第27話 その頃のオニール家 セバス視点
****セバスさんはオニール侯爵家、特にディランの側にいる執事です。
ディランが最初の食事が終わった直後からどのように周りに動いていたかと・・・。
いつもより少し長めのお話になります。
**********
私がディラン様からの急ぎの手紙を抱え侯爵家に戻ると、旦那様は執務室で仕事中でありました。
「失礼致します。旦那様」
「どうした?急ぎか?」
「はい」
本来ならば、手紙や書類などはお渡しする時間が決められております。朝食後から昼食の時間までに受け取った手紙や書類は昼食後に。昼食後からお茶の時間までに受け取ったものはお茶の時間後に。そしてそれ以降の急ぎの物は夕食後目を通せるようにし、急ぎの印がない物などは翌朝すぐに確認出来るように執務室のテーブルに置いておきます。
旦那様は私が仕事中の旦那様に手紙を持って話し掛け、尚且つゆっくりと話し掛けた事を驚かれていました。
「坊ちゃまからでございます」
私が旦那様の前に立ち、深く礼をしてから手紙の入った盆を前に出すと、「ディランから手紙?」と訝し気に受け取りながらもペーパーナイフを取り出されました。
「セバス、急ぎとは?ディランから何か聞いているのか?」
「は。坊ちゃまから逐一。しかしながら、私の報告よりも先に坊ちゃまの手紙を読まれた方が早いかと」
「ふむ。そのまま待て」
「は」
旦那様はそう言うと、パンっと手紙を開いて読みだされ、すぐに手紙を机に置かれると目を伏せている私に話し掛けられました。
「セバス!!ディランに恋人だと!!!!」
「は。正確には恋人候補でございます。坊ちゃまが積極的にデートにお誘いし、一度、ブレスコで食事を共になさいました」
「なに!!あいつが????デート?ブレスコで?食事をしただと?」
旦那様は目頭を押さえると、ゆっくりと椅子に背を預けられました。
「そうか・・・。あいつが・・・・」
「ええ。坊ちゃまは立派にエスコートをしておいででした」
「あいつは女に興味がないと思っていた・・・。もしや、興味があるのは男なのかと・・・。しかし、相手はいないようだ、もしかすると人に言えない性癖があるのかと心配していたが・・・。は!相手の女性は幾つだ?独身だろうな?未成年ではなかろうな?私より年上か?」
「お相手はクレア・バーキントン様。二十二歳。独身でございます。婚姻歴はございません」
「ああ、よかった。なんだ、成人女性なんだな。年も釣り合うではないか。よし、分家筋からの養子は不要だな。そうか、あいつは女性に興味があったんだな・・・」
「はい、ディラン様は今までは誰にも興味がなかったのかと。男性、女性関係なく。ただし、この一年半程はクレア・バーキントン様を影ながら見守っておいででした」
「そんなに前からか?バーキントン?聞いた事のない家名だな」
旦那様は背もたれから身体を起こし、家名を思い出そうと天井の方を見られたが、それもそのはず。
「バーキントン様は貴族ではございません」
「そうか・・・」
「旦那様、坊ちゃまはクレア様とのご結婚を希望されておられます」
「は?まだ恋人にもなっていないのだろう?」
「ええ。しかし、坊ちゃまは本気でございます。ディーン伯爵家のご友人のロジャー様も応援されております。旦那様にもお付き合い予定の女性をこんなに早く紹介するのもその為かと」
「ああ。ディーン家の倅か。相変わらず、仲が良いのだな」
私はゆっくりと頷き、微笑みました。
「クレア様はディーン様の部下に当たります。平民ながら非常に優秀な成績を収め魔力事務所に秘書兼事務員として働かれております。人柄も良く、可愛らしい方でございました。御両親はすでに他界されておりますが、年の離れたお兄様は第三軍団で、一班長であられます」
「ふむ。身元はしっかりしてるのだな。第三の班長なら実力はあるな」
「はい、こちらが私が調べた物です。お兄様は副隊長候補に名前も挙がっています」
「ふむ。副隊長になれば有難いが。ディランはこの事は?」
「私が独自に調べた事はご存じではありません。が、ディラン様からは似た事を頼まれましたので、その範囲内かと。旦那様にはクレア様の事は必要に応じてお答えするようにと言われました」
