落語脚本 物件ガチャ屋【KAC2024第二回:住宅の内見】
青月 巓(あおつき てん)
物件ガチャ屋
マクラ
ガチャで星五を当てるなんてそうそうできるもんじゃございませんが、まあそれが楽々とできてしまう人もいたりなんかして。我々からしてみるとほぞを噛むような思いで羨ましいと眺めるしかないものでございます。
ただまぁ、良いことをすればその分お天道様も見てくれているんでしょうね。先月スーパーに買い物に行ったら、明らかに計算が合わないんですよ。何かと思ったら、店員が四百円の弁当を二十円のもやしと同じ欄に入力してたんでございます。
スーパーからの帰り道でそれに気がついたもんで、これは……得すべきかなぁなんてことも考えたもんなんですが、そんなことをしてしまっては人間として廃る! なんて考えがよぎりましてね。払ってきましたよ。三百八十円を追加で。
まあそれをお天道様も見てくださってたんでしょうね。その時ちょうど私のプレイしているソーシャルゲームで水着復刻ガチャなんてものがやっておりまして。十連分の石もない、単発で少し引く程度の石しか残っていない時でございます。
その数回で、初めて二枚抜きなんてものを致しまして。見事に水着の宮本武蔵が二人もボックスにやってきたというわけでございます。
それもこれも、事前に良い行いをしたから、などと言ってしまえばみなさまは良い行いを日頃からしてくれるのでしょうか? そうしてくれることを祈るばかりでございます。
まあそんなソシャゲのガチャなんかであれば三百八十円のような小さな良い行いを積み重ねればどうとでもなるんでしょうけれど、そうもいかないガチャももちろんあるようで……。
本編
不動産屋(以下「不」):で、うちにお電話なさってくださったと。改めまして内藤 雄介様ですね。こちらにいらしたのは今住んでいるところの騒音被害が多く、新しい物件に引っ越したいから、ということで間違いないでしょうか?
内藤雄介(以下「内」):いやぁ、まあ……そうですね。大変でした。横は毎日赤子の鳴き声、上からはケンカの音で下からは毎日の苦情。オセロだったら自分も騒音を出してたくらいで
不:ははは、これは面白いご冗談を。で、当社のルールについては改めて説明する必要もございませんかもしれませんが、こちらとしても規則ですので一応ご説明させていただきますね。まず当店、物件ガチャ屋と掲げる通り、一回十万円でお引越し可能な物件をガチャとして排出しご紹介するシステムとなっております。改めて、一回十万円ですが、問題ございませんか?
ト書き(以下ト):ここで手拭いを取り出し、手帳をめくる動作を加える
内:確認済みです。今回は二十万円用意してきました。これであの騒音から逃げられるなら、それで構いません
不:それはそれは、ご準備が早い。では今回は二回分、ガチャをおこなわれる。そういう訳でございますね? あぁ、もちろん一回目でお目当ての物件に出会われるかもしれません。その時はその回数分のお代しかいただきませんので、ご安心なさってください。
内:わかりました
内:よし、このために三年間、死ぬ気で働いてきたんだ。ハズレの方が多いガチャだって聞いてたけど、これ以上にハズレの物件なんてないだろう。……まあ、昨日は心配で“内見で見るべき部分”なんて動画をYou Nubeで何本もみてしまったのだけど
不:では、当店の奥にどうぞ
ト:不動産屋立ち上がる。それに合わせて内藤も立ち上がる
内:ん、よっこいせと。不動産屋の奥なんか入ったことなかったけど、普通の事務所と同じ感じなんだな……これは、扉?
不:ええ、こちらの扉があなた様の暮らす物件を選んでくれるガチャの扉でございます。この先はどこにつながっているか、開けるまで私でもわかりません。ですが、事前に教えていただいた内藤様の情報をもとに、物件を紹介するガチャの扉でございます。私が扉を開けさせていただくと、今はこのように
ト:扉を開けるマイム
不:ただの壁になっているのですが、内藤様からお支払いが完了いたしますとこちらがランダムに選ばれた物件に変化いたします。内藤様にはそこで改めて内見をしていただき、気に入ればご契約を、キープ、あるいは不契約ということであれば次の物件ガチャを行うといった流れになっております
内:なるほど
不:また、そのほかにも各種注意事項がございますが……物件ガチャを行われる目的で弊社に来られたのであればもう目を通しておられますよね?
