義指

高黄森哉

義指


 空を見上げると、巨大な月があった。空の三分の一を覆う、この星の巨大な衛星。地表からでも、クレーターと、その中に栄える移住地が見える。そして月の表面の土地を使った広告宣伝が、煌びやかに主張している。昔は、景観を損ねるといって大問題になったらしいが、月が発展するにつれて、その声は消えていった。


 息を吐くと、白い靄になった。今日は寒い日だ。寒い日の夜は空気が澄んでいて、星々がはっきりとしている。なぜ、そう感じるのかはわからない。わかるのは、確かに、空気が透明だということだ。


 さて、今日は、義指を取りに行かなければならない。私の指は生まれつき、一本、少ない。そして、指が少ないと宇宙飛行士の検査で落とされるのである。なぜかというと宇宙船は、全ての指で操作するものだからである。一人であのような複雑な乗り物を動かそうとすると、どうしても、ピアノのような芸当を要求される。


「すいません」


 私は、指屋の暖簾を上げた。中では、店主が動物の角から指を作っていた。机には指が沢山ならんでいて、まるで指を栽培しているかのようである。


「出来てるよ。君の指は、とくになんら変哲もない指だったからね」


 彼は云った。私の指は一本欠損していることを除けば、普通の形をしている。もしこれが、くの字に折れ曲がっていたりしたなら、帳尻を合わせるために、くの字の指を作成しなければならない。


「ありがとうございます」

「それで、初飛行では、星系を出るのかい」


 店主は、作業をする右手から目をこちらに移し、丸メガネをくいっと押し上げた。


「はい、でます。ですが、まだ初めなので、隣の銀河までしか行きません」

「そうかい。ならば、簡単だね。この指がなくても、いけたかもしれない。まあ、あることにこしたことはないさ。だって、不便だろう」

「はい」


 例えば、ドートリオンなどの道具を使うことが出来ない。右狭角を動かしたいとき、一番、右の指を折りたたむから。


「ですが、案外、なんとかなります」

「そうかい」


 彼は、彫刻刀を持ち直し、そして、また掘り始めた。


「この宇宙には、指が六本しかない生き物もいるらしいね」


 それは初耳だった。そもそも、今まで、宇宙人は皆同じ形をしているものとばかり思い込んでいた。


「そうなんですか。私よりも一本すくない」

「そして、僕よりも、二本すくない。だけど、彼らはなんとかやっているそうだ。その星に立ち寄れば、義指よりももっと効率的な方法を知っているかもしれない。確か、ドウライの五十一番だったかな」


 ドウライならば、初飛行でも、問題はないだろう。さほど、危険な地帯でもない。


「時間があったら、立ち寄ってみます」

「しかし、彼らはどうやって、ドートリオンを操作するんだろうなあ。その星にはもしかしたら、ドートリオンはないのかもしれない。それか、別の方法か、それとも、分業的に動かしているのかもしれない」


 しかし、そんな原始的な、かつ必要不可欠な道具なしで、文明は発芽するものだろうか。それは車輪くらい、知的生命の進化と不可分な発明なのに。


「この宇宙には、我々よりも、指が多い宇宙人はいるんですかね」

「いるだろうなあ。そういう星を訪れる日に備えて、もう一本、指を作っておくかい」


 店主は、わははは、と笑った。

 私は店から外に出た。新しい義指を付けて手のひらを星空へ突き出してみる。まだ指は脳みそに馴染んでなく変な感覚だ。この指がなじむころには、私は別の星にいるだろう。その星では、そもそも指すらないかもしれない。まるで、我々がターコムを退化させたように、指を退化させているかもしれない。

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義指 高黄森哉 @kamikawa2001

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