「成程な」
資料をパラパラとめくり、ピタリと資料を止めた。
「ディランは本気なんだな?」
「はい」
「魔力事務所ならば魔力量は多いのか・・・。は?無し?ないのか?全く?」
「は。残念ながら。しかしながら、中途半端に魔力があるよりも魔力無しの方が坊ちゃまとの相性は良いと思われます」
「・・・むう。セバス、お前から見て、クレア嬢はどのような娘だ」
「そうでございますね。どこにでもいるような可愛らしいお嬢さんでございますが。ただ、坊ちゃまの目や髪を怖がる事はございませんでした。坊ちゃまに「俺の目は怖いか?」と聞かれた時に「ウサギのようではないけれど、怖くはない」と例えておりました。黒い髪の毛も綺麗だと」
「・・・そうか・・・」
旦那様は机の上に飾ってある、若き日の奥様と共に一緒に微笑む絵を見ると頷かれました。きっと私が伝えたい事は旦那様には十二分に伝わった事でしょう。
奥様は黒に近い緑の髪をしており、旦那様は黒に少し赤みがかった目をしておられます。真っ黒の髪の毛も真っ赤な目もこの国ではあまり好まれる色ではございません。
そして坊ちゃまは魔力を多く受け継いだせいなのか、奥様よりもうんと濃い黒い髪の毛に、旦那様よりもはっきりとした真っ赤な目を持って産まれてこられました。
まるで死神の様だと。悪魔の様だと。血の様だと。生まれ落ちた時から坊ちゃまを悪く言う言葉はございました。それは侯爵家を貶める為の恰好の標的でございました。
旦那様には直接そんな事を言うようなバカな人物や家はございませんが、ジワジワと影口や悪口、噂話と言う物は浸透していくものでございます。
澄み切った水に汚れたインクがたった一滴落ちただけでも、歪み、汚れ、くすんでいくものでございましょう。
また、奥様は坊ちゃまを出産してからお身体を壊してしまいました。多くの魔力を宿す子を産むと母体は弱ってしまうのは多くある事でございますが、旦那様を愛する奥様は子供をどうしてもご自分の手で産みたいと望まれました。
また旦那様も愛する奥様以外に妻を迎える事をよしとしませんでしたので、奥様ただ一人を妻としましたが、結果的に弱って行く奥様の側で強い後悔をお持ちの様でございました。
坊ちゃまが五歳の時に奥様は儚くなられました。旦那様は坊ちゃまの事を責めた事は一度もありませんが、坊ちゃまはとても聡明なお子様でしたので、自分の魔力が奥様の身体の負担になった事はすぐにお知りになられたようでした。
そして、ある日から部屋に籠り、坊ちゃまは魔術士として生きると宣言なさいました。奥様の命を奪った魔力を多くの人を救う為に使いたいと。
旦那様は愛する奥様が命を掛けて産んだ坊ちゃまが危険な魔術士になられるのを強く反対なさいましたが、結局は坊ちゃまの希望通りとなりました。
やはり、奥様の面影がある坊ちゃまから強く願われては旦那様は反対が出来なかったのでございましょう。
無口な坊ちゃまは眼つきも鋭くとても不器用な方ですが、「セバス。冷えて来たな。ほら、これを使え」とわざわざ特注で私のマフラーや腹巻を注文なさってくれたこともございました。私にいつも身体を気遣う言葉を掛けて下さり、坊ちゃまはとても優しく成長なさいました。
そしてそんな坊ちゃまが選ばれたクレア様はこの一年半の間、坊ちゃまの影となり見守らせて頂きましたが、陽だまりの様な方でございます。
旦那様はもう一度手紙を読むと、「ふー」っと息を吐かれた。
「そうか。あいつが選んだ相手は平民か」
「は」
「ディランは幸せになれるか?」
「は。坊ちゃまはクレア様のお話をされていると笑っておいでです」
「ディランが・・・。分かった。今から何通か手紙を書く。用意を」
「は」
私は頭を下げすぐに手紙の準備をすると、旦那様は手紙を書きだされました。
時間を見ながらお茶の準備を始めると旦那様から声が掛けられました。
「セバス」
「は」
「これを、王妃様に。これをディーン家に。こちらはボルドー家に。そして、これはディランに」
「は。早急に」
