私の優良物件

冬野瞠

とあるアパートにて

 内見で訪れたアパートの一室を見て、これぞ私が求めていた物件だ、とピンときた。

 三階建てで築三十年以上。最寄り駅から徒歩二十分。掃除は行き届いているが、部屋の隅には拭えないかげりのようなものが感じられる。家賃は四万円台。まさに、お金のない苦学生が入居するのにうってつけだ。

 仲介業者の男がすうっと隣に寄ってくる。


「いかがです? こちらお客様のような方に人気がありまして、本日も内見の予定が一件――」


「ここにします」相手の言葉尻を待たず断言した。

 男は強い語気に驚いたようで目を丸くしたが、次の瞬間には営業スマイルに戻っている。


「では、さっそく契約を――」



 入居した日、私は改めて各部屋を見て回った。洋室が一室、和室が一室、トイレと風呂は一体型で、小さなキッチンと申し訳程度のバルコニー付き。これが今の私の居城だ。うっとりしてしまう。

 和室にはふすまがあり、中は押入おしいれになっている。私はほんのりかび臭いそこへ引き寄せられるように入っていった。押入で眠るのが、昔からの夢だったのだ。

 押入の闇の中でどれくらい過ごしただろう、何やら物音が聞こえてきた。そっと暗闇を抜け出し、洋室へと向かう。

 そこには学生とおぼしき男がいた。目と目が、合う。


「ぎゃああああ!」


 男が血相を変えて悲鳴を上げる。私は急いで、隣の和室へ身を潜めた。まあ、初回はこんなものだろう。あんまり怖がらせてもいけない。彼にはなるべく長くここにいてほしいから。

 私の体には心臓がないのに、ドキドキと胸が高鳴るようだった。やっぱり、若者の悲鳴は健康にいい。もう死んでいるのだから、これ以上健康にも不健康にもなりようがないけれど。

 若者を驚かせたい私に、ここは最上の物件だ。あの仲介業者の男性に感謝せねば。死して幽霊になってなお、他の死者のQODクオリティオブデッドライフのために、できるだけ希望に叶う部屋を紹介するなんて、なかなかできることじゃない。

 これからの新生活を思い、私はにんまり笑った。

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