その顔が見たかった!
タカナシ トーヤ
その顔が見たかった!
—幸太は今日も絵を描いていた—
もう、陽奈の表情はひととおり描き終えた。
尽くしたがりの陽奈は、俺が描きたいっていったら、いつでも好きなだけ、好きなように描かせてくれるから、最高のモデルだ。
人物画を思う存分描けるようになった俺は、最近、動物を描くようになった。
陽奈がよくやっているゲーム「牧場物語」に影響され、牛や、にわとりなんかが可愛く思えてきて、写真集を見ながらよく書いている。
「陽奈、明日、朝からまきばの郷にドライブいこう?陽奈が自然の中にいる絵を描きたいし。あそこなら、動物もいっぱい描けるしさ。」
「いいよ。私もコータと一緒に描く!」
座っている俺の背中に抱きついてぴったりとくっついていた陽奈は、ぴょんと身を乗り出して俺に顔を近づけた。
可愛い陽奈に、俺は軽くキスをした。
「にひひ〜♪」
陽奈が嬉しそうに笑う。
「コータの描く絵って、なんかほんと、優しくって、ほのぼのしてて、癒される。」
陽奈は俺の描いたのどかな牧場の絵を見ながら微笑んだ。
「ありがと、陽奈。でもなんかさ、最近スランプっていうか、なんかこう、もっと迫力のあるものも書いてみたくなってて。でも、どうもイメージがわかなくてさぁ。」
俺は4本目のハイボールをぐいっと飲み干した。
なんとなくわかっている。
ほのぼのしたものしか書けないのは、今俺が、幸せだからだ。
でも、優しいだけじゃなくて、強さが欲しい。
暖かいだけじゃなくて、「熱い」が欲しい。
自分にないものを、俺は求めている。
それを、陽奈にも見せてあげたいし、与えてあげたいから。
「コータぁ〜♡だいしゅき〜♡」
今日の陽奈は、酔っているのか、いつもよりもさらに甘々モードだ。イチャイチャしてくる陽奈に応じようと絵を描く手を止めた。
その時、電話が鳴った。
—サヤカ—
まずい。会社の行きつけのスナックのねーちゃんだ。今日は客がいないんだろうか。
別になにもやましいことはしてないけど、鳴ったままにしておくわけにもいかないし、ここで出るのも微妙だ。
俺はスマホを持って慌ててドアをあけ、外に出た。すぐ終わらせようととりあえず電話に出る。
「え?あぁ。家だけどちょっと、とりこみ中‥‥」
ちらりと後ろを振り返ると、部屋の中にとりのこされてぽかんとしていた陽奈の顔が、みるみる怒りの表情に変わっていく。
「コータ〜?
えー、何〜?
サヤカってだれ〜??
いいとこだったのに、邪魔しないでくれるかな〜???」
陽奈は上着をはおりながら、わざとらしく大声を出し、俺を睨みつけ、見たこともないような恐い顔をしてこっちへ向かってくる。
床に落ちた焼酎のボトルが陽奈の足にぶつかり、コロコロと廊下を転がっていく。
前の家から持ち越したままの積み重なった段ボールが、陽奈にぶつかって勢いよく崩れた。中に入っていた細々したガラクタが、床一面にちらかった。
ひなはそんなものはものともせず、恐い顔をしてこちらへ真っ直ぐ向かってくる。
「ひな!!!」
俺は目を輝かせた。
「は?」
嬉しそうな俺を見て、陽奈は明らかに不愉快そうな顔をしている。
「その顔!!その顔いい!俺まだひなのその顔見たことなかった!描かせて!!!」
「はぁ?!ふざけてんの?私、怒ってるんですけど」
陽奈は呆れた顔で俺を見た。
「俺が描きたかったのは、怒りと迫力だ!ひな、頼むからその顔のままでいて!まだ俺、キレてる陽奈描いたことない!!」
「‥」
「ひな、さっきの顔!もっと怒って!」
「‥怒る気失せるんですけど‥」
「俺は今、激しい怒りの光景を描いてみたいんだ!頼むから協力してくれ!」
「‥やだし。」
「【牧場でまどろむ牛の群れ】じゃない!!今俺が描きたかったは、【全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ】だったんだ!!ひな、俺に怒りのエネルギーを見せてくれ!」
「‥コータ、なんか痛いアニメキャラみたいになってるけど、どした?飲み過ぎた??
私をバッファローと一緒にしないでくれる??
なんか冷めたから今日はもう寝るわ。おやすみ。」
ひなは冷たい目をして部屋へ戻っていった。
うん、冷たい顔のひなも、またこれはこれで可愛いし、描きたいんだよな〜。
惚れすぎ?俺
〜完〜
その顔が見たかった! タカナシ トーヤ @takanashi108
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