宇宙からの侵略者が俺ンちに内見しに来た

さめ72

 玄関を開けると2人の宇宙人がいた。

「すみません、内見させて頂けませんか? この星の」

 なぜ俺に言うのか。


 スマホのアラームに叩き起こされてノッソリと起き上がる。

 

 昔はアラームを好きな曲にしていたのに、どんどんその曲が嫌いになるので結局デフォルトに変えた覚えがある――そんなありがちで微笑ましいエピソードもいつ頃の話だったか。

 ああ、しまった、Yシャツにアイロンをかけ忘れていた……まぁいいか、どうせ今日は内勤だ、ヒゲもシェーバーで適当にやってしまえば良いだろう。

 スマホで適当にSNSをチェックしながら、自分の顔も見ずに剃る。

 いつ洗ったか思い出せないタオルでゴシゴシと雑に洗った顔を拭い、ゴミを踏み越して、カーテンレールにかけたスーツを手に取る。


 ……そういえば随分と前の話だが、うちの軒に蜂が来ていた気がする。

 

 なにかの番組で見たが、蜂という昆虫は分蜂によって巣から独立する際、適切な物件を探す部隊がいるらしい。

 もしかすると、あいつもそうだったのかもしれない――いや、そうだとするとかなり怖いのだが。

 

 まぁ、ゴミを外から隠す為にしばらく開けていないカーテンの向こう側の話だ。

 

 興味も関係もない――そう開き直ってネクタイを締め、重たいジャケットを羽織る。

 朝飯は食わない、逆流性食道炎のせいで逆に体力を奪われる。

 

 さぁ今日も頑張るぞ、などと一切思わず玄関を開けると、2人の宇宙人がいた。

 

「すみません、内見させて頂けませんか? この星の」


 なぜ俺に言うのか。


 どうして彼らが宇宙人だと思ったのか――

 いや、二足歩行の人現大の真っ赤なタコがいたら……それはもう、宇宙人だろう――

 思考が追いつかず口をパクパクさせている俺に、宇宙人の1人が触手をこちらに向けた。

 その瞬間、触手はきっと弾丸より早く俺の眉間を貫いた。



『乱暴にして申し訳ありません。どうか驚かないでくださいね、我々はアナタ達から見て宇宙人と呼ばれる存在です』


 脳に直接話しかけられる――フィクションでは珍しくもない現象だが、実際に体感すると最悪の気分だ。

 自身の思考に他人の思考が非言語的に流し込まれ、これが自身の妄想なのか否かの判別すら難しい。


『宇宙人さんですか。それはまぁ……見れば分かりますが』


『ありがとうございます。実はですね、お願いがありましてですね。先程も申しましたが、この星の内見をさせて頂きたいのです』


『なぜ俺に言うんです』


『偶々です、適当に選んだアパートから適当に選びました』


『最悪だ』


 思わず頭を抱えたくなるが、体が動かない。

 直感だが、恐らく思考による超高速の情報の交換に、体が信号のフィードバックが追いついていないのだろう、そんな感じがする。

 

『実はですね、我々の母星であるカドゥケワ星がですね、全てを破壊しながら突き進む宇宙バッファローの群れにですね、破壊されまして。それはもう粉々に、跡形もなく』


 そんなのいるんだ。

 怖い、宇宙って。

 

『まぁそれ自体は予見できていた事なので……脱出した移民船からこうして我々が代表として内見に来た訳です』


『ははぁ……つまり、使者みたいなものですか』


『いえ、人類の皆さんには滅んで頂くので、本当に内見に来ただけです』


『バッチバチの侵略者だった』


 バッッッッチバチの侵略者だった。

 そりゃクソ適当な白羽の矢を俺なんかに立てたってなんの支障もないだろう、対話も交渉もするつもりもないのだ、こいつらは。

 

 事前に調査して入居を決めた新しい家の内装を改めてちょっと確認したいだけ。

 まさに内見だ、割と賢いタイプの。


『あっ! でも滅ぶと言っても全然苦しくはないんですよ、タンホイザーゲートから抽出したCビームをですね上手いこと42ってして一瞬で消え去る感じで~』


『はぁ、それはそれは……いつ頃のご予定で?』


『明日です』


『ブハハハハ』


 誇張した浜田みたいな笑いが出てしまった。

 なんぼなんでも急すぎるが、まぁ以前から目を付けていて準備していたというのならそんなものなのかもしれない。


『だから割と急ぎなんですよね、こうしてニューラルコミュニケーションをしているのも、あんまり錯乱しないで現実を受け止めていただくためですし』


『ああ、言われてみれば』


 なんというか、全体的に話が早い……というか自分の理解が異常に早い。

 脳に情報を直接流し込まれているからだろう、彼らの差し出す情報が齟齬なく入り込んでくる。

 もちろん思考にだって言語はある以上、彼らの方で日本語にチューニングしてくれている……のかもしれない、よく分からないが。


 まぁ、だからこそ人類を滅ぼす彼らの意思に、全くの躊躇も迷いもない事もよく伝わってくるのだが。

 

