The End

     ……………


 「ククク……。少し下がった方が良いよ」


 僕が滝川さんに促されるまま、穴から下がった直後、一閃、影が穴から飛び出し、現れた後、突風が吹く。

 風が止み、目を開くとそこには、学ランの節々が焼け焦げ、無数の打撲傷を負った無法ケンイチが、膝をついて息を切らしてそこに居た。

 

 「へへへ……。あのババア……源泉の熱湯でも死なねえ……。だが……気絶は取った……。おれは……勝った……!」


 僕はボロボロになりながらも腕を上げ勝利を宣言する彼を見る。

 ――『創作者はこの世の全ての過去・現在・未来の創作物との戦いを行う者である。』

 彼の創作論の一節を思い出す。

 一体何が、彼をそこまで突き動かすのか。僕はその問いの答えを彼のその姿に探していた。

 その問が僕の口に出される前に、外から爆音が鳴り響き、悲鳴が聞こえ、このエントランスホールに、入り口のガラスを突き破って何かが投げ入れられる!


 『ガッシャアアアアン!』


 「何だ!?」


 投げ入れられたのは人間だった!

 それも、先程……この場所からエレベーターを登っていったカクヨム作家の一人だ!

 全身に裂傷を負い、ぬらぬらとした粘液に包まれ、虫の息の彼は、かすれた声で話す。


 「む、無法か……? ああ、お、おれも……おれたちも……お前の様にWeb以外の作家に挑んだ……。あのJCローリングストーンにタンカを切る生背信を見てな……。おれ達も熱戦だったさ……。皆嬉々として戦った。カクヨム作家以外もな……。だが……だが、おれたちは、……! ……! クソッ……!」


 「奴……?」


 それに滝川さんが反応する。それは今まで見た事のない動揺した様子だった。


 「奴……。まさかっ……呼んでしまったのか……?」


 それを見て、ゆらりと無法ケンイチが立ち上がる。その顔は先程と同じ、ニヤリとした笑いが示され、ギラギラと輝く眼光が見える。彼はそのまま、おぼつかない足取りで外へ出て行く。

 僕は、それを追う様に滝川さんと共に外に出る。


 「これは……」


 外は異様に暗かった。僕は天を見上げ、その暗さの理由を知った。

 空を覆うように広がっているのは、粘液に包まれた無数の触手であった。そのうねりの中枢には一人の男が天空に佇んでいる。

 僕はその男の、長く、不安そうで神経質な眼差しと、大きな顎を持つ顔をよく見知っていた。


 「ラブクラフト……!?」


 その冒涜的で卑猥な触手の中央に佇む男は、反キリスト的神話体系の根源となった、神経質で胡乱で執拗な描写と根源的恐怖に眼差しを向けたテーマ性で織りなされた物語郡の生みの親。HPラブクラフトであった。


 「一体なぜ……こんなところに……何故浮いて……」


 「あれだけ後世有名となった創作物の親だ『創作力そうさくぢから』も相当に高まっている……。どうやら多数の『創作力そうさくぢから』のぶつかり合いによって『あの世』から呼び寄せてしまったようだねェ……。を」


 「英霊たち……?」 

 

 僕はその滝川さんの意味深長な言葉の意味を直ぐに知ることとなる。

 天を覆うラブクラフトの更に後方、更なる天上から、多くの英霊たちが現れたのだ!

 あるものは一つの指輪を手にして英傑たちと共に飛来し、カクヨム作家たちを血祭りにあげている。あるものは多くの戦闘アンドロイドや機械と共にカクヨム作家たちを吹き飛ばし、無数の爆発とともに蹂躙している。あるものは巨大な男性の顔を映し出し、無数の無機質で意志のない労働階級を招来、数によってカクヨム作家たちを呑み込んでゆく。生配信を見て合流した作家たちは次々と倒れてゆく。彼らの『創作力』では、あの強大な英霊には及ばない……。僕や、無法さえも及ばないだろう。


 そして、僕は天空にラブクラフトと共に佇む存在に気づく。それは白い翼に包まれた巨大な瞳や、無数の瞳が刻まれた回る車輪、燃え盛る複数の翼に囲まれた瞳などが天空に羽ばたいて浮遊している。それを見て滝川さんは驚く。


 「あれは……。天使……! どうやらとんでもない創作者まで呼び寄せてしまったようだねェ……。どうするつもりだい、無法くん?」


 配信を続けるカメラが光景を納める中、滝川さんの問いへ呼応するように、目の前に立つ無法は力強い闘気を纏っていく。打撲傷を負い、左腕の骨が折れ、立つことさえもよろめく彼はその自らの闘気に傷ついているようにさえ見える。その姿を見て、僕は、問う。

 

 「何故……。何故そこまで、戦うんだ。無法君だけじゃない……他のカクヨム作家たちも……」

 