内:一応、ここに来るまでに色々と調べさせてもらいました
不:そうでしたか。ではこれ以上はお時間の無駄になるかもしれませんので省かせていただきます
内:じゃ、じゃあ早速一回目から
不:はい、十万円受け取らせていただきました。では扉を開かせていただきますね
語り手(以下語):ガチャ
不:あ、この扉、扉を開ける音とガチャがかかってるんですよ
内:そういうのって説明しない方がいいんじゃないですかね……
不:はは、そうでございますかね? と、見えてまいりました。こちらが一件目でございます
内:うわぁ、本当に全く別の部屋に繋がってるんですね。……って、クローゼットに繋がってるんだこれ。違和感あるなぁ人の住んでない部屋にクローゼットから入るの
不:申し訳ございません。入り口と繋いでしまうと、稀に物件に来る弊社の社員などとバッティングしてしまう事故が起こってしまいますので、それを防ぐためにこのような場所からの入室になってしまいます
内:そうなんですね。ひゅう、マンションの高階層で、それに窓の外にはスカイツリーも見えるや。すげぇ。ワンルームだけど部屋も広いし、ここ大当たりじゃないですか! 俺の収入でも住めるこんな良い物件があるなんて思わなかったなぁ。女友達にも自慢できるや
不:お気に召されたのであれば私としても嬉しい限りでございます。では、ここに決定……の前に、内見だけはしておきましょう。即決で決められて後から不備が発覚すれば、私どもも内藤様にどのように顔向けすれば良いかわかりませんので
内:わかりました。わざわざありがとうございます
内:(って言っても、こんな高いところにある部屋でそんな変なことなんてないと思うけどな。フローリングの床も軋んでいる様子はないし、壁紙も綺麗。備え付けのエアコンも結構新しいし、後で水回りとかだけ軽く見れば良いかなって思ってたんだけど)
不:えーと、少々お待ちくださいね
ト:懐から手拭いを取り出す。タブレットを操作する動きを見せる
内:なんですか? それ
不:ええ? ああ、これでしたらタブレットでございますが……
内:そうじゃなくて、何をみてるんですかってことですよ
不:ああ、なるほど。失礼いたしました。こちらはこのお部屋の情報でございます。弊社がまとめている専門的なものでございまして、えーと、なになに? レア度はノーマル。風呂トイレ別、こちらがバスルームで、あちらがお手洗いとキッチンでございますね。こちらが間取り図になっております
内:へぇ、これでノーマルなんですね。てことは、基本これ以上ってことなんですねぇ。すげぇなぁ。俺の収入がもっとあって、尚且つ最高レアとか引き当てたらどんなところに住めるんだろ
不:ははは、過去にSSRの大当たりを出した方の話では、その土地の運気に吸い寄せられるようにそれから先のことがなんでも成功するようになっただとか、美人なお嫁さんと一緒に幸せに暮らしただとか、さまざまなご報告を耳にさせていただいております。それに、内藤様の最初に持ってきていただいた資料を見させていただいたのですが、若い方なのに収入も普通の方の二倍ほどでしっかりしておられるじゃないですか
内:それもただがむしゃらに頑張っただけですよ。……リビングには特に変わった様子はなし、と。床材もちゃんと木のフローリングだし、変なところもないよな……。
ト:部屋を確認するマイムを行う。次のセリフで不動産屋に切り替わったタイミングの直前に手ぬぐいをタブレットのように持つマイムに切り替える
不:この部屋、角部屋ですが、家賃は……内藤様の今住まれているお宅と同じお家賃でございます
内:え!? ってことはここって月に七万六千円で住めるんですか!?
