【KAC20242】幸せのおウチ

下東 良雄

幸せのおウチ

「じゃあ、来週の水曜、住宅の内見に行こうか」


 先週末に突然そんな話になった。

 話を振ってきた夫・直人なおとの言葉に乗った妻の私・愛莉あいりは、待ち合わせ場所の駅前広場に急いだ。


「おーい、こっち、こっち」


 すでに着いていた直人が私に笑顔で手を振っている。私も笑顔で小さく手を振り返した。

 結婚してもう十年。直人も、私も、三十代半ばに差し掛かった。小さなケンカはよくあるものの、大体お互いに謝りあって終わる。そうなれば、もう仲良しだ。直人とのお出かけは、私にとってデート気分。お腹に浮き輪のあるオバサンと、嬉しそうに腕を組んでくれる優しい夫。心からの幸せを感じる。


「ここだよ。いろいろ見てみようよ」


 ステキなおウチがたくさん並んでいる。住宅展示場なのかな?

 直人と一緒にゆっくりと住宅を見て回った。


「わぁ、カワイイおウチだね!」


 興奮する私。


「平屋だけど、パステルカラーチックなカラーリングでスゴくカワイイね!」

「でも、建て売りって感じだね。内装や設備が気に入れば、全然問題ないと思うけど」

「他の物件も見てみようか」


 直人に手を引かれる私。そのまま手を握っちゃった。ふふふっ、もうこの手は離しませんよー。


「ヨーロピアンな感じでステキなおウチね」

「二階建てで、内装や設備は自由にできるみたいだよ」

「注文住宅っぽい感じかしら。好みのおウチにできるのは魅力的ね! でも……」

「ちょっとお高くつくかもね」


 苦笑いする直人。


「そうそう、ネットで見て期待している物件があるんだ!」

「へぇ、楽しみね! どんなおウチなのかしら?」

「見て驚くなよぉ~」


 目当ての物件へ向かう私たち。


「ほら! これでぇ~す!」


 ドヤ顔の直人が手を向けたのは、何と三階建てのおウチだった。


「三階建て!? これは買えないんじゃ……」

「ふふーん、そう思うだろ? 実はさっき見たふたつの物件より安いんだよ」

「えぇ~っ!」

「お買い得じゃない?」


 ドヤドヤ顔の直人を、いぶかしげに見る私。


「……とりあえず内見しましょうか」

「よし! 見よう、見よう!」


 家の中を覗いてみると、どうにも微妙で、家自体はもちろんしっかり作られているものの、居間にテーブル置いたらソファが置けないとか、三階というよりも屋根裏部屋という感じだったりとか……直人も何だかガックリしている。


「ネットの情報だけを鵜呑みにしたらダメだね……」

「ふふふっ、お互い良い勉強になったわね」


 結局、二軒目に見た『ヨーロピアン風の二階建て住宅』を買うことにした。設備は少しずつ揃えていけばいいという話になったのだ。


「ステキなおウチね!」

「まぁ、今僕が買える精一杯の住宅だよ」


 私たちは笑顔を交わした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ありがとうございましたー」


 直人の手には大きな荷物があった。

 私たちの目の前には電飾看板が光っている。


『おもちゃ天国 トイぎゃラス

 ご来店ありがとうございました』


 娘・優香ゆうかの四歳の誕生日プレゼントに、今娘がハマっているゴルドニアファミリーという動物たちのカワイイお人形のおウチを買ったのだ。

 最初はネットショッピングで買おうという話だったのだが、せっかくだから雰囲気を出して『住宅の内見』というていで、おもちゃ屋さんに行ってみようということに。そんなノリに私も乗ったかたちだ。

 それなりにお値段の張る買い物だったが、優香が喜んでくれるならと、思い切って購入。しばらくはこれで優香と毎日遊ぶことになるんだろうなぁ。


 すっかり日は暮れ、街灯が灯る国道沿いの歩道を歩く私たち。

 手はまだ繋いでいた。離さないよー。


「愛莉」

「ん? 何?」


 直人の顔を見ると、深刻な表情をしている。


「ごめんな」

「え? 何が?」


 何事かと思っていると、私の手を握る力が少し強くなった。


「本当なら、本物の家を愛莉と優香に買ってあげたいんだけど……中々給料も上がらなくて……愛莉と結婚する時、僕約束したよね」

「約束?」

「愛莉を幸せにするって……約束、守れてなくて、本当にゴメン……」


 直人の目に涙が光った気がした。


「ねぇ、直人。もしかしたら、姉さんの言ってたことを気にしてる?」

「…………」


 直人は何も答えなかった。


『愛莉の旦那、不良物件なんでしょ。貧乏って大変よねぇ~』


 半月前、直人のいる前で私に吐いた姉の暴言。

 姉は私と違って美人で、お金持ちと結婚した(どっかの会社の社長さんらしい)。白亜の豪邸、自家用車は高級外車、外出はハイヤー、食事は全部外食やケータリング、お手伝いさんも雇っているらしい。

