内見バトル!レディーゴォーッ!

塩焼 湖畔

第1話 『卑劣!デッドスペースの罠!!』

 この世界では内見バトルで住む場所が決まる。住む場所が高位となれば、金も地位も名誉も手に入るそれが内見バトルなのだ。

 内見バトルが世に広まり、圧倒的な内見パワーと潤沢な不動産で一躍、業界最大手に躍り出たアクダイカン不動産。

 アクダイカン不動産には黒い噂が絶えず、実際に内見バトルに負けた者を地獄物件ヘルルームに送り込み、不正な利益を得ているのだ。アクダイカン不動産は天極物件ヘヴンズゲートを餌に今日も弱者を食い物にしている。


 そんなアクダイカン不動産に内見バトルを挑む者が一人。今、不動産屋の門をくぐる。


「いらっしゃいませ」 


「一番いい内見を頼む」


 店内は一発逆転を狙い間取りを物色する内見バトラーで混み合っていた、今この時までは。


「お客様……なにか、ご約束はありますでしょうか?」


 受付は怪訝な眼差しを声の主に向ける、それほどまでに命知らずな行為と言えるのだろう。

 内見を頼みに来た人物は青年ぐらいの年齢で、服装はデニムのパンツにジャケット、尖った髪型にはメッシュで明るい色が入っている。


「いや無い、ここは不動産屋だろう?」

 青年はそのままカウンターの席にドカッと腰を下ろす。


「お待たせしました、お客様。 今回、お客様の担当をさせていただきます狭井と申します」


 狭井と名乗った男は背が高く手足も長かった、それに上等なスーツがよく似合っている。サイドを刈り込んだ金髪は七三に分けられ、リムレスのスクエア眼鏡がそこから覗いている。


「狭井?」

「今、狭井って言ったか!?」

「狭井って……あの"デッドスペース"!!?」

「あの坊主、終わったな……」


「アンタ、有名人みたいだな」


「ええ、このアクダイカン不動産東不死鳥街店で支店長をやらさせて頂いています。 お客様、物件にご希望はございますでしょうか?」


「高層、駅チカ、南向き日当たり良好、オートロック、ペット可、風呂トイレ別、1DK以上」


「……いいでしょう、お客様……ご予算の程はいかほどで?」


「青天井だ」


「くっくっく……ククッいいでしょう、いいでしょう! お客様ぁ! 最期にお名前とご職業の方をお伺いさせていただきますねぇ!」


「遊日屋ユウジ、無職」


「フフッフハハハハ、かしこまりました遊日屋様ぁ!」


 カウンターの上に間取りが描かれた紙がいくつか置かれ薄っすらと光を放っている。


「さぁ、ご希望の間取りをご選びください。お止めになられるなら、今がよろしいですよ。 営業車に乗れば後戻りはできませんからねぇッ!」


「いや、その必要は無い、この物件なら歩いて行けるぜ?」


 ドンと指を指す遊日屋を前に、静まり返ったバトラー達がどよめく、とても無職が戦えるような物件ではない。


「フフッフ、遊日屋様は本当に私を楽しませてくださる……、それはもう腹立たしいぐらいです……。ところで遊日屋様は、収納の方には興味はお有りで?」 


「収納か、何が出てくるか楽しみだ」


「ではぁ参りましょうか、この“デッドスペース”狭井がご案内いたします!」


 場所は駅から徒歩五分、オートロックを抜け高層マンション13階、強者のオーラが漂っている。


「こちらがお部屋になります、どうぞお入りください」

 狭井はドアを開け微笑んだ。


「この部屋、確かめさせてもらうぜ……」

 遊日屋は玄関をくぐり部屋に踏み込む、それと同時に天井が落ちてくる吊り天井の罠だ!


