そして、物語が始まる

丸山 令

訳あり物件

「中古物件ですが、築年数は五年ほどで、室内はリフォーム済み。ご覧の通り日当たり良好で、広すぎず狭すぎず。閑静な住宅街の中にありながら、繁華街にも歩いてアクセスでき、住みやすい物件となっております」


「本当に。とても良いわねぇ」


 私は、明日から移り住む予定の住宅の内見に来ていた。


 先ほどから、明るく丁寧に説明してくれる営業の女性に、私は尋ねる。


「もしかして、こちらの家具は全て備え付けなの?」


「はい。と言うのも、以前お住まいのお客様は大そうな御栄転で、家を売りに出す際全て置いていかれたのです」


「それは、助かるわ。出来れば、早速今日購入したいのだけど」


「えっ⁈ 今日ですか?」


「ええ。住むのは明日からだけど、荷物も運び入れたいし。支払いは、これでいいかしら?」


「はい。十分ですが、掃除などは」


「必要ないわ」


「かしこまりました。では、こちらの契約書にサインを。鍵類はこちらです」


「どうもありがとう」



 玄関まで彼女を見送ると、私は備え付けのソファーに腰掛け、一息ついた。



 ああ。言い忘れたけど、ワタクシの名前はナターシャ=アンネローゼ公爵令嬢。

 この国の王太子の婚約者よ。

 

 今朝目覚めたら、唐突に前世の記憶が蘇ったから、こっそり家から抜け出して、こんなことをやっているの。


 もっと早く思い出したかったとも思うけど、まぁ、一日だけでも猶予があって良かったわよね。

 だって、現住所が無ければ、この国では家を買えないし。

 

 私は、家から持ち出した白金貨、宝石類、換金性の高い装飾品を、備え付けの金庫に仕舞い込み、家に戻った。


 翌朝。

 今日は卒業パーティー。

 精一杯着飾って、私は会場へ向かう。


 そして、物語は始まった。


「ナターシャ=アンネローゼ公爵令嬢。今日を持って、貴様との婚約は破棄させてもらう!」



「え。あの物件、また悪役令嬢?」


「そそ。ナターシャ様」


「前回は、隣国の王太子が迎えに来てたっけ?」


「第三王子もざまぁされてまうん?ま?うける〜」



 

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そして、物語が始まる 丸山 令 @Raym

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