第5話 彼の名は『御坊吾鷹』~前編~
『まほろば』、『あおによし』といった多くの歌が詠まれたこの町。かつては国の中心として都が置かれ、ペルシアから続くシルクロードの終点として大いに栄え、そして幾年の時が経ち、今は1300年前のその都跡を残し、ここで華開いた文化や古代の息吹を感じられるということで国内のみならず海外からも多くの観光客が訪れる国際観光都市になっている。
その観光地から少し南にある地区、江戸時代以降の町屋が並ぶ『
「吾鷹君。どうかしら、水やりの方は?」
「今、全て終わりました。」
「あらそう?お疲れさま、疲れたでしょう。」
「そんなことないですよ。」
白色、いやもう白よりかはとても年期の入った色のエプロンを着け、片手にしゃもじを持ったこの店、『いわき』の女将が顔を覗かせた。細目とその左目の下にあるホクロが特徴、焦げ茶色のロングヘアーを結い、またその立ち姿がシンプルな藍色の着物にとても似合う。
「あと、そろそろ夕飯の買い出しへ行こうと思うのですが。何か足りない食材とかありましたか?」
「そうね~、一応足りないものは無いんだけどねぇ。……あら、そういえば生姜を切らしていたわ。」
「生姜ですね、わかりました。」
私はスッと立ち上がると、後片付けをしながら夕食の献立を考えることにした。
(……生姜か。そうしたら、少し多めに買って今晩はしょうが焼きにでもしますか。)
メニューも決まったことなので、早速買い出しに行くことにしよう。
「
厨房で開店の準備をしている女将、もとい
「は~い、いってらっしゃい。」
明るい声が店内にこだまする。私は何となくこの感じが落ち着く、というよりかは好きだ。だからこの場所に来て良かったと思う。
小学生のあの日、私は何もかも失った。大切なモノを奪われた。まだ幼かった私を周りの大人達は哀れな目を向け、口々に優しい言葉をなげかけた。
そして、大人達はケンカを始めた。今となれば馬鹿馬鹿しい内容だったのだろう。ただ、小学生だった私は大人達のやかましい言葉に頭が痛くなっていた。
(うるさい……、うるさい……、うるさい!!)
耳を塞く、それでも痛みは治らない。こんなの早く終わってほしい。そんな願いも罵声という空間には届かない。
(……もう、嫌だ!!)
苦しくなり、大声を出そうとした時だった。
『いい加減にしなさい、アンタ達!!』
今まで沈黙していた女性がそれを破った。
『みんなみんな、「俺だ」「僕が」「私よ」ってうるさいのよ。勝手に自分のモノみたいに言わないで!この子のことちゃんと考えて発言しているの?ただ目の前の遺産に目が眩んだだけで考えているのでしょ?』
全員が下を向いて黙り込んだ。
『なにか申し分は?』
誰もうつむいて話そうとはしない。
(すごい……)
嫌な痛みがこの人のおかげで治った。いや、この人の言葉が私をこの痛みから救ってくれたんだ。
(……✨)
私は嬉しかった。この人は本当に良い人なんだ。さっきの人達と違って良い人なんだ。本能でそう思えた。
『……はぁ、だったら自分の欲だけじゃなくてちゃんと当人にも話を……って、どうしたの急に?』
気付いたら私はその人のズボンの端を握っていた。安心、という気持ちが生まれたのを感じた。あんな大人より絶対良い、私の幼い勘がそう告げた。そうして私はこの人、八恵さんの元で暮らすことになったのだ。
最初はやはり怒りっぽい方なのかなとびくびくしていた。しかし、本当の八恵さんはとても優しく、いつも笑顔が素敵な方でホッとした私がいた。そんな八恵さんの下、暮らし始めて知ったこともあった。
粉河八恵、旧姓は御坊。八恵さんは私の父の姓と同じ時があった、つまりは私にとって親族である。父の
本当に心が強い方だと思ったのと、そういえば父もそんな人だったなと思い出す。……ただ、その息子は気が弱い人間になってしまいました、とガクンと肩を落としながら最寄りのスーパーを後にする。
「えっと、生姜を多めに買ったのと。豚肉に玉ねぎを買って、サラダ用のプチトマトはまだあったから良かった……はず。」
一つ一つ確認をし、全て買い終えたことを確認。さて、帰りますかと袋を持ち直し、進行方向を左に変えたとき、
『ドンッ!!』「うわっ!?」「ヒャアっ!?」
前方不注意だった。対向からやって来た人とものの見事に激突。急なことだったのでお互いに尻餅をつく。
「……!大丈夫ですか!?」
慌てて私はスッと立ち上がり、ぶつかってしまった方へ声をかけ、手を差しのべる。もし高齢の方だったら一大事、高齢の方ではなくても私の不注意でこんな怪我をさせてしまったのだ。「気は弱くても、誰かを助ける為には勇気を持っていきなさい」と八恵さんからも言われている。わかっていますよ、八恵さん。私も男です、勇気を持って助けるんだ。
「……はい、あのボクは大丈夫で……す……。……!?」
ぶつかってしまったのは女の子、私と同い年ぐらいだろうか。彼女の隣には買い物袋、どうやら私と同じくスーパーで買い物をしていたのだろう。ジャガイモがコロコロと転がっている。立ち上がってジャガイモを拾わないで良いのかな?と思っていると、その女の子は声を震わせ、私の顔を見ていることに気付く。
(……あ、もしかして。)
もしかしてと言わなくてもその女の子の表情を見ればわかる。この子、まさか私と同じ学校の……。
「し、死神弁慶……さん!?」
(……あ、さん付けしてくれるんだ。)
それが元以外での一人目の友人『
ドラマチックバイプレーヤーまほろば 筑波未来 @arushira0710
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