「こちらウェルカム吊り天井はサービスとなっております。まぁ聞こえているかはわかりませんが……」 


「ああ、悪くない歓迎だぜ、それに収納の方も悪くない」


 玄関脇右側の巨大なシューズクロークに遊日屋が収まっている。遊日屋が収納されても、いまだ余裕があるそのシューズクロークには、様々な靴や外で使う小物の収納が見込めることだろう。


「ほぉ……まぁこれは小手調べですが、信用の方には加点して置きます」


「次は何処を見せてくれるんだ?」


「では、お次は水回りからご案内いたしましょうか。右手側の扉の先がトイレになっております」


 遊日屋はトイレの扉を開く、中には最新式のトイレがあり壁にはいくつかの収納が備えられていた。


「最新式のタンクレストイレになっております。当然ウォシュレットも便座ヒーターも完備しており、壁面には収納もございますので、掃除用品やトイレットペーパー等を収納すればスッキリとした内観にすることが可能です。 ……あぁ一つ言い忘れました、床暖房も完備ですので是非お試しください」


 トイレのドアが閉まり、遊日屋は閉じ込められる。床が熱いこのまま遊日屋を焼き殺す気だ。

 トイレの右側の収納からガスが吹き出す、神経ガスだ吸い込めば意識は長くは持たないだろう。トイレで眠るのは非常に危険だ。


 暫くしてバタンっと音がする。


「ふむ、さて焼き上がりを確認しましょうかねぇ」


 狭井はトイレのドアを開けると、そこに遊日屋の姿は無くガスの噴出が止まっていた。


「まさか……!?」


「ここの収納も悪くないな、ますます気に入ってきたぜ」


 狭井がトイレの前面の壁を開くと、中に遊日屋が収納されていた。人が一人入ると流石に狭いが、掃除用品など見られたくないものを収納するのには丁度いいだろう、またガスの停止ボタンもここにある。


