【KAC20243】箱と筋肉。

豆ははこ

箱と、筋肉と。

「箱。ハコ、はこ……」


 見知らぬ人がその様子を見たら、目を逸らすか通報するかの二択しかないような鋭い眼光。

 身長183センチ、体重100キロ。体脂肪率11%。

 眼光にふさわしい肉体を持つ男は、ひたすら箱を見ていた。


 名字は五十田いそだ、名は権太ごんた


 通報されがちな見た目に反して、巡回中のお巡りさんとも仲がよい。

 実は、優しいお父さんとしてご近所の評判も上々。


 そんな彼の目下の標的は、自宅のダイニングテーブル中央にあるきれいにラッピングされた箱だった。

 

 ……権太は、思い出していた。


「もしも、お付き合いをするかもしれない男の子ができたら、お父さんに必ず会わせてね! 指切りげんまん嘘ついたらプロテインたくさんのーます、指きった!」

 この約束を中学生の時から律儀に守っていてくれた、かわいいかわいい(以下略)愛娘、こずえちゃん。


 ちなみに、権太が笑顔で微笑むと、梢に好意をもつ男子は全員逃げ出した。

 懐かしい日々。


 だが、それも愛娘が社会人になったその日までだった。


「プロテインたくさんのーます? そんなの、お父さんが全部のむから大丈夫よ。社会人になるんだから、そんな約束はおしまい!」


 大好きで愛している(以下略、同)奥さんにそう言われてからは、仕方なく約束も終了。


 結果、社会人になった愛娘は合コンという忌むべき存在(権太視点)に行き始めてしまった。

 そして、三回目の合コンで、か、か、か、かれ(権太語録)ができてしまったらしい。


 最近は、デートという恐ろしいもの(権太語録その2)も実行されている。 


 愛しい奥さんは、その実行役とオンラインで何度も会話をしているそうだ。

 なんということでしょう。


「いい子よ。お家に連れてきてもらう?」

 何回かそう言われたけれど、まだ権太には無理だった。堪えられない。


 何かがあれば、注意をしよう。そう思っている。

 だが、門限にさえ、一度も遅れたことがない。

 迎えの要請がきたらいつでも走って迎えにいくつもりでデートの日は常にスクワットをしているが、まだ呼び出しはない。


「今日は……2月14日。やっぱり、これは……」

 認めたくない。認めたくないが……これは……。

 

「あ、分かった? うん、そう、お父さんのだよ、どうぞ!」

 苦悶する権太の耳に届いたのは、愛娘の明るい声。


「梢ちゃん……え、ええっ!」


 そう、この箱は愛娘から父、権太へのチョコレートだったのだ。


 ついさっきまで、眼光鋭く、射ぬかんばかりの勢いで、標的にされていた箱。


 それが、この瞬間、権太にとって生きる希望、敬愛すべき至上の箱となったのである。


 ありがとう、ありがとう、にらんでごめんね、箱さん! 

 権太はそう叫びたくなったが、我慢した。


「ありがとう、ありがとう梢ちゃん! お父さん、ちょっと軽く走ってくるね! 嬉しすぎて、箱を壊しちゃいそうだから!」

 代わりに、愛娘に向かって感謝を伝えた。


 同時に、権太は考えた。

 深指屈筋しんしくっきん浅指屈筋せんしくっきんたちを静めてこようと。

 箱も、愛娘からのバレンタインデーの贈り物を護る、大切なものである。万が一があってはいけないからだ。


「なら、行ってらっしゃい!かないようにね! あと、梢ちゃんもお出かけするわよ!」  

 愛妻からも背中を押された。


 ちなみに、権太は半袖半ズボン、2月なので外の気温は3度。誰も気にしていない。

 きちんとしたスポーツウェアだから。


「気をつけるよ、行ってきます! 梢ちゃん、行ってらっしゃい、気をつけてね!」 

「うん、お父さんもね!」 


「はい、きっと30分は戻ってこないから。バレンタインデーの箱は、これに入れて」


 権太が元気にランニングに出かけたあと。


 愛妻と愛娘は、支度をしていた。


「ありがとう、お母さん」

 梢は、母が渡してくれた保冷バッグに、きれいにラッピングした箱を入れる。


 そう、バレンタインデーのチョコレートの箱を。


 さっきの父の分は、ラッピングは梢、中身は購入品。

 でも、彼氏への分は。


「ラッピングも、もちろん中身も、梢ちゃんが自分で、だものね。はい、行ってらっしゃい! 彼氏君によろしくね!」


「うん。お母さん、ありがとう。行ってきます!」


 一方、その頃。 


 ランニング中の権太は、たいへんなことを思い出していた。


「あと一個、もらってない……」 


 それは、大丈夫。


 愛妻からのチョコレートは、自宅で権太を待っているのだから。


「そうだ、きっと、自宅ゴールには愛する奥さんと、そして、チョコレートが二つ!」


 権太は思った。歓喜した。


 チョコレートたちと、愛妻については、そのとおり。


 忘れているのは、彼氏へのチョコレートの存在。


 そちらのことは権太はすっかり、忘れていた。

 愛娘からの自分へのチョコレートの嬉しさで、脳内から押し出されてしまったのだ。


 そして、適度なランニングで、深指屈筋たちはやすらかになり、大臀筋だいでんきん(太もも)たちも喜んでいる。


 権太の気分も、爽快だ。


 だから今年は、箱の勝利。


 箱と、筋肉。


 彼らの闘いは、まだ、始まったばかりなのである。



※梢ちゃんと(お父さんは認めたくはない)彼氏君の馴れ初め短編へのリンクを貼らせて頂きます。

から揚げ大好き女子と高身長男子のラブコメでございます。


https://kakuyomu.jp/works/16817330667310418519


よろしければ、こちらもどうぞよろしくお願い申し上げます。

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