心の部屋、内見出来ます!

タカテン

パートナーの心の中を覗いてみませんか?

 その部屋を訪れる方は、ほとんどが緊張で目を瞑っている。

 だから私は「安心してください。とても素敵なお部屋ですよ」と教えてあげるのだ。

 

『あなたのパートナーの部屋を内見してみませんか?』


 そんな商売を初めてもう3年近く経つ。

 最初は口コミやネットで知ったというお客様を相手にやっていたけれど、最近は結婚式場と契約を結び、挙式前でナーバスになりがちな女性へのサービスの一環としてそれなりに忙しくやらせてもらっている。

 

 パートナーの部屋を内見すると言っても、実際の部屋のことではない。

 結婚前の女性なら彼氏の部屋なんて何度も訪れているだろうし、そもそも現実の家に無断で入ったら不法侵入で罪に問われてしまう。

 だから私が彼女たちを案内するのは、パートナーの心の中。

 心を部屋の形に変換し、その中を内見していただくのだ。

 

 ちなみにどうやっているのかは企業秘密。

 なんだよそれ怪しいなぁって方は是非一度ご体験を。

 心の中を見てみたい方と一緒に事務所まで来てもらえたら、別にパートナーじゃなくてもご両親やお友達でもオッケーですよ。

 あ、でもペットは難しいかも。私、人間専門なので。

 

 まぁ、それはともかく今日も近々結婚式が控えているお客様を、彼女のパートナーの心の部屋へとご案内した。

 

「……わぁ」


 こわごわと目を開けた彼女の口から零れたのは幸せの吐息。

 その気持ちは私もよく分かる。

 それぐらい外から降り注ぐ光に明るく照らされ、ほど良いそよ風が窓から吹き込み、調度品や家電のセンスも良く、整理整頓や掃除が行き届いた気持ちのいいお部屋だった。


「光や風通しはお連れ様の性格を、調度品や家電は価値観を、部屋の様子は現在の幸福度を表しています。お連れ様の方はとても素敵な方のようですね。羨ましい限りです」

「あ、ありがとうございます」

「そうだ、どうぞソファにおかけになってみてください」

「え? あ、はい……わぁ、ふかふかです!」

「それはお連れ様の心の深さ、人としての度量の大きさを表しています」

「そうなんですか! あ、だったら部屋の大きさは一体何を?」

「それはちょっと言いずらいんですけど、現在の生活ランクと申しましょうか、まぁ、現実でもこれぐらいの広さの部屋に住めますよって感じですね」


 ふたり暮らしなら十分な広さ。でも、子供が生まれたらどうなのだろう?

 そんな感情が彼女の表情からも見て取れた。

 うん、やっぱりそこは心配だよね。でも、ご安心。

 

「お客様、この部屋はお連れ様の心だとご説明差し上げましたよね?」

「……はい」

「では部屋の外は何が表現されていると思われますか?」

「外、ですか……さぁ」


 私につられて彼女も窓の外へと目を向ける。

 青い芝生が生い茂る、綺麗な庭が広がっていた。

 

「外、とりわけ庭はお連れ様が感じている将来性を表現しています」

「将来性……」

「いくら現状に満足していても、将来に不安があれば芝は痩せ細って枯れ、行き詰まりを感じているのならもっと狭くなります。失礼ですが、お連れ様はどのようなお仕事をなされておられるのですか?」

「普通の会社員ですけど」

「でしたらきっと上司や同僚に恵まれて、仕事にもやり甲斐を感じておられるのでしょう。そしてこれだけの広い庭があれば、その気になれば部屋を将来はもっと大きなものへ拡張することも可能です」

「ああ、なるほどっ!」

「ですのでそちらの方もご安心ください」


 私が満面の笑みを浮かべて太鼓判を押すと、彼女は心から安心しきったように……おや、でもまだ何かちょっと不安を感じているような波動を感じますよ?

 って、まぁ私もこの仕事は長いんで見当は付いているんですけどね。

 

「ところでお連れ様はスポーツとかはあまりなさらないようですね?」

「え? あ、はい、そうですね。あまり得意じゃないと言ってますが、どうしてそれを?」

「いえ、スポーツ好きな方はやっぱり心の部屋に道具が置かれていたりするんですよ。サッカーボールとかグローブとかサーフボードとか。でも、お連れ様のにはそういうのが見当たらないなぁって」

「そうですね、私も彼もインドア志向ですから」

「なるほど。では、デートはどっちかの部屋で映画を見たりとか?」

「はい。その通りです。でも、よく分かりましたね?」

「テレビが部屋の広さに比べてちょっと大きめだなと思ったので」


 へぇと感心する彼女に、ちょっとドヤ顔を決める私。ドヤッ!

 

「それでですね、人間ってやっぱり好きなものは好きなもの、嫌いなものは嫌いなもので固めたいんですよね。お連れ様の趣味が映画鑑賞だとすると、その趣味に欠かせないテレビの周りに何が飾られているか見えますか?」

「……あ」


 言われて視線をそちらに向けた彼女の表情が一瞬歓喜に染まったかと思うと、ついで口をぎゅっと結んで頬を吊り上げる。

 その頬をやがて緩んだ目元から零れ落ちた涙が濡らし始めた。

 

「安心してください。お連れ様はあなたのことしか見ていません」


 テレビの周りの壁に飾られていたのは、笑っている彼女の写真だった。

 そんな写真が何枚も飾られていて、他の女性の写真は一枚もない。

 それはつまり、彼女が心配しているようなことはなにひとつとしてないということだ。

 

「……よかった」

「よかったですね。どうぞお幸せに」

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