第4話 孫とラベンダー

 2002年の2月はウィルソン家にとって記念すべき年となった。エリザベスに息子が生まれたのだ。


 その年の4月、エリザベスとその夫、マルセリノがヘレンたちの家の戸を叩いた。玄関を開けると、長い黒髪に海のような青い丸い目をした美しい女性が立っていた。腕には赤ん坊を抱いている。


「パパ、ママ! こんにちは!」


 エリザベスはゆっくりと玄関で靴を脱ぎ、家の中に入った。マルセリノもその後に続く。


「おお、ベス!!」


 ジョンは愛しい娘を見ると、嬉しそうに顔をほころばせ、それから赤ん坊のほうへ向く。


「そしてかわいい、かわいいサムくん。元気でちゅかー?」


「まだ寝てるわよ、ジョン」


 ヘレンはさっそくデレデレになった夫に苦笑しながらも言う。


「こんにちは、ウィルソンさん」


 マルセリノは元気よくあいさつした。

 名前から察せる通り、彼はイギリス人ではない。マルセリノ・メルカドは、黒茶色の髪に、空色の目をした人物で、生まれはスペインだ。イギリスに来たのは、彼が幼い頃。ウィルソン家の近くに、父親とともに引っ越してきた。そこで、彼とエリザベスは親しくなった。つまり二人は実質幼馴染なのだ。


 小さなサムをマルセリノが布団に寝かせている間、ジョンは4人分の紅茶を作った。カップに入れ終わったとき、ちょうど彼も戻ってくる。家族は他愛もない話をしたが、ふとジョンが真面目な話題を出した。


「先日……、国連が出した対能力者安全対策法をイギリスが批准するとニュースでやっていたな。マルセリノは……大丈夫か?」


「今のところは……」


 マルセリノは低い小さな声で返事をした。


「一応、私が能力者であるという証拠はいろいろ確認しましたが、なかったので……、普段能力を隠していたことが幸いしました……」


「そうか……」


 ジョンは頷くも、表情はまだ不安そうだ。


 マルセリノは善良な人物であったが、問題が一つあった。

 彼は自然を操れる能力をもっていたのである。そういう人たちは昔から一定数いて、能力者と呼ばれていた。かつては農業や産業、もしくは軍事に積極に使われていた彼らの力だったが、1990年代以降、彼らは野蛮で危険だという考えが広まり始め、とうとう国際連合は能力者を見かけたら合法的に殺せるという法律を公布した。

 つまり、マルセリノが万が一、能力が仕えることが気づかれてしまったら、即射殺されるということだ。


「なんでこうなってしまったのかしら……」


 ヘレンはため息をついた。


「確かに能力者には荒くれ者が多いイメージがあったけれども、殺すのはやりすぎでしょう。能力者は尊敬されていたし、差別用語のPest害虫で呼ぶとこぴっどく叱られていたのよ」


「私もそう思いますが……法律に逆らうことはできないので……。万が一、なにかあったら、エリザベスとサミュエルを逃す覚悟はできています」


 マルセリノは悲しそうな笑みを見せた。


「そんなこと絶対にさせないわ」


 彼の妻は強い口調で言った。


「軍だか警察だか知らないけれど、ぶっとばしてやるわよ」


「ベス……」


 ジョンとヘレンは拳を振り回す娘を、困ったように眉をさげて見つめた。


「あ、そういえば」


 そこでマルセリノが自分が持ってきた荷物の中から、花束を取り出す。


「あら、マルセル……」


「どうぞ! ラベンダーはウィルソンさんにとって特別な花だと聞いたので。とてもいい香りしますよね」


 娘婿が渡したのは紫色のラベンダーの花束。いい匂いにヘレンは癒されながら、花瓶に挿した。


「ありがとうね」


 ヘレンとジョンがにこりと微笑むと、マルセリノも同じ表情で返した。

 そこで泣き声が聞こえてきた。


「あらあらあら、サムが起きたわ」


 エリザベスは愛しい自分の子供を抱き上げ、あやした。

 エリザベスとマルセリノの息子、サミュエル・メルカド・ウィルソンは顔こそ父親に似ているが、目はエリザベスと同じ海のように濃い青い目をしていた。


 娘夫婦にかわいい孫。世の中の不穏の空気を感じながらも、幸せはあり、そこにラベンダーもあった。






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