不:ええ、そうでございますね。その他何か気になるところなどがございましたらなんでもお聞きになっていただいて構いません。とはいえ、あまり専門的な話は私も答えかねる部分がございますので、この場で答えられる質問以外はここから戻った後にしていただけると助かります。
ト:ここで唐突に四、五回ほどドンドンドンドン! と強く床を叩く
内:うわ! びっくりした……。あ、あはは……隣の人ですかね? そりゃそうか。突然こんな話し声がしてきたら誰でも怒っちゃいますよね
不:いえ、内藤様。こちら先ほどもご紹介させていただいた通り、角部屋でございます。先ほど音がした向こう側には部屋などございませんよ
内:え……
不:……わかりませんでしたか? 角部屋でこんな高いところの部屋が、さらに言えば良すぎる設備もあるこんな部屋がなぜ安いのか。それに、今の音は壁の向こうからと言うよりも、壁のこちらを叩くような音に聞こえた気が致しますが……
内:あの……すみません
不:はいなんでございましょう
内:この部屋ってなんていうんでしょ、事故物件……みたいなのとかは……
不:ございますね。こちら心理的瑕疵物件でございます。と言うよりも、この安さですしそれをご承知で内見を行われていたとばかり
内:そ、その心理的瑕疵物件っていうのは……?
不:おや? ご存知ありませんでしたか? 内藤様のおっしゃられた通り、こちらは事故物件というものでございますね。えーと、情報によれば……ここに過去住んだ方は、一人も漏れることなくどの方も少々お疲れになられて自殺、あるいは引っ越しをなされるそうです。引越し先は病院やご実家が多いようです。一番最初がどのような事件だったかまでは私どもも追いきれず、まあそこは告知義務もない範疇のものですのでね
内:そ、そんなに淡々と読み上げないでくださいよ。ってことはさっきの音も……
不:ははは! おおかた、ネズミが走っただけではないでしょうか? 建物ですから、突然の物音に驚いた野生動物が時折動き出すこともございますでしょう
ト:ここでもう一度床を何度も叩く
内:いやいやいや! 絶対これ抗議の音ですよ! 中止! ここやめます! 次! 次のガチャ!
不:そうでございますか……残念ですが、次のガチャに参りましょうか
ト:手拭いを懐にしまい、扉を開ける動作と共に「ガチャ」と声に出す
内:はぁ、災難な目にあった。本当に幽霊がいる物件も紹介されるんですね
不:そうでございますね。私も全部の排出される物件を把握しているわけではございませんので少々驚いております。ではどうされますか? お帰りになられますか? それとももう一度ガチャ、なされますか?
内:もちろんやりますよ。そのためにここにきてるわけですし。何よりお化けと一緒に住むなんて絶対に無理ですから。じゃあ改めて二回目、よろしくお願いします
内:(お願いだから、もっとすみやすい物件きてくれ……! これが最後のチャンス……!)
不:承知いたしました。今度こそ、気に入られる物件が出現することを心から願っております
ト:扉を開ける動作と共に「ガチャ」と声に出す
内:(後ろを振り返りながら)今度はふすまか……。それにしてもここは……どこかのアパート? 床は畳だけど、結構綺麗だなぁ
不:我々の会社は管理している物件であればどのようなものであれ常に最高の状態を維持させております。自社の清掃部門が定期的な清掃も行っているのですよ。それではここに決定……の前にまずは内見を行いましょうか。今度もまた先ほどのよに内藤様のご希望に添えないような内容になるかもしれませんので
内:そうですね。ま、まずはじゃあタブレットに書かれている内容を大体俺がわかる範囲でいいんで必要な部分だけ抜き出して教えていただいても良いですか?
