ぼく一人の力で君に勝たないとドラえもんが安心して未来に帰れないんだ
きょうじゅ
本文
春が来ることなんか決してありはしないんだ、っていうことを僕はきっとあの頃まだまるで知らなかった。
僕らの村の近くに、クモノス山のマフタツの崖と呼ばれる切り立った断崖がある。崖の中腹に、野生のオトギ
そのオトギ草はいまじゃ村の中でねんがら年じゅう栽培されていて村の名産になっていて、マフタツの崖についてはもう大人たちは危ないから近づくなって僕らに言う。僕も別に行きたくない。でもガキ大将のピートは僕らをせっついて、崖の岸に立たせる。そんでもって、
「お前ら度胸がないからここから降りられないだろう、おれは平気だぞ」
とうそぶいては、僕らの背中を指先でつっつく真似をするのだ。
そんなガキ大将のピートの年の離れたお姉さんであるレティが病気にかかったのは冬のはじめのことだった。ピートはお姉さんが大好きだったから、ものすごく落ち込んだ。僕はレティのことはよく知らない。年が違うから一緒に遊んだ記憶なんてものはほとんどないし、別にピートの家とそうまで家族ぐるみの付き合いはしていなかった。
だけど、どうもレティさんの容体はひどく悪いらしい、ということを僕は父さんと母さんから聞かされた。冬を越すことはできないかもしれないとお医者様に言われてる、って。僕はレティさんについてはただ気の毒だなとしか思わなかったけど、ピートのことがちょっと気にかかった。ピートがふてくされて僕らにますます意地悪をするようになったりしたらイヤだなあ、と思ったのだ。
果たして何日か後、つまりは冬のある日、僕はピートに連れられてマフタツの崖に連れてこられた。僕は行きたくなんかなかったんだけど、ピートがどうしてもついてこいって言うもんだから。
「お前がおれたちの村でいちばんのおくびょうものだからな」
とピートは言った。
「おい。よく聞け」
僕は本当にここから突き落とされでもしたらかなわないなと思いながら、彼の言葉を待った。
「今から、おれが崖の方を向いて立つ」
「はぁ?」
「だから、お前がおれの背中を押すんだ」
「なんでそんなことをボクがしなくちゃいけないんだよ。落っこちるよ」
「それでいいんだ」
「何がいいんだか分からないよ」
「あのな、お前たちには言わなかったことが一つある。おれたちの村で、いちばん臆病なのは、きっとおれだ。おれは自分がこわいことを、おまえらにやらせることで、ガキ大将の面目を保っていられたんだ。だけど実を言うとおれは、この崖を自分で下りるのが怖い。とても怖い。だから、お前が背中を押してくれ」
「崖の下になにしに行くの」
「そりゃあおまえ、オトギ草を取りに行くんだよ。それがあればきっと姉ちゃんは助かる」
「そういうものなの? オトギ草なら、君んちのビニールハウスでいくらでも手に入るでしょ」
「天然ものでないとダメらしいんだ。姉ちゃんに、そうしてくれって言われた」
「仮にそうだとしても。自分で行くより、君は僕を突き落として、オトギ草をとってこさせることだってできるんじゃない?」
「それじゃあ、多分だめだ。なんとなく、そんな気がするんだ」
「そういうものかね。まあ、いいや。じゃ、いくよ」
僕は助走をつけて、盛大にピートの背中にドロップキックをかました。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
しばらく待っていると、ピートは這いあがってきた。手にはオトギ草。両目の下には涙がこぼれたあとがあった。
その日の夕方ごろ、僕らはレティさんの入院先に居た。
「姉ちゃん。取ってきたよ。オトギ草だ。これを煎じて飲めば、きっと元気になれるんだろう」
「ああ、ピート。ありがとう。これで安心して、療養ができるわ。春になるのを待っていてね。きっと元気になって、村に帰ると思うから」
「うん」
でも、帰り際。ピートが部屋を出て、僕だけ残っているというタイミングで、レティは僕に声をかけてきた。
「ちょっと待って」
「えっ? ボクですか? ピートも呼びますか?」
「ううん。一言だけ言わせて。わたしね、あなたが自分の義妹になるところを、きっと見られないと思うの。だから、一言だけ言わせて。ピートをよろしくね」
「はい……」
いわばその日が僕たちの『最初の日』で、そしてそれから幾たびの春が訪れたか。きょうも僕らは二人で、レティのところを詣でる。供えるのはもちろん、オトギ草。最近はもう、ビニールハウス栽培のやつを持って行くようにしているけど。
「また来ましたよ、
僕は幼馴染だったピートと手を繋いで、静かにほほ笑む。
ぼく一人の力で君に勝たないとドラえもんが安心して未来に帰れないんだ きょうじゅ @Fake_Proffesor
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