わかってくれない人
K.night
第1話 だから別れたの
沢良宜ゆるかは怒っていた。
オートロックの家。1DKだが広めのダイニング。オープンキッチン。二口コンロ。
「浴室乾燥、追い炊き機能もちゃんとついている。これで家賃6万円のネコ飼育可能物件はなかなかないぞ。」
佐藤健吾は浴室を見せながら嬉しそうに語っている。
「綺麗だろう。」
「綺麗だけれども。」
ゆるかはため息をついていた。失敗した。まさかこの男が働いている不動産会社を変えているなんて、と思っていた。
「ねえ、佐藤さん。」
「健吾でいいぞ。」
「佐藤さん。私、言ったよね、営業変えてもらえないかって。」
「しかもな、ゆるか。俺、不動産会社に頼み込んだんだ。この家、なんとお前だけ4万5千円で住めるぞ。すごいだろう。な?」
「お願いしていません。それに、私が内見をお願いした物件と違うんですけど。」
「そこ、もう埋まってる。」
「ネットにでてたじゃん。」
「ネットに出てるのは常に最新じゃないんだよ。」
「じゃあ、他に似たような物件ないの?」
「あのなあ、お前、女一人暮らしでオートロックなしの物件に住むってなしだぞ。」
「オートロックが安全だと私、思ってないの。それより、築年数いってていいから安くてファミリー層が住んでるようなところの方が安全だったりするんだから。」
「…誰かと住む予定あるのか。」
「…ないけど。」
「じゃあこれで十分じゃないか。築浅で12畳のリビングがあって、猫飼育可能な4万5千円の物件なんて、この地域どこを探してもないと断言できるぞ。フク君元気か?会いたいなあ。」
「フクは元気だけど、貴方に会わせる予定はありません。あと、そのフクの為に、部屋が二つ欲しいの。だから妥協できるのは築年数なんだってば。」
「見てみろ、このベランダ。網が施してあって、フク君の日光浴させてあげられるぞ。」
「だから聞いてってば!そういう条件は私が提示するの!貴方じゃない!」
「どこが不満なんだ。」
「全部よ!全部全部全部!」
「俺、めちゃくちゃ頑張ったんだぞ。」
「そうでしょうね。こんなアクセスいいところで、この部屋が4万5千円なんてありえないでしょうね。」
「なら、何が不満なんだ。」
「さっきから不満しか言ってないでしょう!ねえ!うちの子、壁でも爪とぎしちゃうから、新しい家だと申し訳ないの!ずっと一緒だと猫もストレスたまるから部屋が二つ欲しいの!オートロックなんていらないの!追い炊き機能も浴室乾燥も私はいらない!」
「俺、こう見えても、今の不動産にヘッドハンティングされるくらい成績いいんだぞ。もうすぐ部長にも昇進できそうなんだ。俺と暮らしたら、2部屋以上のもっといい物件に住めるぞ。」
「次に貴方と付き合う人にエールを送りたい気分だわ。もういい。別の不動産行くから。」
ゆるかは内見していた部屋を出る。閉まる扉の奥から「ゆるか!」という声が聞こえてきた。
若い頃は、健吾のあの先回りして色々考えてくれるところとか、引っ張って行ってくれるところとか、かっこいいなんて思っていたな。そう思いながら。
「別れて正解。」
わかってくれない人 K.night @hayashi-satoru
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