侍女ニナが応援する 女辺境伯マティルデ様の懸想の行方

宇佐美ナナ

イースターの贈物

【北イタリア カノッサ城 マティルデ・ディ・カノッサ】

 

 朝の冷え込みはゆるんできたけれど、布団の中から出られない。寒いから、だけではないのよ。寝る前からずっと考えがまとまらないの。


「ジャン=ステラへのプレゼント、これでいいのかなぁ」


 悩んでいるのは4月17日にある復活祭イースターの贈り物。お抱えの宝石商と細工師に注文していた品が届いたのが昨日。それからずっと悩みっぱなし。


(どんな品ならジャン=ステラは喜んでくれるのかしら)


 ベッドに座って机の上に目線を向けると、そこには二組ふたくみのピアスが置かれている。


 その一組は繊細せんさい装飾そうしょくほどこされた銀細工のピアス。昨年のクリスマスにジャン=ステラから貰った私の大切な宝物。


 もう一組は、昨日、お城に届けられた男性用のピアス。こちらも精巧なディテールの彫りで飾り立てられた見事な品ではあるのよ。目の肥えた宝石商も「どちらも素晴らしいアクセサリです」と太鼓判を押していたくらいだもの。


 つまり、多くの人の目にはどちらも同じように美しく映っているのだと思うわ。


 でも、それは表面しか見ていないから。


 私の目は全くの別物に映っている。だって、ジャン=ステラが私にくれたピアスは光り輝いているのだもの。


「このピアスはね、マティルデお姉ちゃんの事を想いながら作ったんだよ」


 ピアスに添えられたジャン=ステラの手紙は、こんな文で始まっていた。


「耳に触れるトップにキラキラ輝くビジュー(小さい宝石)があるでしょ。これはね、キラキラ輝くお姉ちゃんの美しさを表現しているんだよ。


 そして、ゆらゆら揺れるボトムの銀鎖はお姉ちゃんとの運命の糸。糸のからまりはお姉ちゃんと僕との出会いを表しているんだ。これから何度も、何度でも出会えますようにって。


 もう一つのボトムにベルフラワーの花を添えてみたよ。マティルデお姉ちゃんはベルフラワーの花言葉を知ってる? それはね、楽しいおしゃべり。


 僕はね、たくさん、た~くさんお姉ちゃんと一緒にお話ししたいっていつも思ってる。


 そんな日の訪れが来ることをいのりながら作りました。このピアスがお姉ちゃんのお気に入りになってくれますように」


 ジャン=ステラの手紙を思い返すたび、胸のうちが熱くなってくるんだもの。私が宝石商に命じて作らせたピアスでは全く敵うわけないじゃない。


 でも、どうすればいいの? 一晩悩んでも、やっぱりわからない。


 二組のピアスを前に、無益にため息をつくばかり。


「そうだっ!」

 侍女のニナに聞いてみるのはどうかしら?


 小さい頃から身の回りの世話をしてくれているニナは、私にとって姉みたいな存在。だから恋の相談にも乗ってくれるに違いない。


 それにニナはいつも品の良い服を着ているし、兄も弟もいるから私よりも殿方の好みについてよく知っているわよね。


「ちりん、ちりん」


 善は急げと私は呼び鈴を鳴らし、ニナを呼び出した。


【侍女ニナ】 ◇  ◆  ◇ 


 お屋敷の窓から見下ろせば、冬の終わりを告げるかのように、緑の若葉が芽吹き始めていました。陽光は穏やかにカノッサ城の廊下を照らし、新しい季節の訪れを私に感じさせてくれるのです。


「春は恋の季節だというけれど、私にも訪れてくれないものかしら」


 私もそろそろ25の年を迎えようとするお年頃。私の身に結婚という二文字が訪れることはなさそうだと自覚はしています。でも、いいじゃない。いつの日か素敵な殿方が私を迎えにきてくれる。そんな想像をしたって。ねえ、あなたもそう思うでしょう?