ト:手拭いを再び取り出し、大きめに開いてタブレット端末を操作するように
不:承知いたしました。こちらの物件は内藤様が今お住まいになられている物件から徒歩で五分の場所にあるアパートでございます。ユニットバスタイプですが、先ほどのような心理的瑕疵物件ではございません。他の部屋にも入居者はおられないと言うことですので、ここに決定した場合は多少であれば今の騒音問題から解消されるかもしれませんね。ちなみにレア度はレアでございます
内:うお、ユニットバスはちょっとアレだけど、全然いいな……。それに、窓から見える景色も悪くない。隣人トラブルもなし、と。ちなみになんですけど、レアってどれくらいの……
不:ノーマルの一つ上でございます
内:二回目でそんな物件が……。俺の運も捨てたもんじゃないかも
不:申し訳ございません内藤様、ぬか喜びさせてしまったようですが、レアとノーマルの排出パーセントは同じ確率になっています
内:は、はは。そうですか。ま、まあ、レア度が高いのはそれだけでありがたいことですしね
ト:ここで内藤が部屋を見る素振りを見せる
内:エアコンは……ちょっと古いですね
不:そうでございますねぇ。一応こちらの方で交換対応もさせていただくことも可能でございます。が、ある程度のご費用はかかってしまいますので、その点だけはご了承いただけると幸いです
内:なるほど。っと、なんだこれ
ト:床を指先で撫でる動作と共に、何かに気がつく様子を見せる。その後、指先を引っ掛けるようにマイム
内:ここ、床下収納とかがあるんですか?
不:いえ……そういった報告はございませんね。間取り図もこのようなものでございまして
内:本当だ。ここは単なる床ってことですよね?
不:ええ、床下収納などがございましたらもちろんですがこちらに記述されておりますので……
内:じゃあなんなんだろこれ……
不:おかしいですね。清掃の方からも修理の業者を呼べといった報告も上がっておりませんし……
ト:ここで床下を持ち上げる動き
内:うお! すみません! 床板が……剥がれたわけじゃない? なんですか? これ。トランクケース……?
不:そうですね。少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか? こちらの想定外のトラブルですので、一度本部の方に連絡させていただきますの
ト:手拭いを折りたたんでスマホに切り替え、電話をする
不:あ、もしもし専務ですか?
内:それにしてもこれ、中身はなんなんだ
ト:トランクケースのロックを外し、中を見る
内:なんだこれ。粉? ビニールに詰められてるけど……小麦粉?
不:ええ、そうなんです。はい。わかりました
内:どうなるんですか?
不:申し訳ございません内藤様。私から説明させていただきたいのですが、本部の方でも何が起こっているのか計りかねているようでして。ただわかることといたしましては、報告書の方に不備があったようでございます。こちらの不手際でのトラブルという形になりますので一度代金を一度お返しさせていただきまして、その上で再度本社の方からこちらの物件を今一度点検させていただきます。その上で、もし内藤様がこちらの物件を契約なさるご意向でしたら、キープしつつ次のガチャを行うかこちらの清掃を待っていただき、優先的にご紹介させていただくという形になってしまうかもしれないのですが、どうでしょうか?
内:いや、それは構わないんですけど……これ、警察に通報した方がいいんじゃないですか?
ト:下を指差す。不動産屋の視線を下に動かす
不:こちらは?
内:床下から出てきたんですけどこれって麻薬じゃないですかね?
不:……少々お待ちください
ト:手拭いをスマホに見立ててもう一度取り出そうとする。ただし電話をかける動作を行う前に次のセリフに移行
男:だー、疲れた。……? おう、にーちゃんら何もんや
内:あ、え? 不動産屋さん、ここは空き部屋なんですよね?
不:ええ、そのはずですが………。申し訳ございません。私、ウキウキソーシャル不動産の谷田部と申します。その、どちら様でしょうか……?
男:あぁ? なんや、なんでオドレに自己紹介せなならんねん。それに、隠しとるモンバレたんやから、生かして帰す訳ないやろ
内:これやっぱり麻薬なんだ
男:どっちからがええか? お前らのとこの業者に頼んでな、そこの窓ごっつかたぁしとんのや。逃げ場はないで
ト:ここから小声で
不:内藤様、逃げますよ
内:で、でも逃げ場なんて……あ
不:ええ、ふすまの方に飛び込んでください。私も逃げるつもりではいますが、このような物件をご紹介してしまった弊社の責任もありますので、内藤様がお先にお逃げください
内:わかりました
男:あ、どっから逃げるつもりや! おい! 待て! お前アホやなぁ、そっちはふすま……あ? さっきここに入ってったよな? なんでここにおらんのや?
不:さあ、ちょっと存じ上げません……ね!
