつもスルトははにかんだ。


「助かった。この手の作業は本当に苦手で」

「いいじゃないですか。それを言うなら私だってスルトが得意な身体を動かすことや料理をするなんてことは全て苦手です」


 お互い様ですよ、と取りなすイライザは、彼女の言うとおりとんでもなく身体能力が低い魔術師である。その欠点のために、複数のパーティから解雇された過去を持つ程度には運動全般がダメなため、彼女の言葉に偽りはない。料理も、元々料理をする習慣もなければ興味も薄かったため壊滅的だ。

 それ以外ならば非常に優秀で、特に得意としているのは味方の能力を上げる事。知識が豊富で読み書きはもちろん、複数の言語に堪能で、スルトの苦手な部分を上手く補えるパートナーだった。

 そしてスルトは彼女の苦手とする戦闘全般と、何より料理が得意だった。二人ともパーティに所属すると不和を起こすため――イライザは冒険者としては壊滅的なほどの身体能力を他メンバーがカバーすることができなかったためで、スルトは自身が全くその気がないにもかかわらずパーティ内の恋愛模様、もとい痴情のもつれに連続で巻き込まれたため自分から抜けている――今はランクに拠らずバディを組んでいた。


「それにしても、伯爵家所有の鉱山だったのに、どうしてまた冒険者ギルドまで依頼が来たんだろうな? 自分とこの軍隊があるだろうに」

「できる限り関わる人数を減らして、鉱山から採れる資源について、秘匿したかったのかも知れませんね。グルーバー伯爵領といえば、今まで多くを秘匿してきた神秘の場所で、ありとあらゆる情報に価値がつきますし。冒険者ギルドの特殊依頼は秘匿義務を守れる人でなければ指名されませんし」

「持てる者の苦労ってやつかあ」


 書類を整え、報告書を書くために通された特別依頼処理室を後にする。ギルド内にある廊下を受付に向かって歩きながら、イライザは続けた。


「……あとは……もう一つ」

「?」

「グルーバー伯爵が、冒険者ギルドに一定の敬意を払っているというところでしょうか」

「でも、聖王国にギルドが誘致されたのはかなり最近になってからじゃなかったか? 今まで自分たちでなんとかできてたから必要なかったとか……それもあって冒険者ギルドに依頼を出すのは結構違和感があったんだが」

「元々冒険者ギルドはキリス王国の当時の第二王子殿下が召喚師を保護し、その地位を向上させるため、そしてその力を私利私欲に使わないことを誓うためにこの世界のどの権力からもある種独立し、民草のために振るうことを目的とした、いわば『国境なき自警団』のようなものですから。聖王国の、少なくともこちらのグルーバー伯爵家では冒険者ギルドの存在を公的に認めるという意味があるのかもしれません。だから失敗もできないため、私たちに回ってきたのでしょう」

「……しれっと『失敗できない』とか言わないでくれ」

「まあ、伯爵領内で無駄な犠牲者が出たとあれば伯爵家に泥を塗る行為になりますから……。特にグルーバー伯爵領は大昔のドラゴンの遺骸が土地を形成したらしくて、大陸で言う辺境伯くらい自治権が強い地域です。独特の植生や文化等もあって、まあ、一つの小さな国と言っても差し支えないような偉大な場所ですからね」

「これ以上俺を脅すのは止めてくれ」


 彼女の言葉を聞きながら、スルトは肩をすくめた。冒険者には無学のものや粗雑な者が多い。その辺りも加味して、学者肌のイライザと、十分な戦闘力を持つスルトに依頼が回ってきたのだろう事は分かった。


「失敗、なんて考えたくもないな」

「ふふ。でも無事に終わりましたから」

「普通の依頼よりも割りがよくなけりゃ、そうそうに受けたいものでもないぞ」

「それについては私も同感です」


 受付が近づくにつれて喧噪も大きくなっていく。二人は依頼達成の祝杯をどこで挙げるのか相談しながら、受付カウンターのベルを鳴らした。


 グルーバー伯爵領と縁続きのサリバン公爵家から面会希望の連絡が入っていると胡乱な顔をした職員から告げられるのは後数十秒後の話である。


「……公爵様に名前を知られてるなんて、一体なにしたんです?」

「なにもしてねえ! ってか何かしたみたいに言うなよ」

「グルーバー伯爵家とサリバン公爵家って仲がよろしいんですね。情報が回るのが早すぎでは?」

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