 ビルの周辺ではカクヨム作家たちによる英霊への攻撃が絶え間なく続いていた。彼らは明らかに格上の作家たちに対して果敢に立ち向かい、倒れ、散ってゆく。その顔は皆、満足気だ。そして生配信を見て、多くのカクヨム作家たちがその戦いに合流していく。いや、カクヨム作家だけではない、どこかで見た事のある作家や、ライター、芸術家なども参加してきている。


 無法ケンイチはその光景を見た後、振り向き、僕を見て、笑う。


 「フッ……。そう言いながら、お前、本当は分かっているんじゃないのか? ……何故、『カクヨム作家』……いや、『創作者』が戦うのかを」


 彼はそう言って、前を向き、飛び上がって、天空に佇む天使とラブクラフトへと立ち向かう。

 滝川さんも進み出て、振り返り、僕に別れを告げる。

 

 「私も行くとするよ……。運が良ければまた会おう、『文山比文』くん……」


 彼女はその鉄の副碗によって地上を進み、アンドロイドたちの大群へと薬品を投げつけ、挑みかかっていく。

 無法ケンイチは闘気によって天に立ち、数々の触手による攻撃と天使たちの突進を避け、ラブクラフトへその拳を振り上げ殴りつける。

 だが、ラブクラフトの頑強な顎は重い無法の拳にびくともせず、無法ケンイチは触手に絡めとられ、地上へと叩き落される。


 『ドガァアアアアアアアン!』


 蚊ほどとも思っていないそのあしらいに、叩きつけられた無法はすぐに立ち上がり、また飛び掛かる。その顔は晴れやかな様子だ。

 ――何故、『創作者』が戦うのか。その答えを僕は知っている……。

 僕がそう考える中、エレベーターから、kadokawaの編集者たちが現れて僕に駆け寄る。


 「文山さん、こんなところに! すぐにこちらへ避難を。この配信も停止させます。ああ、書籍化の話もまた後日に……」


 僕は晴れやかな笑顔で答える。


 「すみません。僕も……『創作者』ですから」

 

 「え……?」


 僕は全身に『創作力そうさくぢから』を感じる。

 そうだ、僕たちは何かを書いた時点で創作者……。そして、無法が言った『創作論』にあるように『創作者はこの世の全ての過去・現在・未来の創作物との戦いを行う者である。』。

 僕たちは何かを書いて、いや、何かを作った時点で、この世の全ての過去・現在・未来の創作物と戦っている。何か新しく、何か面白く、何か素晴らしいものを……。そう求めて、求め続けて、創り上げるという戦いに立っているんだ。

 もっと多くに人に創作物を見てもらいたい、もっと素晴らしい創作物を作りたい、もっと巧く創作物を作りたい、もっと創作物を作っていたい……。

 その願いこそが、戦いの理由だったんだ。


 僕は天へ飛びあがり、拳を握り締める。

 僕がコンテストで認められた作品……。それだけじゃない。僕が書いてきた、読まれなかった作品や形にできなかった物、全ての創作物が『創作力そうさくぢから』としてこの拳に乗っている。僕の全身に乗っている!

 勝てなくっても戦うんだ!

 立ち続けるんだ!

 立ち上がり続けるんだ!

 こんなに巨大な触手だろうと、こんなに無数の天使だろうと、どんなに強大な権威だろうと立ち向かい続けるんだッ!

 それが、僕たちの。


 「僕たちの『創作論』だぁあああッ!!」


 僕は叩き落される。

 だが、それは負けではない。

 叩き落とされた地面、僕の隣にいる無法ケンイチが立ち上がる。

 僕もまた立ち上がる。

 僕を見て無法ケンイチが清々しい声色で言う。

 

 「……いい話が思い浮かんだんだ。これなら、あいつ等に勝てる気がする」


 「奇遇だね……。僕も、新しい話を書こうと思った」


 倒れたカクヨム作家たちも何度も立ち上がり、立ち向かい、時に作品を作る。

 そうしたまた、英霊たちへと挑みかかるのだ。生配信を見てどんどん作家たちは増えて行く。無法の語った創作論も、全世界へと波及していき、戦いは続く。

 ――生きている僕たちは、創作をしている限り、どうしようもないくらい、ずっと戦い続ける。そうした人々がいつの間にか、死んだあと、彼らのような英霊となるのだろう。

 僕はそう思いながら、再び戦いに挑む。

 無法ケンイチもまた、同じく戦いに挑む。


    ―――――


 無法ケンイチはカクヨム作家である。

 僕もまた、カクヨム作家である。

 そして、二人の創作者は今日も、戦いを続けているのだ。

 他の全ての創作者たちと同じように。

 そして今日もまた、新たな創作者が全世界に挑むのだ。

 

 (終)

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カクヨム作家のダイナミック創作論 臆病虚弱 @okubyoukyojaku

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