KAC20242 個性的なお家

戌井てと

第1話

 旅人や旅行で来たお客に使われる宿、料金を払っているならいくら滞在しても問題はない世界。

 それを彼女も分かってはいるけれど、明かりはランタンで、人数分のベッドがあるだけの簡素な宿では人間の彼女には不満が溜まってしまう。

 目の前に座る彼、エルフを睨みながら、果実香る紅茶を飲む。それとは反対に、無限とも言える長寿命のエルフ。彼は紅茶を堪能する。


「マインドさん……?」

「な、なんだ……」


 はっきりと不満の色が込められた声に、彼は少し驚いた。


「いつまで滞在するんですか? もう三ヶ月になりますよ!」

「ま、まだ、三ヶ月……」

「わたしと一緒に過ごしてきて、まだそれ言いますか」

「だったら言うが、僕と生活してきて日数がどれだけ経過したか、もう言わないでくれよ」


 彼女は頬をふくらます。分かってはいても、不満や身体の疲れは確実に出てきてしまう。長袖の季節は過ぎて、七分袖を着ている彼女に、マインドは聞く。


「カナエの不満を聞く。体調は良好に思えるんだが、心配に思うことはあるか?」

「汗をかきやすい季節になってきます。今後もここに滞在するのであれば、家を借りるのはいかがでしょう」

「汗をかくのと家を借りたい、共通項が見当たらない」


 聞いてくれる姿勢なのは分かったけど、頬杖をするマインドに、苛々が募る。


「今の状況だとお風呂を探さなくてはいけないですよね?」

「近くにある、何も問題はない」


 確かにマインドの言う通り、大浴場があり清潔を保てる。

 魔法を使って飛べば、五分と掛からない。歩きでも不便さはそれほど無く、たくさんの者が利用している。


「入浴する度にお金が要るのも、そろそろどうなのかと思えてきて」

「面倒か」

「はっきり言えば、そうなります。短期間でも借りられて、お風呂がついてる家は、ありませんよね……」

「ある」


 渋ることなくきた返事に、カナエは唖然とする。


「もうしばらくすれば、街を出るかもしれない。そう考えて過ごしてきたこの三ヶ月はなんだったの……」

「悪かったよ。今日は依頼を受けない、カナエと家を見て回る。それでいいだろ?」


 簡素な宿だけを転々としてきた。雑に言ってしまえば殺風景な部屋、それ以外があることにカナエの表情は和らいでいく。



「日当たりは大事にしたいでしょう? 奥様はお風呂をこだわりたいとの事でしたね、お客様の願いが全て叶うこちらのリンハイム、いかがでしょうか?」


 奥様に一瞬顔が固まるが、カナエは聞かないよう努力した。

 遠くから見ているだけでは樹木が茂っているだけであったが、近くに来てみれば立派に成長した樹にドアや窓がついていて可愛い印象を受ける。


「ひとつ々の空間は小さく思うかもしれませんが、上に上にと拡大してますので、窮屈さはありません。お隣とも一定の距離があるので、日当たりを遮るものもありません。奥様の願っていたお風呂は、こちらになります」


 壁に沿って造られた階段をぐるりと上がっていき、扉を開けた。


「え、これって、一度外に出てます?」

「はい。でもご安心を! ツルでしっかりと編んであるので、丈夫です」


 ツルが編まれてあり、差し込む陽が木洩れ日のように感じ心地良い。

 湯舟は花弁の形、色は桜。試しに入り、中でしゃがんでみる。


「肩までつかれませんよね?」

「魔法が施されており、表面張力がありますよ。葉っぱからお湯がぽとん、と流れてくるんです。小人になれると女性に人気なんですけどねー」


 小人……。人形遊びで使うお皿やポットを実際に使えたらと、想像した時があったか。

 そうカナエは考える。

 上を向いた。ぱっと見ただけでは本当に葉っぱに思えた。でもそれは蛇口の役割をしているらしく、説明があった通りお湯が流れてくるんだろう。


「いかがでしょうか? かなり人気でして、早めに決めて頂かないといけなくなるんですが……」


 カナエはマインドを見た。


「何だ」

「まだ……滞在するんですよね……?」


 二人のやり取りに、案内をしていた者は質問した。


「滞在? 旦那様か奥様、どちらかが旅人なんですか?」

「二人とも、と言ったほうが正しいですかね。不都合ありました?」

「旦那様からは、奥様の願いだけを承っていましたので。それ以外は何でもいいと……。安定した仕事ではないという事ですね、分かりました。最長三年のところへ案内させていただきますね。更新もお気軽にどうぞ」


 旅人はいろんな地を転々として、その場所の困り事などを聞いて報酬をもらうという生き方をしている。

 突然異世界に来てしまったカナエを、マインドは受け入れてくれた。

 人間とエルフ。思うこと、考えることが極端に違う二人の、のんびりした共同生活。


 次に紹介してもらった家。その説明の途中で、カナエは断った。

 地に掘られた階段を下りていくと、鍾乳洞となっており輝く湖がお風呂となっていた。

 食事は外で済ますことになるが、お風呂は付いている。ただ、そのお風呂が断る原因になった。


「男女がわけられてないってどういう事ですかっ! 三年も借りられる家で、そんなことって許されるんですか!? 意味わかりません!」

「魔法でどうにか出来るから、そこまで拒否反応は出ないんだよ。それにエルフは恋愛に関してかなり鈍い、問題も起きない」


 次々に怒りが出てくる彼女、その隣で彼はただ々聞き続けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20242 個性的なお家 戌井てと @te4-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画