この世界からの追放。

サトウ・レン

異世界、最初の日のこと。

 サヨウナラ、世界。

 コンニチハ、世界。


 頭上からそんな言葉が降ってくる。気付いて最初に聞いた言葉だ。虚空に向かって、誰だ、と声を掛けると、


「私は女神です。死んだあなたを異世界に連れてきました」

 と聞こえてくる。メガミ、とすぐに理解ができず、頭の中で漢字に変換することができなかった。


「俺は死んだのか?」

 自らの肉体を確認する。かつての俺の肉体とは別物になっていた。


「はい。電車に轢かれて。覚えてませんか?」

 あぁ思い出した。俺は駅のホームで何者かに背中を押されて、目の前に電車が迫ってきて……。


「俺を殺したのは、誰だろう?」

「心当たりはあるでしょう?」

「ありすぎて、絞れないんだ。クラスの奴かな。それとも敵のチームかな」


 いわゆる『不良』と呼ばれる存在だった俺には敵が多かった。暴走族にも所属していたので、敵対するチームもいた。殺されそうになったことは何度かあるが、俺は楽天的な性格だったから、心のどこかで、死ぬはずはない、と思っていた。だけど死んだ。


 女神は、なんで俺を異世界に連れてきたのだろう。

 俺は詳しくないが、こういうのは、いじめられっ子みたいな奴が行くものなんじゃないのか。異世界転移や異世界転生だの、って。で、特別な力を授かって。そんな弱い人間の、現実逃避の妄想なんじゃ。俺はどちらかと言えば、いじめる側の人間だ。嫌いな奴や見ててイライラする人間は、簡単に殴った。


 俺の心を読んだのか、女神の鼻で笑うような声が聞こえた。


「分かってないですね。異世界へ行くことが、なぜポジティブな話だと決め付けるのでしょう。あなたは追放されたのですよ」

「追放?」

「えぇ、元々いた世界から不必要な存在と判断され、あなたは異世界に追放されてきたのです。まっとうな人生を送ってきた人間は、あなたたちの世界の人間が、『天国』と呼ばれる場所に行けますから。あなたは罪を償うために、ここに来た、と思ってください」

「罪を償え、って俺は……今の俺は、何者なんだ」


 腰に携えられた剣は、飾りではないだろう。


「あなたは勇者です」

「勇者?」

 勇者、というのは、憧れの職業じゃないのか。世界を救うような。


「あなた向きの職業か、と思ったのですが。だって……、たったひとりの暴力が世界を変える。そんな存在でもあるのですから。残念ながら、あなたに仲間はいません。あなたの罪を考えれば、パーティーなんて、そんなぬるいことはできません。当然のことですが、友達なんて存在もいませんよ。強がるなら、群れるな。暴走族の時のような楽は、許しません」


 女神の言葉に容赦はない。


「俺の罪はそんなにも重いのか」

 暴行罪や傷害罪が、まるで死刑にでもなったかのような言い方だ。


「たとえ心の中でも、嘘はいけません。私は心も読めますから。あなたはひとを殺しているじゃないですか」

「あぁ……」


 そうか、すべて知っているのか。この女神は。


「たとえば、あなたの父親」

 そう、俺は親父を殺している。会社をクビになってから、アルコールに浸る毎日を送るようになり、母さんや俺を何度も殴った。泣きながら殴り、その後、泣きながら謝るのだ。いつか死ぬかもしれないね、と母さんは悲し気に言っていたが、俺は絶対にこんな奴に殺されない、と誓い、背が親父をこえた頃、親父を殺した。雪降る寒い冬に、酔っぱらった親父を縛り上げ、冷たい水を溜めた浴槽に沈めて。最後にナイフでとどめを刺した。


「たとえば、そう、行方不明になったあなたのクラスメート」

 あぁそうだ。小学校の時から仲の良かった友達だった。だった、と過去形にするのは、途中から関係性は変わったからだ。ムカついた時には、彼をサンドバック代わりにして、小突いたり、蹴ったり。奴は俺に復讐しようとしていて、返り討ちにしたのだ。怒りで我を忘れた俺は、何度も、殴り、殴り、殴り、おそらく内臓が破裂したのだろう。死んでしまった。


「たとえば――」

「あぁ、もういい、もういい。認める、認めるから。俺は死刑になって当然の極悪人だ」

「そう、あなたは極悪人。だから逆に感謝して欲しいくらいです。蜘蛛も助けていないあなたに、糸を垂らしているのですから」

「ってことは、俺はその糸をのぼりきれば、元の世界にでも帰れるのか」

「帰りたいのですか? そんなに」

「ここがどれくらい悲惨な世界かは知らないから、まだ何とも言えないが」


「まぁいいです。考えておきましょう。いま、あなたがいる場所は、お城の前です。この世界で一番大きな。謁見の間に行ったあなたは、王様から、『魔王を倒してくれ』と言われるでしょう。魔王を殺す。それが、あなたのこの世界での目的です。一応は」

「昔、そんなゲームをやった記憶があるな」

「きっと気のせいか、あるいは似ているだけでしょう。……では、そろそろ行ってください」


 そして俺の目の前に、巨大な城が現れる。

 これが異世界、最初の日のことだ。


 あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。


 俺の旅がはじまり、女神の言ったとおり、仲間はひとりもできなかった。それだけではなく、訪ねた村や街の人々は化け物でも見るかのような目を、俺に向けてきた。仕方ないから、旅のための情報をくれる、という感じで、無視されないだけマシだったが、やはり不快だった。


 とにかく魔物たちを倒して倒して、倒しまくる。攻撃している時だけが、この不快さを忘れられたから。


「よし、魔王を倒した……」

 魔王を倒した俺の言葉は、おざなりだった。「死なない程度に……、し、死んでる――」


 これで何度目だろう。十回目からは、もう数えていない。

 女神は本当に容赦がない。


 何度も俺は、この異世界での旅を繰り返している。道筋を変えても、魔王を倒しても、魔王に負けても、魔王と世界の半分を分け合っても、逆に俺が世界を滅ぼそうとしても。結局は最初に戻ってしまう。絶対に俺か魔王のどちらかが死ぬことになり、その瞬間に、最初に戻ってしまう。


 ほら、また聞こえてくる。聞き飽きた言葉が。


 サヨウナラ、世界。

 コンニチハ、世界。

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この世界からの追放。 サトウ・レン @ryose

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