 妄想もうそうたくましくして楽しんでいた私の時間は、バタバタと部屋に駆け込んできた同僚のクラリスによって中断を余儀なくされてしまいました。


「ニナ、急いで。マティルデお嬢様があなたを呼んでいるわ」


 私たちの主人であるマティルデ様が私を呼んでいるようです。私と相部屋のクラリスが伝えにきてくれました。


「え、ちょっとまって。まだ身支度が終わってないの」


 クラリスの助けを借りつつ、私は淡い春色はるいろのドレスに急いで袖を通します。


「ニナの髪って、さらさらしててうらやましいなぁ」

 私の髪をくしけずっているクラリスが、聞き慣れた愚痴ぐちをこぼしてきます。


「そうよね、クラリスの髪ってすぐにからまっちゃうものね」


 くすくす笑いながら手早く髪型を整えつつも、私たちのおしゃべりは止まりません。これもいつも通りのことなのです。


「はい、これで終わり。いってらっしゃい。おつとめ頑張ってね」


 身支度が終わるや否や私は部屋を飛び出しました。


 初春にふさわしい色を身にまとう喜びを味わう間も惜しんで、マティルデ様の執務室へと足を運びます。


「ニナ、待っていたわ。あなたの意見を聞かせてちょうだい」


 扉を開けたとたん、若い女性特有の跳ねるような声が私の耳に入ってきました。声の主であるマティルデ様がクリクリっと大きな目を輝かせつつ、私の方へと歩み寄ってこられます。


「何に対する意見をお求めでしょうか?」


「まぁ、ニナったら意地悪ね。ジャン=ステラへのプレゼントをどうするかに決まってるじゃない」


 まるで最高級の絹のようにつややかな頬を少し膨らませながら、マティルデ様が想いを声にして奏でました。


 ジャン=ステラ様とはマティルデ様の想い人なのです。お二人がお会いした7年前からの両思いだとうかがっています。


「あら、マティルデ様は銀鎖のピアスを、宝石商に注文なさっていましたよね。それはどうされるのですか?」


「もちろん、それもジャン=ステラに贈るわよ。でもね、ニナ。ジャン=ステラは私が手作りした物をプレゼントした方が喜ぶんだもの」


 あらあら、頬を上気させたマティルデ様のなんと可愛らしいこと。いえ、マティルデ様はもう19歳なのですから、かわいいは失礼かもしれません。本当にお美しい女性に成長なされましたこと。


「そういえば、マティルデ様が手作りされた黒ネコのぬいぐるみを、ジャン=ステラ様はいたくお気に入りのご様子でしたものね」


 ジャン=ステラ様はトリノ辺境伯家の三男で、ご自身もアオスタ伯爵であらせられます。押しも押されぬ上級貴族にもかかわらず、高価な装飾品よりも、マティルデ様が手作りされた品を好まれる奇特きとくなお方なのです。


「ええ、そうなのよ。手紙に書いてあったんだけど、今も黒ネコと一緒に寝ているんだって」


 頑張って作った甲斐かいがあったとマティルデ様がおっしゃいます。黒ネコのぬいぐるみをベッドに持ち込むジャン=ステラ様の寝姿を想像しているのか、マティルデ様の口元が緩んでいます。


 お日様色の髪をした10歳の男の子がぬいぐるみを抱きしめ、すやすや寝息を立てている。そのような微笑ほほえましい光景が私の脳裏にも浮かびました。なんとも平和な光景に、私の目尻も下がってしまいます。


 ですが、そこでハッと現実に引き戻されてしまいました。マティルデ様は19歳で、ジャン=ステラ様は10歳。つまり9歳も年下なのです。


 貴族の結婚相手としては、男女逆であれば問題ない年齢差ではあります。しかし女性が9歳も年上となる結婚は、滅多にあるものではありません。


 具体的に考えてみましょう。ジャン=ステラ様が20歳になった時、マティルデ様は29歳。行き遅れと言われる25歳をとうに越えてしまいます。


 他国の事は知りませんが、ここイタリアの貴族女性は15歳までに初産を終えるのは普通のこと。実際、ジャン=ステラ様のお姉さまは昨年、12歳で男の子を出産されました。29歳となると、そろそろ娘が結婚し、孫がいてもおかしくない年齢なのです。


 ああ、なんてことでしょう! 九歳差という絶望が、私の心に暗い影を伸ばしてきます。


 大人になったジャンステラ様は、マティルデ様よりもっと若い娘へとお心が移ってしまうかもしれない。そんな単純な可能性をどうして今まで気づかなかったのかしら。


 そのような悲劇的な結末を迎えないためにも、マティルデ様にはぜひともジャン=ステラ様の心をしっかりと掴んでおいていただかなければ!