「そうだな。急いでくれ。それと、王妃様に贈り物の準備を。ディーン家には年代物のワインを。ボルドー家には・・・、そうだな、アリアナが好きだった花と焼き菓子、それと、義父様が好きな煙草と義母様がお好きなお茶を添えてくれ」
「は。旦那様、お茶が入りましたが」
「ああ。貰う。なんだか疲れたな」
旦那様の前に紅茶とブランデーを置くと、笑われましたが、とても力の抜けた笑顔でございました。
「セバス、すぐに仕事を終わらせてくれ。私も残りの仕事を片付ける。たまには一緒に飲もう。つまみはいい。ディランの話があるからな」
「は。すぐに。私も旦那様と坊ちゃまのお話が出来るのはとても嬉しい事でございます」
「ああ」
旦那様はそう言うと、ゆっくりと紅茶を飲み、仕事に取り掛かれました。
私も黙って礼をするとすぐに旦那様に言われた仕事に取り掛かる事に致しました。
ディラン様宛の手紙はすぐに出し、本日はこのまま侯爵家にとどまる事を添えました。王妃様の贈り物には流行の物も良いですが、王妃様は古い物も好まれます。出入りの商人に、急いで連絡を取り、明日の約束を取り付けました。
私はそのまま地下のワイン庫に下り、ディーン家の贈り物を選びました。十五年程前の当たり年のワインを幾つか選ぶとワイン庫を出て執事室に入り、ボルドー家に贈る物を書き出していきました。明日、商人に注文をしなければまいりません。
旦那様はクレア様をボルドー家に養子入りをさせるのでしょうか。もしくはディーン家に。ディーン家は今でこそ名前だけの貴族と言われますが、家柄は古く、由緒ある伯爵家でございます。
奥様の生家のボルドー家であれば家柄も申し分はありませんが、平民から伯爵家、きっとその間にもう一家挟むのでございましょう。もしくはお兄様が騎士爵を授かれば話はいささか話が変わるかもしれませんが。
私は首を横に振ると、書き物を終えました。
私が考えても仕様が無い事でございます。私は旦那様との晩酌の準備をすると旦那様の執務室へと戻りました
「セバス。やはり甘い物が少し食べたい」
旦那様は首元を寛げ、ソファーに移動して困った様に旦那様は笑われました。
「はい。旦那様、ナッツのはちみつ漬けをお持ちしました。それと、ハムとビスケットとナスの酢漬けも」
「ああ。いいな」
私はワイングラスを二つ取ると、ゆっくりとワインを注いだ。
トクトクと綺麗にワインに流れていく赤を見ながら旦那様が呟いた。
「アリアナがな。ディランが生まれた時に、可愛いうさちゃんと呼んだよ。私は上手そうなワイン色だと言って、笑われた」
「左様ですか」
「ああ。死神のようだ、血の様だと言われる事はあったがな、ウサギと比べるような令嬢はいなかった」
「・・・」
私はワイングラスを旦那様の前に置き、自分の分を注いだ。
「クレア嬢と言ったか」
「は」
「クレア嬢の目や髪の色は?」
「坊ちゃまはレモンと。レモンティーの様だと言われていました」
「ははは、そうか。黄色か。ディランはレモンと言ったのか。二人の子供だとどんな色の子が産まれるのだろうな。ディランは魔術士の仕事が忙しいだろうから、侯爵家の仕事は子供が大きくなるまでは私が頑張るとしようか」
「は。旦那様が壮健であられれば坊ちゃまも御歓びになります」
「女でも、男でもどちらでもいい。執務室の横に子供部屋をつくるか。賑やかに仕事をするのも悪くない」
「は」
「ディランにはすぐに家を探させてくれ。暫くは夫婦二人きりの生活がよかろう。クレア嬢は嫌でも貴族のしきたりに触れる事もあろうが、おいおいで良い。無理なく我が家になじんで欲しいが。いつでも連れてきて良いとディランに伝えてくれ。楽しみにしていると」
「かしこまりました」
旦那様はワインを飲まれると小さなグラスを一つ取り半分だけワインをご自分で注がれました。そして奥様の写真の前に置くと、優しく微笑まれました。
私って男運ないんですか?~駄目男ホイホイの主人公がやばそうな男にロックオンされるまでのお話~ サトウアラレ @satou-arare
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