「いつ、気がついた……?」


「シューズクロークに収納された時に、壁に違和感を感じたからな。それに間取りのデッドスペース、ここに何かないとおかしいぜ」


「くっ貴様……!」


「次は風呂場でいいのか?」


「……お次はこちらになります」


 狭井は眼鏡をかけ直し次の部屋に向かった、それに遊日屋が続く。


===


「キッチンの仕掛けは少し驚いたぜ、あんな有機的な罠が仕掛けられてるとはな」


 リビングの壁にもたれかかった遊日屋は余裕そうにしている。


「そろそろ、本気を出してもらうぜ。ここが最後の部屋だ」


「貴方はなかなかやる、それは認めざるおえませんね……信用にプラスしましょう」


 狭井は息を深く吐くと首元とネクタイを緩めた。


「諦めて負けを認めるのか?」

 遊日屋は挑発的な態度を崩さない。


「まさか!ここまで来た方は久しぶりですからねぇ!私をも滾ってしまいますよぉ!」


 突如リビングのクローゼットが勢いよく開くと、霊的な黒い触手のようなものが跳び出し、遊日屋の手足に絡みつく。長い髪の毛が遊日屋の動き封じていた。


「これがお前の能力か、狭井!」


「そうです、私の能力は“死滅空間デッドスペース”この力は閉鎖空間を利用して霊現象を引き起こす事ができますよぉッ!」


 遊日屋の手足に絡みつく髪の毛に一層力が入り血が滲む。


「おっと失敬こちらとしても死んでもらっては困りますので、この書類にサイン願えますかね? なに、少しばかり過酷な部屋に住み、過酷な労働をしていただくだけですから」


 狭井の手には高級なペンと契約書が握られていた。狭井は血が滴る遊日屋の手にそっとペンを握らせようとする。


「これで勝った気とはな、“リビングキャッシュドラゴン”!」


 閃光と銃声が響き遊日屋の拘束は解かれていた。


「なっ!? まさか貴方も……いや馬鹿な無職がカードなどと!?」 


「これは大切な人から借り入れた力だ……お前達を倒すためにな!」


「借り物の力など……! 所詮は無職!こちらのカードとは限度額が違いますからねぇ!物量で押し切ってやりますよぉ!」 


 至る所に隠された隠し収納から、髪の毛の触手が遊日屋に襲い掛かる。この数の収納があるのならば、しっかり収納さえすれば物が多くても、リビングを広く使えそうだ。


「聞いてなかったのか? 限度額は俺の信用とは無関係だぜ! フルバーストキャッシュ!」


 全ての触手を回転式拳銃の形をした竜が、コインの弾丸で叩き落とす。


「くっ、このクズがぁッ!」


「間違ってないぜ」


 銃口が狭井に狙いを定めた。


「まさか、まさかまさか……これを使うことになるとは思いませんでしたねぇ、できれば使いたくは無かったのですが……」


 銃声が響き狭井に向けて弾丸は放たれた、しかし弾丸は狭井の前で静止した。


「これは……?」


 ひとりでにカーテンが閉まり、全ての水場から水が流れる音が聞こえ、リビングの照明が明滅し消え、テレビの電源がつくと砂嵐が映し出される。

 そして後ろからヒタ、ヒタ、ヒタッと足音が聞こえ遊日屋が振り向くと、黒い足跡が遊日屋に向かって歩いてきていた。


「そこだ、リビングキャッシュドラゴン!」


 足跡を狙って撃たれた弾丸は空を切り、床を叩くこと無く消えた。


 女の叫び声とも唸り声ともつかない声がテレビから絞り出され、テレビの方を振り向くと眼の前にいる髪の長い女の霊と目があった。


「ぐっ!?」


 女の霊の右ストレートが遊日屋に突き刺さり、間取りの中央付近まで吹き飛ばされる。


「できれば使いたくなかったんですがねぇ……これでここも事故物件です……」


「いったい、何処にこれほどの霊を格納するデッドスペースを……!?」


「貴方の後の辺りですかね、そこは柱のような構造物が入っているように思いますが、全てがそうでは有りません。壁に埋め込まれているのですよ死の領域デッドスペースがねぇ!」


 狭井の言葉を合図に女の霊が遊日屋に拳によるラッシュをかける。

 女の霊と遊日屋の間に割って入ったリボルビングキャッシュドラゴンは無呼吸の連打を受けて、光の粒子にかわり消えて行った。


「リボルビングキャッシュドラゴン……」


「やはり借り物の力では、本来の力を引き出すことなど不可能でしたか、さぁこれで終わりです」


 女の霊は弓の様に拳を引き絞り、引き放つ音すらを置き去りにしそうなその一撃が遊日屋に届くことは無かった。


「力なら、まだある! ”高跳びタカトビマル“!」


 兎の様な姿をしたネオンで装飾された鎧武者が女の霊の拳を止める。


「カードも無しで力を? 寿命を担保にでもしているつもりですか、自殺行為ですね」


「はぁはぁっ……俺は人生かけてるんでな。リボルビングキャッシュドラゴンが最期に残してくれたキャッシュと俺の寿命、全てを賭けるぜ!」


 高跳び丸の背中のルーレットが回る。


「正気ですか!?」


「どうせ負けたら死んだようなものになるなら俺はここで未来を掴むぜ!赤だ!」


 もったいぶった演出も無くルーレットは赤に止まり、高跳び丸のネオンが輝く。


「いや、自分の力なんですしインチキでしょうこれは!?」


「全てを断ち切れ高跳び丸!」


 高跳び丸から放たれた斬撃は女の霊と直線上の窓を切り裂き、返す刃で振り向き死の領域も断ち切る。


「カードの限度額がぁっ!!」


 狭井のゴールドカードが、鈍い色に変色しひび割れ輝きを失う。


「やっぱり南向きは日当たり良好だぜ」


 南日が部屋を照らす、それは遊日屋の未来をも照らすようだった、遊日屋の戦いはまだ始まったばかりである。


 

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