『いかがです、体感時間で10時間ほどまでなら待てますよ、断ったら殺しますが』


『ああ……いえ、大丈夫です、受けますよ、その仕事』


 答えた瞬間、肉体の重たい感覚が戻ってきた。

 触手が抜けたのだろう、慌てて額を擦るが、指先には穴の跡すら感じられなかった。


「ありがとうございます! では早速、行きましょう!」


「ちょっと待ってくださいね、車の中、片付けますんで」


 誰かを乗せる機会を失った後部座席の末路とは悲しいもので、空っぽか、物置になるかの2択だ。

 当然、後者の状態となっている後部座席から荷物やゴミを慌てて掻き出す。

 2人の宇宙人はそれも興味深そうに眺めていた。

 子どもの落書きのような、真っ黒で丸い目がキラキラと光っているように見える。

 顔? も高揚しているのだろうか、更に赤く見える。


 俺がこの仕事を受けたのは、命惜しさも勿論あるが――『悪くない』と思ったからだ。


 明日、世界は滅ぶ。

 確かに悲劇的だ。

 だがしかし、世界中で、この1日の大切さを知っている人間は俺だけ――というのは。

 考えようによっては、ある意味で誰より幸福なのではないか。


 例えば、将来の為にいま必死に頑張っているヤツ。

 例えば家族の為に何かを我慢しているヤツ。

 そういうヤツらが明日、無為に死ぬ。

 そうなれず、ただその日を過ごしてきた俺にとっては――

 なんだか救われる。

 どうだ、我慢なんか、努力なんか何の意味もなかっただろう、俺の生き方が賢かっただろう。

 そんな誰に誇るでもない、自己正当化された優越感で、地球最後の1日を浸れる。

 悪くない。

 

 心から、そう思うのだ。


「すいません、お待たせして……じゃあ行きましょうか」


「こちらこそお手数おかけして。名乗り遅れました、私はカクー。こっちは連れのヨムーです」


「よろしくお願い致しますわ」


 なんだか死と暴力が香る名前だ、きっと彼らには相応しいだろう。

 

 内見が始まった。


 

 有り体に言えば、ぶっちゃけ楽しかった。


 宇宙人だからなんか上手いこと擬態しているのだろうと思っていたのだが、どうやら普通に周囲の人間から見ても真っ赤なタコだったらしい。

 あまりにも堂々としているのでコスプレや着ぐるみと思われたらしく、子供たちには大人気だったが、大人たちからは大層不評で、即座に警備員か警察のどちらかを呼ばれた。

 逃げながら、爆笑しながらあちこちを巡った。

 

 ショッピングモール、ゲームセンター、ライブハウス、水族館、遊園地……


 そのいずれも長居は出来なかったが、悪くはなかった。


 楽しい1日は早く過ぎるものだ。


 2人の宇宙人はそろそろお開きを提案してきたが、俺が「夜にだけ見られる光景もある」という提案をすると一も二もなく乗ってきた。

 人類最後の夜に見るのに相応しい光景だ。


「ああ、これはこれは!」

「人間たちの労働の光ですわ!」


「身も蓋もない言い方ですねぇ」


 苦笑しながら夜景を見る。

 彼らにもう少し人間的な感性があれば気付いたであろう。

 ここまでの内見で訪れたスポットの共通点は――

 

 元カノとデートで行った場所。


 地球最後の1日でこれか、みっともなさすぎて涙すら出てくる。

 未だに朝イチでインスタをチェックしている、我ながら気持ち悪すぎる。


 明日は子供を保育園に送った後、ライブハウスで歌うらしい。

 

「時間があればもっとご案内できるんですがね、1日ぐらい伸ばせないものなんですか」


 元カノには身元は明かさず、応援のメッセージを送っておいた。

 アイツはそれだけで、自分を見てくれている誰かのために100%頑張れるヤツだから。

 そういうヤツだと知っているから、それだけで良かった。


「残念ながら、予定は予定なので」

「ええ、本当に残念ですわ」


 心の底から残念そうなのが伝わってくるが、同時に話の通じなさも伝わってくる。


「そうですか……本当に残念です」


 隠し持った包丁を握る手に力が入る。

 

 なにかの番組で見たが。


 蜂というのは生まれた時点で役割が決まっているらしい。

 働き蜂はいくら働いても女王蜂にはなれない。

 

 悲劇だろうか? そうは思わない。

 生まれついての自身の役割が決まっていて、それに向かって邁進すればよいというのは……きっと悪くない。

 むしろ、なれもしない女王蜂への夢を見せる社会のほうが、きっと残酷だ。

 夢破れた働き蜂は、きっとただの働き蜂より不幸に違いない。

 

 しかし、夢を追っている最中の働き蜂は、きっと誰よりも幸せなのだとも思う。

 最も不幸なのは、途中で夢を追うのを諦めた働き蜂なのだろう。

 俺のことだが。



 夜景に見とれている今なら、あるいは。


 彼らを殺せた所で何がどうなるのか分からないが――1日ぐらい、遅らせはしないだろうか?