ト:手ぬぐいをタブレットに見立てて殴るマイム
男:いってぇ! お、オドレ突然何晒しとんじゃ! ぼてくりこかすど! ……あ? あのボケナス、どこに隠れよった? ふすまん中……に入ったわけではないか
ト:部屋の中を軽く見回す素振り
男:あっかん……意味がわからん……。何が起こったんや……。ワシもヤク吸うて幻覚でも見とんかな。こんな密閉された空間にヤク保管してたらそうもなるか……オヤジに言うて変えてもらお
ト:額を手で押さえるマイムをし、場面を切り替える
語:ガチャ
内:な、なんだったんですか今の!?
不:いや、私にもよくわからないもので……。で、どうでしたか内藤様。こちらのお部屋、清掃や手続きで少々お時間いただきますが、お取り置きにして契約いたしますか?
内:どこまでの清掃になるんでしょうか……
不:そうですね。あの男はもう逃げてしまっているでしょうし、それを追うのは私どもの仕事ではありませんので、明日にでも清掃業者を入れれば明後日のうちにでもご契約可能状態に持っていけるかと
内:それってつまりあの男が帰ってくる可能性もあるってことですよね。それなら絶対嫌です! あの、変な物件しか取り扱ってないんですか? ここ
不:そのようなことはございませんよ。それで、最後の一回ですが、どうなされますか?
内:……今度こそ普通の物件が出てくるんでしょうね?
不:ええ、先程の二件こそ少々トラブルがありましたが、私どもの管理している物件に失敗はございませんので
内:……本当に、ですね。信じますからね!
不:ええ! もちろんですとも
内:じゃあ最後の一回、お願いします
不:ありがとうございます。では失礼しまして
語:ガチャ
ト:扉を開けるマイムと同時に、人の驚いた声を上げる
女:ど、どちら様ですか……?
不:お、おや? そちらこそどなたでしょうか?
女:どなた……と聞かれましても、ここに住んでる者ですけど
内:あの、不動産屋さん、これはどういう?
不:お、おかしいですね。少々お待ちくださいね
ト:これまで以上に焦りながら乱雑に手拭いをタブレットに見立ててスワイプするマイム
不:いえ、本当にここは空き家のはずでございます。大家の登録も男性でございますし……それにここはSSRの物件でございますから、弊社としましても全力でご入居者様が来られるように管理しているはずなのですが……
内:SSRなんですか!? じゃあ何か備考とかで書いて……なかったりしないですよね。
不:少々お待ちを
ト:タブレットを操作するマイム
女:あの、本当にどちら様なんでしょうか? 突然クローゼットから出てきたと思ったら意味のわからないことをぶつぶつ呟いて。そこのクローゼット、男性二人が入れるほど大きくないはずなんですけど
不:申し訳ございません。私、ここの不動産を管理させていただいているウキウキソーシャル不動産の谷田部と申します
ト:名刺を差し出すマイム
女:あ、ありがとうございます。ウキウキソーシャル不動産……聞いたことない会社ですね。それに、ここは私がずっと住んでるところですよ?
不:そうでしたか。申し訳ございません。内藤様、一度戻りましょう
内:え、でも内見もありますし、何よりここはSSRの物件で
不:一度、戻りましょう
内:は、はあ……
語:ガチャ
内:で、色々と説明していただきたいんですけど……さっきの物件も不動産屋さんのミスか何かですか?
不:いえ、内藤様、おめでとうございます! あそこはSSR物件でございます。そのため内見の前に注意事項を述べさせていただく義務が私どもに生じることになりまして
内:義務、ですか
不:ええ、あれは弊社のウリともなる物件です。その名も嫁付き物件! 内藤様がご契約なされた暁には、あの女性が同居人兼配偶者となる物件でございます! まだ契約がお済みになられていないので先ほどはこのような形になってしまいましたが、今本部の方に連絡をさせていただきましたのでもう一度扉を開けていただければ向こうにおられる女性の方も内藤様のことを「いまだ結婚はしていないものの、それも秒読みである彼女」として存在していることでしょう
内:そう、ですか……
不:ええ! 弊社の最高の技術を駆使して作り上げたSSRの物件でございます。題して「嫁付き物件」これほどまでに最高の物件はございません!
