ルームシェアの条件

銀色小鳩

ルームシェアの条件

「部屋が二つと、ダイニングがある所がいいよね。少し高めになっても」


 あおいが恐る恐るというようにわたしの顔を見上げる。


「高めって?」


 はぁ、今日もかわいい。かわいいなヲイ……!


「そんな顔する芽生が怖い」

「そんな顔って?」

「ふやけた顔」


 わたしの顔のどこがふやけているというんだろう。いつも通りだ。あおいに見上げられたらこうなるんだ、仕方がない。


「芽生の憧れとか理想が怖い。高めって? どのくらい?」

「収入の三分の一までが適正らしいよ?」


 そういうと、あおいは少し黙ってから、


「収入なんてないじゃん!」


 と叫んだ。


「え? あるよ。わたしは。ゼロじゃない」

「いくら?」

「六、七万くらい。あと、親が一人暮らしするなら仕送りしてくれるって言ってる」

「私、ないんだけど……」


 愕然とした顔であおいがつぶやく。


「この前、一人暮らしじゃなくて友達となら、仕送りもしてくれるって言ってくれたんだけど、それにしたって」

「通学時間をバイトにあてたら少しは入るよ」

「芽生が六万で、私が同じくらいバイト代が入るとして、十二万」


 あおいが考えている。二人での生活のことを。

 ああ~~! かわいい。かわいい。かわいい。一緒に住まなくても、この時間を過ごせるだけで、声をかけて本当に役得だった。


「バイト代で考えるなら、三分の一なら四万クラスだね」

「ないじゃん! ない! 二部屋あってとか、ないよ。四万クラスだとワンルームだって」


 ほら、とあおいが小さな手で情報誌のページを指さす。


「でもほら、ルームシェア可ってなってても、ワンルームじゃシェアしづらいよね……?」

「そうだろうけど……十一万とか十二万とかになっちゃうよ。数も少ない」


 住宅情報誌を持ったままのあおいが立ち止まり、あ~~、と唸って、近くのベンチに座り込んだ。


「激安の物件で、一人暮らし用ワンルームを探すほうが現実的な気がする……」

「あおいの一人暮らしって、オートロック完備とかじゃないと心配なんだよね」


 思わずそう言ったら、あおいは恨めしそうにわたしを見上げた。親でもないのになんかうるさいことを指摘してきやがって、みたいな顔をしている。


「……そうだ。事故物件を探せば、喜んで安めで貸してくれるんじゃないかな。学生とか喜ばれるんじゃないかと思うよ」

「事故……物件……?」


 あおいが、多少引いたような表情でわたしを見ている。


「ほら。学生で、大学の近くで借りるってことだと、卒業後は引っ越す可能性が高いでしょ。事故物件ってずっと事故物件ってわけじゃないから。事故物件の通告をすると安くしか貸せないから、一回誰か、すぐにいなくなっちゃうタイプの入居者が三年位住んでくれたらちょうどいいってなるんじゃないかな。事故物件として扱う必要がなくなるなら、大学生って良くね? 大学の近くで事故物件を探そうよ」

「…………」


 事故物件だった部屋だって、しばらくして条件を満たせば告知義務はなくなるらしいから、そここだわっても意味がないと思うのだ。


「事故物件なら、一人暮らしワンルームでも、防犯ちゃんとしたとこ探せるかも。あおいが変なとこに一人で住むぐらいなら、一人暮らし用の事故物件探し、わたしいくらでも協力するよ?」

「…………がいい」


 あおいはぼそっと何か言い、わたしの服の裾を摘んで、つんと引っ張った。


「ん?」

「どっちみち事故物件で探すなら、ルームシェアがいい」





 不動産屋で、ちょうどいい広めの心理的瑕疵物件をみつけたわたしは、大喜びであおいに間取りを見せた。


「破格だ……なにこれ。すごい」


 あおいは眉をしかめ、他の物件とを見比べた。


「今からでも内見に行けますけど、どうします?」

「お願いします」


 さっさと返事をして、考え込んだままついてくるあおいにほほえみかける。


「見に行ったからって絶対ここにしようとか、勝手に決めたりしないよ。強制しないよ。見るだけだから、安心して」


 不動産会社の内見の担当者の車の後部座席に乗り込んだあと、隣のあおいのようすがおかしいことに気が付いた。間取りを睨みつけて、おそろしく難しい顔をしている。


「ああ、それで、心理的瑕疵の内容っ」

「待って」


 わたしの聞きかけた口をあおいが封じた。


「あの、まだ言わなくていいです」


 あおいの耳に口を寄せる。


「……聞いておかなくていいの?」

「芽生だけ聞いといてくれたりしない……?」


 思わず笑ってしまう。


「怖いの?」

「要らない情報ってあるでしょ……」

「わたしも聞くのやめておこうか?」

「芽生は嫌じゃないなら聞いてよ。ほら……」


 あおいが今度は私の耳に内緒話をしてくる。耳元がくすぐったい。


「れ、霊……みたいな、そういうのが出そう、とかだったら、見えなければ、いいわけだよ。見えない人にとっては、居ないよね? 聞かないほうがいいと思うんだけど。その辺一帯でバラバラ殺人とかがあって、その被害宅のひとつとかね……、犯人もまだ捕まっていなくて、近くに住んでいるかもしれないとか、むしろそこが犯人が住んでた家で、たまに現場を見に戻ってきちゃうとか、そういうのは……リアルな人間の怖さ的なやつは嫌だ。芽生に判断して欲しいんだって」


 わたしはあおいを見返した。こいつ……オカルト系統だけを怖がって嫌がっているのかと思ったら、意外と根性座ってるな。バラバラ殺人の被害宅で犯人が? ってか、犯人が住んでいた家ってわかってるぐらいなら、もう捕まってるだろ。だいぶ想像力が先走ってる。

 まぁ、それだけ、間取りが気にいったんだろう。


 内見で入った部屋は、かなりきれいだった。ダイニングもあるし、なんと風呂とトイレが別だ。これは本当にありがたい。そして、狭い洋室もふたつ。収納が少ない気がするが、まぁそこは仕方がない。

 あおいがベランダから景色を眺めている間にわたしはキッチンと、洗濯場にどのくらいの洗濯機が置けそうかをチェックする。その時に、「心理的瑕疵ってどんなものですか?」と聞いてみた。


「特殊清掃が入りました。男女二人の心中ですね」


 うっ……。


「あの、特殊清掃が必要になったの、どの部屋でしょうか」


 特殊清掃したのが浴室とかだと、ちょっと考えてしまうが、でももう、どこもかしこも見た目は綺麗なんだよなぁ。虫もいる様子はないし……。


「右側の洋室ですね」


 ベランダから出てきたあおいが、すがすがしそうに笑った。


「芽生、私ここ、気に入った」

「よかった。いちおうあおいが気になっていたのも聞いたけど、大丈夫なやつだったよ。わたしも右側の洋室がすごく気に入った」

「じゃ、住む事になったら、私が左でいいよ。すごい。空が良く見えるよ」


 うん。大丈夫だろう。

 潔癖症のわたしが、想像することをやめて、聞かなかったことにした洋室は、毎日きちんと掃除するから、いいのだ。

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ルームシェアの条件 銀色小鳩 @ginnirokobato

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