 そんな豪邸にお呼ばれして、自慢話を聞いてあげて、帰る直前に暴言を吐かれたのだ。


「私、あの時言い返したよね。『すっごい幸せだよ』って」

「…………」

「もちろん、お金はあればあっただけイイと思う。豪邸、凄かったよね。外車、カッコよかったよね。ハイヤーで外出、贅沢だよね。食事もきっとすごく美味しいと思う。お手伝いさんがいれば家事もやらなくて済むし」

「……そうだな」


 私は直人の手をぎゅっと握り、俯き気味だった直人の顔を覗き込むようにして、彼の目を見つめた。


「でもさぁ、それって本当に幸せなのかなぁ?」

「え?」

「実はね、先週姉さんから電話があったの」

「お義姉さんから?」

「うん。『あの時はごめんなさい』って」

「ごめんなさい?」

「姉さんの旦那さん、家にほとんど帰ってこないらしいの」

「えっ?」

「先々週私たちが行った時も姉さんひとりだけだったでしょ」

「そうだな」

「毎日家にひとりでいるんだって」

「だったら、どこか働きに出れば……」

「許可してくれないらしいよ。家にいろって……」

「えー……」

「お金はいくらでも自由に使っていいからって……『私は家の飾り物じゃない!』って怒ってた……そんな時に家に来た私たちがすごく幸せそうに見えて、どうしようもない思いが溢れて、しなくてもいい自慢をしてしまったり、あんな言葉を口にしてしまったって……」

「そうだったんだ……」

「姉さん、泣きながら謝ってた……」


 交通量の多い国道だが、ふと車が途切れた。

 車のヘッドライトもなく、走行音もない、薄暗く静かな国道沿いの歩道を私たちは歩いている。


「ねぇ、直人。これだけは言わせて」

「なに?」

「私、とっても幸せ」

「愛莉……」

「可愛い優香、優しいお義母さん、そしてこんな私を愛してくれる直人。どんなにお金を積んだって、決して得られないものだよね」

「自分を『こんな』呼ばわりするなよ……」


 直人の手を離し、腕を組んで身体を密着させる私。


「直人、大好きだよ」

「愛してるよ、愛莉」


 愛の言葉を交わした後は、どちらからともなく口づけを交わした。

 いい歳して国道の歩道で何やってんだろうね。


「続きは今夜な」


 シャイな彼の精一杯のお誘い。直人の顔は真っ赤だ。カワイイなぁ。遠慮しなくたっていいんだけど、こんな彼がカワイイので、あえて何も言っていない。ふふふっ、今夜もたくさん可愛がってもらっちゃおっと♪


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ガチャリ


「ただいまー」


 直人の声に優香が飛んできた。


「おとーたん、おかーたん、おかえりー。あー、ゴルドニアのおウチだー」


 あっという間に見つかってしまい、私も直人も苦笑い。


「あら、優香ちゃん良かったわねぇ~」

「うん!」

「でも、お誕生日までは我慢だぞぉ~」

「はーい」


 さすがはお義母さん、よく分かってらっしゃる。


「じゃあ、コッペパンマンのビデオみるー」


 とてとてとてっと、テレビのある居間へ小走りで戻っていった優香。

 こんなやり取りや光景だって、いくらお金を払ったって得られないものだ。直人と顔を合わせて、微笑み合う。彼も幸せを噛み締めているのだろう。白亜の豪邸じゃなくたって、ここが『幸せのおウチ』なのだから。


「お義母さん、いつも優香の面倒を見ていただいて、本当にありがとうございます」

「やだ、そんな頭下げないでちょうだいな。優香ちゃん、本当にいい子だから全然手がかからないし、一緒に遊んでいて楽しいわ! 遠慮しないでいつでも声かけてね」


 にっこり微笑むお義母さん。

 ふと何かを思い出したようだ。


「そうそう、ふたりに伝えたいことがあったの!」

「伝えたいことって何だい、母さん?」

「駅前に綺麗なマンションが建ったでしょ? あそこのオーナーが私の後輩でね、最上階の3DKの部屋が空いてるらしいのよ」

「へぇ~」

「ちょっと、へぇ~、じゃないわよ愛莉ちゃん!」


 私の腕をパンと叩いたお義母さん。


「特別に、ここの家賃と変わらない金額でどうですかって!」

「えーっ! 本当ですか!?」

「ウソなんて言わないわよ!」


 驚く私に、お義母さんは笑顔で応えた。


「直人!」

「よし、じゃあ今度は母さんと優香をあわせた四人で!」

「行っちゃいますか!」

「住宅の内見に!」


 盛り上がる私たちに優しいまなざしを向けるお義母さん。

 そんな盛り上がりに優香も、とてとてとてっとやってきた。


「ないけーん」


 優香の右手を振り上げてからの内見コールに、私たちの顔には笑いの花が咲き乱れた。


 幸せだなぁ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20242】幸せのおウチ 下東 良雄 @Helianthus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