内:うわぁすごいテンションだ……。すごいテンションで人権フル無視のこと言ってる。まあでもなんとかなってるのかな。ただ、すみません。契約はなしということでお願いします。二百万はもったいないですけど、どこも俺の住みたい物件じゃなかったので
不:おや、もしやすでに結婚を決められた女性がおられるのですか?
内:いや、そういうわけじゃないんですけど
不:それなら部屋の内見だけでもして行かれませんか? 二十万おかけになって、何も得られなかったとなればこちらとしても如何ともし難い結果になってしまいますので……
内:いや、やめておきます
不:内藤様、せっかくのSSR物件でございます。それをみすみす逃してしまっても構わないと、そうおっしゃられ……
ト:ポケットを探るマイムから、タブレットに使っていた手拭いを半分におりスマホの大きさにした上で電話に出る
不:少々お待ちください。はい、もしもし? はい、ええ。えっ!?
内:なんだなんだ。面白そうだからってこういう形にしちゃったけど、やっぱり普通に物件探した方が良かったかな。二十万もなくなっちゃったし
不:はい、はい。そう伝えさせていただきます。はい、内見の話をしておりましたのですが、その前に契約は行わないという形でして……。はい、その場合は、はい。承知いたしました
ト:手ぬぐいを懐にしまう
不:内藤様、先程の物件の内見なのですが、先だって契約をなされた方がおられるようで内藤様の契約が難しくなってしまいました。それでなのですが、上と掛け合ってみたところ弊社の準備させていただけるSSR物件、こちらでは嫁付き物件と呼ばせていただいている中から一つ、お好きな物件を見ていただけるようにということになりました。今からカタログを持ってきますので、その中から選んでいただいて……
内:あの、多分どれも興味ないんで、契約はしない方向でお願いします
不:おや、良いんですか? 失礼ですけど、今付き合っておられる女性の方は……
内:いないです
不:ではご結婚なされているわけでも
内:ないです
不:好いておられる女性がいるわけでは……?
内:そういうわけでもないです
不:ならなぜ……?
内:言いませんでしたっけ? 今は彼氏と住んでいるんです。それで、次の引越し先を探してる最中なんですよ
ト:ここで持っていた手ぬぐいを落とす
不:そ、そうでございましたか! それは失礼いたしました! 私の配慮が足りず、そのようなことを言わせてしまい申し訳ございません
内:いえいえ、自分も説明しそびれていた部分があったのは事実ですから。そんなに頭を下げないでください。いや、ちょ、ちょっと! 土下座で頭が床にめり込んでますから! すごいなぁ!
不:ふぅ、そう言っていただけるとこちらとしてもありがたい限りでございます
内:さっきの応接室ならまだしも、こんな事務所の中みたいな狭いところでよくできましたね。あぁあぁ他の社員の人に見られてる。嫌だなぁ……
不:それでは今回は契約不成立、ということでよろしいでしょうか
内:残念ですけど、そういうことにさせてください。二十万は惜しいですけどね
不:あ、それに関してなのですが、ご返金の方を今回だけはさせていただくということで、はい
内:良いんですか!?
不:ええ、こちらもリサーチ不足で至らない部分があったことは事実でございますので、このようなことになってしまった以上ご返金させていただく方向でと
内:あ、ありがとうございます。じゃあ返金の方向で構いませんか
不:承知いたしました
ト:ここで金を渡す動作と受け取る動作を挟む
内:うわぁ、本当に返ってきた
不:この度は誠に申し訳ございませんでした
内:いえいえ、こちらこそ面白いものを見させてもらったと思っておきます。なんならこのまま普通に物件をここで探させてもらおうかな
不:それでしたら内藤様、良いものがございますよ! 弊社はお二人暮らし様用の物件ガチャもやっておりまして、そちらも一回十万円!
内:それはもう結構です!
終わり
落語脚本 物件ガチャ屋【KAC2024第二回:住宅の内見】 青月 巓(あおつき てん) @aotuki-ten
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