……………


 僕は彼女に促された通りスマホでカクヨムアプリを立ち上げ、無法ケンイチを探す。すべてのジャンルの日間・週刊・年間・累計ランキング一位を取っていたためにすぐに見つかった。

 その『創作論』と題されただけの簡素な作品は昨日公開されたばかりだというのに、驚異的な評価数と応援数を誇り、『創作論・評論』のランキングでは首位を冠していた。

 

 『ガララララ……』


 目の前の壁が崩れ、中の会議室と思しき空間、そしてそこに居る人々が僕の目に飛び込んでくる。

 そこには彼女の言ったように無法ケンイチが立っていたほか、複数人の編集者と思しき人、重武装でガスマスクを着用した7名の警備員たち、そして、誰もが知る世界的有名作家・『JCローリングストーン』が無法ケンイチに対峙するかのように立っていた!


 「ヨォ……滝川……。流石に早いなァ……。それに、さっき会った作家の兄ちゃん……。ヘヘヘ……ギャラリーに不足はねェなァ? ナァ? 世界的作家サンよォ?」


 無法ケンイチは目の前に立つ、あの『ロード・トウ・ザ・アグリー・ボッター』シリーズで知らぬ者はいないであろうJCローリングストーンを見て、煽るように言う。彼は空間が歪んで見えるほどに凄まじい熱気……いや、闘気というべきものを放っている。だが、それに対するローリングストーン女史は毅然とした態度で無法ケンイチを睨んでいる。

 緊張した空気がその会議室を支配していた。警備員たちは全ての銃口を無法ケンイチに向け、警戒態勢を取っている。編集者たちも応戦するような姿勢で無法ケンイチを見ている。少なくとも僕と滝川さん以外の、この場の全員が彼の敵なのだ。

 その緊張を破ったのは、JCローリングストーンだった。

 彼女はその顔にニヤリとした笑みを浮かべ、目の前の無法ケンイチを嘲笑い、鼻で嗤ったのだ。

 それを見て、僕は悟る。

 ――無法ケンイチは恐れている。銃口や編集者たちではなく……目の前の彼女を!

 ――僕がこの会議室に入った時から今まで感じる緊張感、その根源は周囲の重武装の警備員たちでも、編集者でも、壁を破った滝川さんでも、凄まじい闘気を放ち空間を歪ませている無法ケンイチでもない!

 ――あの世界的作家の放つ、権威に満ちた覇気オーラだッ!

 僕がそのことに気づいたのを見て、滝川さんが耳打ちする。


 「どうやら、気づいたようだねェ……。さっき言った通り『創作の巧い人間は人殺しも巧い』……。それはどんなジャンルの、どんな作家も同じなのだよ……」


 無法ケンイチは滝のような汗を流し、しかし己の闘気を失いはしていない。彼は戦っているのだ、目の前の世界を統べるほどの強力な覇気オーラを持つ作家の『創作力そうさくぢから』に。

 その様子を見て、滝川さんは内ポケットから、カメラのような機械を取り出し、操作する。その機械は空中にふわりと浮遊し、そのレンズへとこの場の光景を納めていた。彼女はほくそ笑み無法に伝える。


 「クックック……バッチリ全世界に配信しているよ」


 そして、無法ケンイチは不敵な笑みを必死に創り上げ、叫ぶ。

 

  「創作を志すそこの有象無象の凡人共ォっ! その阿保面シャキッとして耳ン穴ァかっぽじってよーく聞きやがれ、これが、おれの創作論だァあッ!」

 

 無法ケンイチのその言葉と共に、彼の拳は世界的作家JCローリングストーンの鼻っ柱を圧し折った!!

 だが、さすがは世界的作家、それしきの事で動じることはなく、彼の拳による攻撃に、あえて頭突きで返し、彼の拳を叩き壊す!


 「グォォッ!!」


 無法ケンイチは叩き潰された拳の痛みを感じながらも、もう片方の左腕で顎に向けフックを繰り出す!

 JCローリングストーンは軽々とそれを避け、その左腕を掴むと、即座に絡みつかせ、肘を極める。それと同時にようやく警備員たちのアサルトライフルの引き金が引かれ、無法ケンイチに向けライフル弾が射出される。


 凄まじいスピードでの勝負!

 ――何故僕の視野がそれについて行けるのだろうか?

 その問いの答えはすぐに分かった。

 ――僕も、作家だからだ。

 僕の『創作力そうさくぢから』は既にこの戦いを見届けられるほどにまで高められていたのだ。この頂点決戦を見届けられるほどに。


 銃弾の飛来する中、無法ケンイチはJCローリングストーンの頭部に右脚での蹴りを入れ、関節技を解除しようとした。だが、世界的大作家の堅牢な肉体は彼の蹴りをものともせず、関節を圧し折る勢いを防ぐことはできなかった!

 音速を越えた戦いの中、無法ケンイチの左腕は間接から折られる。

 劣勢となった無法ケンイチは、その最中、笑っていた。

 JCローリングストーンはそれを見て何かに気づく。

 その次の瞬間、無数のライフル弾が無法ケンイチに飛び込んでくる!

 彼はその全てをマトリックス宜しく身体を反り返らせて避ける……。そう、JCローリングストーンをその脅威的な膂力で、へし折られた左腕ごと持ち上げたのだ!

 ライフル弾の射線上に持ち上げられた彼女はそのまま銃弾を受ける。音速の銃弾は彼女の頑丈な肉体の前に潰れ、拉げて跳ね返り落ちるが、その衝撃は彼女の身体にしかと伝わる。


 「――創作の心得、その一……!」


 無法ケンイチは勝利を確信したような笑みを浮かべ、そう口にする。

 僕はスマホの画面に表示されている文章を見遣る。彼の『創作論』に書かれる、『創作の心得、その一』を目で追う。

 

 『創作者はこの世の全ての過去・現在・未来の創作物との戦いを行う者である。』


 無法ケンイチはその言葉と共に上半身の動きで、動かないであろう左腕を、床に叩き付ける。


 『ドガァアアアアアアアアアアアン!』


 床は崩壊し、JCローリングストーンの頭部がしっかりとコンクリートの床を叩きつけられる。だが、無法ケンイチの攻撃はそれだけではない。

 彼は崩落する瓦礫を蹴り、壁を蹴り、どんどん下の階の床へとJCローリングストーンを叩きつけてゆく。無論、JCローリングストーンは抵抗して、蹴りなどを行っているが、無法ケンイチの左腕に逆に捕まれ、離れることができず無慈悲な位置エネルギーと無法の力の前に頭を鉄筋コンクリートにぶつけ続けるのだった。

 その攻撃は延々と続き、僕の視界の果てへと行っても続く。この天突くビルの地上階はここからでは見えないのだ。


 「ククク……。行くぞ、彼の勝利を見届けに」


 滝川さんが無法ケンイチによって床に空いた穴へ僕を連れて下っていく。百はくだらない階数に一つ一つ深く刻まれた穴を通り過ぎ、地上階へと近づく。しかし、地上かいの床の更に下、地下階の更に下、地中へと穴は続いていたのだ。


 「これは……」


 穴によって日の差し込むエントランスホールにて、僕はその果ての見えぬ穴を見てそう呟く。

 無法ケンイチは、そしてJCローリングストーンはどうなったのか。二人の戦いの決着は――


 (続く)

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