第5話 キャサリンとラベンダー

 結局、サミュエルが8歳になったとき、マルセリノの故郷、スペインに出かけた娘の家族は、帰りに列車事故に遭い、キャサリンを残して亡くなってしまった。

 あまり言いたくはないが、ヘレンは夫がこれを体験していなくてよかったかもしれないと感じていた。彼ならばこの喪失と悲しみを乗り越えることはできなかっただろう。


 キャサリンは部屋の床を、さきほどからテトテトと歩いている。彼女は真っ黒な髪に母と同じ目をしていたサミュエルとは違い、顔は母親似だったが目と髪の色は父親とそっくりだった。

 ヘレンがキャサリンを抱き上げると、彼女は嬉しそうに笑った。


「ここにするわ」


 ヘレンは大家に告げる。ここはキャサリンが幸せになるには、ぴったりな場所であろう。そしてその幸福を、自分やジョン、エリザベスと同じように、ラベンダーとともに感じてほしいのだ。





 2023年、ニューヨーク。


 キャサリンとリーナ、アリシアは3人ともに連れ立って、また墓地に来ていた。

 イギリスで毎週行っていたからか、父母と兄の墓がなくともキャサリンはここにきてしまう。そして、木の下に花を供えていくのだ。


「そういえば、キャサリンってラベンダーを持っていくことが多いわよね。なにか理由でもあるの?」


 花の種類が限定されていることに気がついたリーナが尋ねる。


「そうね」


 キャサリンは微笑みを浮かべた。


「ラベンダーはお父さん、お母さんとおばあちゃんにとって大切な花なの。だからイベントがあるときは、いつもラベンダーの花束を買ってきていたんだ。私が住んでいたところにもラベンダーが植えてあったし、身近な存在だったな。それだからか匂いを嗅ぐと、なんだか幸せな気分になるのよ」


「まあ、素敵な話ね!」


「ありがとう」


 アリシアが目を輝かせると、キャサリンは少し照れながらもお礼を言う。


 置かれたラベンダーの花の香りは、ゆっくりと少女の周りを踊った。

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プルーストの幻 ~Fairies 短編~ 西澤杏奈 @MR26

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