お嬢様の思いつくまま
平 遊
それはさすがに、ちょっと
けれどもつい先日、ひょんなことから、同じ高校の二年生の、
華恋はこの高校の理事長の姪で、理事長は姪である華恋を殊の外可愛がっているとのこと。頭脳も美貌も学内一と評判の華恋は、その容姿に見合う高飛車な性格で、華恋を少しでも傷つけた生徒はなんのかんのと理由を付けては退学させられているという噂もあった。
だが、噂はしょせん噂だと、華恋の下僕となった光留は思っていた。
確かに華恋はお嬢様だし高飛車ではあるが、華恋の高飛車には照れ隠しのような可愛らしさがあると、光留は感じていたのだ。
下僕とはいいつつも、華恋が光留に命令することは、まるで恋人相手のような命令ばかり。手を繋げ、腕を組め、朝迎えに来い、帰りは家まで送れ(たまに寄り道に付き合え)、などなど。おかげで光留は振り回されながらも、なかなかに楽しい下僕生活を送っていた。
『明日のお休みは1日、わたくしのために空けておきなさいね』
華恋から、光留のスマホにメッセージが入ったのは、金曜日の夜。光留が下僕となってからというもの、華恋は平日は光留にちょくちょくと思いつきで可愛らしい命令をするものの、休日に一緒にでかけたことはまだ一度もない。
華恋さん、今度は何を思いついたんだろう?
光留はその日、なにやらソワソワと落ち着かない気持ちで眠りについた。
そして翌日。
指定された時間に指定された場所へと向かった光留は、そこに見知らぬスーツ姿の男を見つけた。けれども、華恋の姿は見当たらない。
キョロキョロとする光留に、男が話しかけてきた。
「
「えっ?」
「光留に様はいらないわ。彼はわたくしの下僕なのだから」
そこへ、華恋がやってきた。
ワインレッドのワンピースに身を包んだ華恋は、制服姿の時よりも華やかで、よりお嬢様らしく見える。
「これは華恋お嬢様。本日はよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそよろしくね、
「あ……よろしくお願いしま……す?」
不動産屋さんが、なぜここに?
と光留は不思議に思ったが、「光留、手」
の言葉に慌てて華恋に手を差し出す。光留が差し出した手に、華恋は当然のように自分の手を絡めて言った。
「さ、行きましょう、住吉さん」
住吉に案内されたのは、そこから歩いてすぐの高層マンション。
「こちらはオートロックになっておりまして、コンシェルジュも24時間常駐しております」
「そう。それは外せない条件ね。あなたもそう思うでしょう?」
住吉の説明を聞いた華恋から突然話を振られ、光留はキョトンとして首を傾げた。
「え?」
すると、華恋は不機嫌そうに整った眉を釣り上げる。
「あなたも住むんだから真面目に考えなさい」
「はぁ……えっ!?」
驚く光留をよそに、住吉の案内で華恋は光留を伴ってエレベーターに乗り込む。エレベーターが止まったのは、36階。
「こちらはご希望の3LDKでございます。眺望も良く」
「本当に素敵な眺めね、夜景も素敵なのでしょう?」
光留の手を離し、華恋は窓際へと駆け寄る。
「もちろんでございます」
「光留、あなたはお部屋を見てきなさい。あなたの部屋を決めさせてあげるわ」
「えっ」
戸惑う光留をよそに、華恋はバスルームやらキッチンやらを見ては
「素敵!ジャグジーが付いているわ!」
「最新の食洗機完備ね、さすがだわ!」
などと歓声を上げていた。
「本当に決められない人ね。どの部屋でも構わない、なんて。わたくしは東側のお部屋が良かったわ。朝の光で目が覚めるなんて、素敵じゃない?」
一通り部屋を見て住吉と別れた後、華恋は光留を伴って近くのカフェへと入った。
カフェラテを飲みながら、夢見心地で光留へと視線を向ける華恋に光留はおそるおそる尋ねる。
「あの……今日はいったい」
「内見よ、わたくしとあなたが住むところの」
この人はいったい、何を言っているのだろう?
光留は思わず口が開きそうになり、含んだ水を零しそうになりながら慌てて飲み込む。
「華恋さんと俺が、ですか?」
「ええ。わたくし、一度は一人暮らしをしてみたいと思って。父に相談したら、あの物件はどうだと言うから」
「一人暮らし……」
「そう。もちろん下僕のあなたも一緒に住むのよ?だって、一人暮らしは物騒でしょ?父も下僕と一緒なら安心だって」
当然のように華恋はそう言って微笑むが、光留は今度こそポカンと口を開けた。
いやいや、まさか。
この人のことだ。きっと色々言葉が足りていないはず。
開いていた口を一度閉じ、光留は姿勢を正して、優雅にカフェラテを飲んでいる華恋に向き直った。
「あの華恋さん?一つお尋ねしますが」
「仕方ないわね、ひとつだけよ。言ってみなさい」
「お父様は、下僕が俺、つまり男であることをご存知でしょうか?」
「知らないわよ?言ってないもの。下僕に性別など関係ないでしょ?」
当然のことのように答える華恋に、やっぱり……、と光留は大きくため息をつく。
「わたくしの前でため息をつくなんて、生意気な下僕ね」
「下僕だってため息つきたくもなりますよ」
「あら、わたくしのせいだと言うの?」
「俺は確かに華恋さんの下僕ですが、男ですよ!?」
コトリ、とカフェラテのカップをソーサーへと戻し、華恋は花のような笑みを光留へと向ける。
「わたくしを襲いたくなっても、わたくしがいいと言うまでは我慢なさいね、光留」
「えっ、いやっ、そういう訳では」
「だってあなたは、わたくしの下僕なのだから」
華恋のNOとは言わせない魅惑的な声音に惹かれ、光留は無意識の内に頷きそうになっていた。だが、すんでのところで踏みとどまり、大きく首をふる。
「とっ、とりあえず、いきなり同居は考えさせてくださいっ!」
とたん。
華恋の表情がみるみる曇り始め、息を飲んで見守る光留に衝撃的な言葉が告げられた。
「傷ついたわ、わたくし……伯父に言ってあなたを退学させようかしら」
「……マジ、ですか……」
華恋の言葉に、光留の顔から一気に血の気が引く。
そんな光留を上目遣いに見ながら、華恋は言った。
「と言ったら、どうするの?」
そんな、究極の二択っ!?
なんでいつも俺にこんな選択を迫るんだ、この人はっ!
頭を抱えてうんうん唸る光留を暫く眺めると、華恋は満足したように笑い、スマホを取り出した。
「あ、住吉さん?さっきはどうもありがとう。とても素敵なお部屋だったのだけど、わたくし一人暮らしはもう少し先にすることにしたわ。その時にはまたよろしくね」
通話を終え、華恋は手をそっと光留の顎下に添えて上向かせる。
「本当にあなたは手がかかる下僕ね、光留。次にわたくしと一緒にお家の内見に行く時には、ちゃんと覚悟なさいね?」
とりあえず、退学は免れたの、か……?
ほっとしつつも、退路を塞がれた感のある光留は、直ぐ目の前で自分を見つめる煌めく双眸に、言い知れぬ不安と胸のトキメキを覚えたのだった。
【終】
お嬢様の思いつくまま 平 遊 @taira_yuu
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