明るい家

鈴木空論

明るい家

 これは私が中学生の頃の話。


 私には田舎に住む親戚のお爺さんとがいて、毎年夏休みになるとそのお爺さんたちの家で何日か泊まるのが我が家の毎年恒例の行事になっていた。


 その年もいつものように家族とともにお爺さんの家に行き、お爺さんと話をしたり、地元の子供たちと遊んだりした。お爺さんが用意してくれたごちそうを食べて、大きなお風呂に入り、いつもより夜更かしをしてからお爺さんにお休みの挨拶をして寝床へ向かった。


 私が奇妙な出来事に遭遇したのはその後のことだった。



 お爺さんは資産家で、家はかなり広かった。

 客室もたくさんあったので寝室も一人につき一部屋ずつ使わせてもらっていた。


 そして、私が毎年使わせてもらっていたのは二階の角部屋。

 お爺さんに高いところが好きだと伝えたら一番窓の外を見渡せるこの部屋を割り当ててくれたのだ。


 私は明かりを消し、さっさと布団へ入ろうとした。

 しかしその時、ふと窓の外が不自然に明るいことに気が付いた。


 この辺りは民家ばかりでいつもなら真っ暗なはずだった。

 なんだろうと私は興味に駆られ、窓の外を覗き込んだ。


 私の目に入ったのは、遠くの丘の上にある一軒の家だった。

 新築らしい、どこにでもありそうな感じの建売の家。


 その家は複数の照明に下から照らされていて、周囲は夜だというのにまるで昼間のように明るかった。

 玄関の前に何本かのぼりが立てられているのを見ると、売り出し中の家のようだ。


 正体がわかってみれば何のことは無い。

 夜中まで明るくしているのは奇妙ではあるが、どうせ担当の人間が照明を消し忘れでもしたのだろう。

 別に珍しいものでもなければ、面白いものでもなかった。


 だが、どういうわけか私の目はその家に釘付けになった。

 理由はわからない。自分でも不思議なほど、その家を包む明かりがとても魅力的に感じられたのだ。


 私は窓際に立ったままじっと家を眺めていた。

 するとしばらくして、一台の車が走ってくるのが見えた。

 車は明るい家の前に止まり、間もなく運転席のドアが開いて営業職らしいスーツ姿の男が降りて来た。

 続けて後部座席からは小さな子供二人を連れた若い夫婦が降りてくる。


 四人の家族連れはスーツの男に促されて家の中へ入っていった。

 それを見て、住宅の内見にでも来たのか? と私は思った。

 だから夜中だというのに家を照明で照らしていたのだろうか。


 しかしなおも窺っていると、どうも様子がおかしかった。


 四人家族は家の中に入っていったが、スーツの男は四人には付いて行かず玄関の扉を閉めてしまった。

 そして車に戻り、エンジンをかけてそのまま走り去る。


 一体どこへ行ったんだろうと私が首を傾げていると、車は間もなく戻ってきた。

 先程と同じように車は家の前に止まり、先程と同じスーツの男が運転席から降りてくる。

 そして今度は後部座席から杖を突いた老人が降りてきた。

 まだ先程の家族が家の中にいるはずなのに新しい客を連れてきたらしい。


 老人も先程の四人家族と同じようにスーツの男に促されるままに家に入っていった。

 スーツの男はそれを見届けると玄関を閉め、また車で走り去り、別の客を乗せて戻ってくる。

 そんなことが延々と繰り返された。


 最初の四人家族も、次の老人も、誰一人家から出てくる気配はない。

 淡々と流れ作業のように人が玄関の中に吸い込まれていく。


 私は次第に怖くなってきた。

 何が起きているのかはわからなかったがまともな状況とは思えなかったし、両親やお爺さんを呼んできたほうがいいんじゃないかと感が始めた。


 だがその時だった。

 車に乗り込もうとしていたスーツの男が突然動きを止め、ぐるんと首を回して私を見た。


 その家とお爺さんの家とはかなり距離があったし、私の部屋のあかりは消していたから向こうは私には気付かないはずだった。

 だがスーツの男は間違いなく私を見ていた。

 そして、男はニタリと笑みを浮かべて言った。


「おや、お嬢さん。君もこの家に興味があるのかい?」


 スーツの男の姿は豆粒に見えるほど遠く小さかったのに、その声はすぐ耳元で聞こえた。

 突然目の前が真っ暗になり、私はそこで意識を失った。


 ※ ※ ※



 翌朝私が気が付いた時、真っ先に目に入ったのは心配そうな母の顔だった。

 私は窓際に倒れていたらしく、起こしに来てくれた母はひどく驚いたそうだ。


 父もお爺さんも心配していたので、私は昨夜の出来事を話して聞かせた。

 記憶としてははっきりしていたものの、改めて自分の口から説明してみると何とも荒唐無稽に思えてきて、ひょっとして寝ぼけていただけなのではないか、と不安になった。


 だが、私の話を聞いたお爺さんの顔は見た事がないほど青ざめていた。

 そして、早くこの土地から離れたほうがいいと言い出した。


 なんでも、私があの明るい家を目撃した丘の上には新築の家などなく、誰も住んでいない荒れ果てた神社が一軒あるだけらしい。

 一体いつ、どんな由来で建てられたのか誰も知らないほど古い神社なのだが、よくその神社の辺りでは不可解な出来事が起きるというので近所の人間は絶対に近寄らないようにしていたのだそうだ。


 私はその神社の『何か』に目を付けられてしまったらしい。


 半信半疑ながらも、両親は私に何かあってはいけないからと私を連れて逃げるようにお爺さんの田舎を後にした。

 別れ際、念のためこれを持っていけ、とお爺さんからはお守りを受け取った。



 お爺さんの田舎にもあれ以来一度も行っていない。

 結局あの夜のことは何だったのかわからないままだし、あれ以来私も不思議な出来事に遭遇するようなこともなかった。


 数年前にお爺さんから貰った手紙によると、あの神社は倒壊の危険があるということで行政が取り壊しを行い今は更地になっているらしい。

 あそこにいた『何か』が何者だったにせよ、もう私に関わることはないと思う。



 ただ――私は未だに、あの気味の悪いスーツの男の顔と声を忘れることができていない。

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