幕間
第26話 兄の心配事 クレアの兄視点
***クレアの兄視点です。兄が王都にいる間の出来事です。
所長は普段、クレアの事は呼び捨て、ディランとオニールの事を呼びますがクレアの兄との対話なので、クレアの事はクレア嬢、ディランではなく、苗字のオニール呼びで会話をしています。
*******
久しぶりの王都での仕事が入った時はクレアに会えると喜んだ。両親も死に、俺の家族はクレアだけだ。年の離れた妹は可愛くて仕方がない。クレアからはいい加減に妹離れをして、と怒られるが、俺がクレアの兄である事は俺が死んでも変わらない。
クレアに会えると喜んだのだが、クレアの事で心配事が増えた。
まさか筆頭魔術士のディラン・オニールと付き合う事になったとは。
あいつは優しく穏やかな二つ三つ年上の男で、クレアに優しくする義両親がいて、クレアに意地悪な事をするような嫌な姉妹等いない男と結婚した方がいいんだ。
平民で借金もなく、酒癖も悪くなく、クレアだけを愛して大事にして休日は子供の世話で忙しいと困った様に嬉しそうに笑う男と結婚して欲しい。
結婚の挨拶で、「妹さんを下さい」なんて言いに来たら殴ってやる。クレアは物じゃないんだ。そんないい方しか出来ない奴はお断りだ。
まあ、どんなに良い男でも一度は断るが。
そうだな、「妹さんを大切にします」か。いや、ダメだな。大切にするのは当たり前だ。「妹さんと結婚させて下さい」、結局コレか。シンプルが一番なのか。
それなのに。
バカな男と別れたのはいい。早めに別れた事は良かったと思うべきだろう。しかし、すぐに新しい男がいるとは。しかも筆頭魔術士だと。
死神のディラン・オニールと付き合っていると。
しかもクレアの所長の紹介という。俺は元凶とでも言うべきクレアの所長を場合によっては殴り倒す覚悟で呼び出した。
クレアの所長は貴族。俺は軍団隊員。手を出せば懲罰物だが、もし、妹を愛人候補として売ったのなら、刺し違えても倒す。何があっても殴り倒す。
そう思いながら仕事終わりに所長を呼び出した飯屋に到着すると、クレアの所長は約束時間の十五分前だというのにもう来ていた。
「奥の席にどうぞ」と案内されて俺がテーブルの前に立つと、所長は俺の顔を見てすぐに立ち上がり謝ってきた。
「バーキントンさん、すまん!妹君のことだろう?心配はされると思う。しかし、頼むから話を聞いてくれないか!」
所長は立ち上がり、テーブルに頭を付ける勢いで頭を下げいきなり謝ってきた。
謝り出した時は、やはり、クレアを愛人候補として売ったのか、だから謝るのかと、すぐにでも殴り倒したくなったが、周りの目も気にせずとにかく謝るクレアの上司に俺は黙って頷くと席に着いた。
「ディーン所長。とりあえず、座ってくれ。話は聞く。しっかりと。対応はそれからだ。内容次第では、俺は軍団隊員の資格も何もかも返上してもいいと思っている。クレアは俺の命より大事な妹だ。それを分かった上で話してくれ」
俺は軍団隊員の証のバッジをテーブルの上に出し、手をあげて店員を呼んだ。
「レモン水を。飯は後で注文する。酒もまだいい」
店員が頷いたところで、所長の方に向き直った。
「ディーン所長、とにかく顔を上げてくれ。許す、許さないは話を聞いてからだ」
「バーキントンさん、すまん。感謝する」
ディーン所長は顔を上げて店員が飲み物をどうするか聞いてきたので「アルコール以外を」と返して、俺の方へ向き直った。
「で、筆頭魔術士のディラン・オニール様とクレアが付き合ってると聞いたのだが、どういう事だ?」
「バーキントンさん、その通りだ。俺が取り持った。オニールはクレア嬢に一年以上、片思いしていたんだ。でも、クレア嬢に恋人がいるのを知っていたから、見守るだけでいいと言っていたんだ」
店員が俺達の飲み物を持ってくると、静かに目の前に置き、黙って下がっていった。俺は一口のんで頷き話を促した。
「ある日、仕事場に行くとクレア嬢の恋人が来たんだ。クレア嬢は恋人と合わないように裏に隠れていたんだ。で、恋人が帰った後に、俺が「なんで隠れてんだ?」と聞いたら「別れた」と。で、詳しく話を聞くと、相手はクレア嬢を大切にしないばかりで、クレア嬢に自分の従妹の世話迄させていたと言われた。クレア嬢から次の恋に走り出したいというから、それなら、俺が紹介しようと思ったんだ」
俺は目を瞑り腕を組んで黙って話を聞いていた。