 小さな決意を胸に秘めつつ、危機感が感じられないマティルデ様に私は詰め寄りました。


「マティルデ様!」

「んっ? ニナったら急に怖い顔をしてどうしたの」


 私はマティルデ様の手を取り、目を合わせました。


「ジャン=ステラ様の心をつかみに行きましょう」


「ええ、もちろんよ。だからニナを執務室に呼んだんじゃない」

 目をしばたたかせたマティルデ様がおっしゃいます。


 そういえば、そうでした。マティルデ様が私を部屋に呼んだ理由は、ジャン=ステラ様のプレゼントについて私と相談するためでしたね。もちろん全面的に協力させていただきますとも。


 まずは情報を整理いたしましょう。

 ジャン=ステラ様はマティルデ様の手作りの品が好きな男の子です。そして黒猫のヌイグルミと一緒に寝るくらい、肌身はだみ離さずマティルデ様を感じていたい甘えん坊さん。


 でしたら、常に身に着けていられる装飾品が最適でしょう。


「じゃあ、指輪がいいってこと?」


 一番に思いつくのは指輪ですが、それはプロポーズや結婚の時にまで取っておくべきだと思います。それに、指輪を贈ったとあっては、マティルデ様の婚約者であるゴットフリート様が黙っていないかもしれません。この恋を黙認しつづけて頂くためには、指輪はさけたほうがよいでしょう。


「手首に巻きつける革製のブレスレットはいかがでしょうか?」


 革製のブレスレットであれば、少々手先が不器用なマティルデ様が作るにも丁度いいと思われます。


「革のブレスレットかぁ。ちょっと地味じゃないかしら」

「いえ、そのようなことはありませんよ。宝石を編み込むことだってできますもの」


 ジャン=ステラ様の「ステラ」はお星様という意味です。星のチャームを取り入れるのはいかがでしょうか。


「ニナって天才ねっ!」


 私を褒める言葉を口にしたマティルデ様は、ぱぁっと周りが輝くような笑みを浮かべています。その満ちあふれた喜びが春風に乗って部屋中に広がっていくようでありました。


 このように感情を大きく表に出すことは貴族女性としては好ましいことではありません。しかし、マティルデ様の魅力は、喜びの感情を素直に出すところだと思うのです。


 ああ、この笑顔をジャン=ステラ様にお見せしたい。そうすればマティルデ様にれ直すことでしょう。


「マティルデ様、ブレスレットを選んだ理由はもう一つあるのですよ」


 アクセサリのプレゼントには、贈る人の意味や想いが乗り移るのです。

 例えば指輪には「契約」や「独占」という情念が込められており、ここから「これから二人で生きていこう」という意味が派生します。


 そしてブレスレットの意味とは「永遠」そして「束縛」なのです。


 願わくば、マティルデ様の愛の輝きがジャン=ステラ様の魂をとらえ、永久とわに愛のとりことなりますように。


ーーーー

あとがき

ーーーー

■ このお話は11世紀イタリアを舞台とした小説「前世の知識は預言なの?」のショートストーリーです。マティルデ、ジャン=ステラは本編の登場人物になります。


 このショートストーリーは、やまち.S様の企画「RTした人の小説を読みに行き登場キャラのモチーフアクセを作る」とのコラボ小説として誕生しました。


マティルデからジャン=ステラへの贈り物のブレスレットをURL先に掲載しています。


https://38568.mitemin.net/i822850/


■本話は11世紀イタリアを舞台とした小説「前世の知識は預言なの?」のショートストーリーとなっています。


 本編のマティルデは歴史上の人物である、トスカーナ女辺境伯マティルデ・ディ・カノッサです。高校世界史では、東ローマ帝国の皇帝と争った事件「カノッサの屈辱」として登場します。


 小説の舞台であるカノッサ城は、このカノッサの屈辱事件が起きたお城でもあります。


 マティルデにはゴットフリートという一つ年下の婚約者がいます。公爵嫡子でもあるのですが、マティルデは彼の事が大っ嫌い。その嫌いっぷりは堂に入っており、史実のマティルデは家出しています。自領の城を点々と移動し、時には軍隊で威嚇しつつ、追い払っている程。


 そんなマティルデの前に現れたのが9歳年下のジャン=ステラちゃん。年の差があるにも関わらず、お互いがお互いに一目ぼれします。


 さて、このジャン=ステラちゃんはどうやって、マティルデ嬢を奪うのでしょうか?


 興味をかれた方はぜひご一読を。


 累計400万PV超、ジャンル別日間~月間2位にランクイン

「前世の知識は預言なの?」 週二回連載中です


https://kakuyomu.jp/works/16816927861554647016


 なおジャン=ステラちゃんは、11世紀イタリアでピザを食べようと奮闘もしています☆彡

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