 どうせ明日には滅ぶ世界、駄目で元々だ。

 

 きっと片方を刺した瞬間、俺はあの弾丸より速い触手で殺される。


 なにかの番組で見たが、ミツバチは一度針を刺すと内臓も一緒に抜けて死んでしまうらしい。


 内心で苦笑しながら、一刺しを狙おうと一歩踏み出す。

 あと二歩、あと一歩……


その瞬間、カクーとヨムーが振り返った。


「今日は本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」


 気付かれたのか?

 いや、とっくの昔に気付いていたが、なんとも思っていなかっただけかもしれない。

 ああ、いえ、そんな大したことは、などと後ろ手に包丁を隠しながらモジモジと返事をしていると、やがて彼らに光が降り注いだ。


 ハッと空を仰ぎ見ると、いつの間にか――あるいは、それはずっとそこにいたのかもしれない――あまりにもあからさまな”UFO”がいた。

 

 UFOと聞いた瞬間に想像するUFOの形、何の誇張もなく、その形だ。

 

「待っ」

 


 言葉にするよりも早く、彼らはしょくしゅを振りながら吸い上げられ、やがて物理法則を無視した動きで消えていった。


 残ったのは、死に損なったミツバチ


 もはや苦笑すら漏れない。


「――帰ろ」


 一世一代の覚悟は不発に終わったが、今日1日が楽しかったのは別に嘘ではない。

 

 地球最後の夜景を目に焼き付ける。

 

 包丁をその辺に投げ捨てて。

 帰路に就いて。

 コンビニで買ったおにぎり食って。

 風呂にも入らず。

 そのまま敷きっぱなしの布団にスーツのまま倒れ込んで。

 寝た。



スマホのアラームに叩き起こされてノッソリと起き上がる。

 

 昔はアラームを好きな曲にしていたのに、どんどんその曲が嫌いになるので結局デフォルトに変えた覚えがある――そんなありがちで微笑ましいエピソードもいつ頃の話だったか。

 ああ、しまった、昨日スーツのまま……うわっ会社からの着信エグいな、ウケる。


 どうやらまだ世界は終わっていないらしい。


 折角なので、会社には「辞めま~すアホ死ねバ~カ」と送っておいた。

 なんだ、俺が苦しんでいたのはこの程度で終わることだったのかと可笑しくなった。

 

 SNSは遊園地や水族館に現れた謎の赤いタコで賑わっている。


 昨日は疲れたし、のんびりお茶でも飲もうか。

 久々にギターでも引っ張り出して世界が終わるまでのんびり過ごすのも悪くはない。


 太陽の光を浴びようと久々にカーテンを開けた瞬間……

 インターホンが鳴った。

 玄関を開けると2人の宇宙人がいた。


「ひどいじゃないですか」

 

 なにがだ。


「まぁまぁ、カクー。彼もきっと、言い出しづらかったのですよ、あんな恐ろしい……」


「うむむ、確かに、あんな恐ろしい……言いたいことはありますが、アナタにはお世話になりました。コチラつまらないものですが」


 赤福だ。

 かなり嬉しい。


「ああ、これはどうも……あの、良ければお茶でも」


 我ながら何を言っているのだ。


「これはこれは……」

「これはこれは……」


 この宇宙人も宇宙人で何をノコノコ上がり込んでいるのだ。

これはこれはではない。


 まぁ赤福の恩もある、3人分の茶を淹れようとしたポットを火にかけた瞬間……カクーだかヨムーだかのキャアという悲鳴が響いた。


「ひ、ひ、ひどいじゃないですか。アレですよ、悪名高い……先約の方がいるのなら、教えておいてくれないと」


「我々、ルームシェアは望んでいないのですから、その旨、あの方たちにどうか、よろしくお願い致しますよ」


 好き勝手に言い散らかしてドタドタと玄関から逃げ去った彼らの姿は見えないが、どうせあのUFOで帰ったのだろう。


 それにしても……なんだか地球の危機が回避されたかのような物言いだった。

 果たして我が家にそんな大それたモノがあっただろうか。


 訝しみながら部屋を覗くと、一瞬で異常に気付いた。

 

 久方ぶりに開け放ったカーテンの向こう側に大きくぶら下がる影。

 

 俺が生ゴミに集る蝿の音と思っていたブンブンという羽音は彼らだったのかと、変な納得をしながら、ふと思い出した。


 そういえば――

 

 なにかの番組で見たが。


『昆虫は宇宙から来た』という説があるらしい。


 どうやら内見はとっくの昔に終わっていたようだ。


 もうすぐ巣は完成しようとしている。 

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