「クレア嬢は男をみる眼が無い。いや、悪口じゃない。どうも、変な男に好かれやすい。そして、クレア嬢は優しさに付け込まれると思うんだ。だから金も持っていて、地位もある、そしてクレア嬢を裏切らず、クレア嬢を大切にする男を紹介しても良いかと思ったんだ。俺は部下として、頑張り屋のクレア嬢を大切に思っている」
「ふむ」
「オニールの事だって、あいつは死神だのなんだの言われるが、あいつのおかげで皆の生活がある。あいつは勘違いされやすいんだ。友人だって多い方じゃないが、俺だってあいつに助けて貰ったのは一度じゃない。あいつは嫌がるだろうが、俺はあいつのことを親友だと思っている。あいつは本当は凄く優しい奴なんだ。自分の事を犠牲にしてでも愛する人を守ろうとする。オニールはクレア嬢の事を何よりも誰よりも大切にすると思う。そして俺はあいつにも幸せになって欲しいと思ったんだ。だから俺はクレア嬢を紹介したんだ。あんなにいい子はいないと思う」
「うむ」
「バーキントンさんが心配するのも分かる。俺にも娘がいる。娘がどんなにいい男を連れてきても、俺は心配で仕方がないと思う」
「ああ」
「だけど、どうか、オニールを認めてやって欲しい。頼む」
ディーン所長はそう言うともう一度頭を下げた。
そうか、死神と呼ばれた男にはその男の幸せを願って頭を下げる友人がいるのか。
俺は黙って頷くと、「ディーン所長」と話し掛けた。
「話は分かった。一つ確認したい。クレアも俺も平民だ。オニール様はオニール侯爵家を継ぐ方だ。間違いはないな?」
「ああ、そうだ」
「俺が一番心配なのは、クレアの未来だ。オニール様とお付き合いする、若い内はまだいい。だが、クレアは結婚を考える年だ。貴族のそれも次期侯爵家当主の方とのお付き合い等、クレアには荷が重いのではないかと。オニール様が遊びなら俺は許さん」
俺がそう言うと、ディーン所長は少しほっとした顔をした。
「ああ、その事か。オニールそのものではないんだな。俺もオニールに確認を取った事がある。一年以上前に。クレア嬢の事を聞かれた時に、遊び相手なら他で探せと。そうしたら、結婚相手として見ていると言っていた。お付き合いを申し込むのだから、伴侶として考えていると」
「なに!?、そうは言っても、俺達は平民だぞ?」
「ああ、口うるさい爺様方はそういうだろうが。オニール侯爵にも、もうクレア嬢の事は報告済みだと交際初日に聞いた。侯爵も喜んでいたと。王妃様にも報告済のようだ。王妃様はオニールの亡き母君の親友だったお方で、何かあればクレア嬢の後ろ盾になってくれると約束を頂いたらしい」
「・・・王妃様が?」
「ああ。オニールの事を息子のように思っていらっしゃる。王太子殿下もオニールの友人の一人だ。きっとクレア嬢が貴族社会で困らない様に、王家の方でも力添えをして頂けると思う」
俺は驚いた。
なんと。
クレアと付き合う為にそこまで動いていたのか。
今の王妃様は、ここ何代の王妃様の中でもとりわけ素晴らしい方だ。美しく、聡明で、国民に人気が高い。その方がクレアの後ろ盾になって頂けると。
王太子殿下も優しそうな人柄に知性が溢れている方だ。婚約者の隣国の姫君とも仲睦まじく、両国から人気がある。
俺はぐっと、拳を握った。
「・・・・ディーン所長。クレアはよく転ぶんだ」
「うん?ああ。つまずいたところは見た事がある」
「クレアは騙されやすく、金が無くても貸してしまったことがある」
「ああ。借金男と付き合ったと聞いた事がある」
「嘘をつかれても、約束の場所で相手に何かあったのかと心配で俺が迎えに行くまでじっと待っていた事もあるんだ」
「・・・・」
「クレアはおっちょこちょいで、甘い物が好きで、俺の大切な妹なんだ」
「・・・」
「どうか、クレアの事を宜しくお願いします。クレアが笑顔ですごせるように、どうか。俺は、ただ、本当にそれだけです」
俺は頭を下げた。
お兄ちゃん、と言って、俺に両手を伸ばして抱っこをせがんできたクレア。
俺が迎えに行くと、ほっとした顔をして、にっこりと微笑んで、腰に抱き着いてきた。
魔力事務員になった時は良い仕事場に就職できたと誇らしかった。
「バーキントンさん。俺からも。オニールを宜しくお願いします」
そう言って、ディーン所長が頭を下げ、俺は涙が落ち着くまで顔を上げる事は出来なかった。
いつまでも子供じゃないのは分かっている。
だけどな、だから俺は心配なんだ。
俺は顔を上げると、店員を呼び酒と飯を二人前注文をした。
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