事故物件の内見

星来 香文子

死体がなければ事件にならない


「……どうするんだよ」

「どうって言われても……!!」

「お前の担当だろう!? この物件!!」


 5LDK、駐車場、庭つき二階建の一軒家。

 内一等地にあるこの住宅は、三年前の一家連続殺人事件の現場となった。

 被害にあったのは、日本人なら誰もが知っている大手企業の重役とその家族。

 ニュースで散々報道されていたし、以前から幽霊が出ると噂もあったため事件から二年後に売りに出されたが、まったく買い手が見つからない状態だった。


「そんなの、昨日までの話だ!!」


 この物件の担当者だった市村いちむらは、昨日勤務していた不動産会社を自己都合で退職したばかり。

 高城たかしろという男に誘われて、新たな事業を始めるためだった。

 ところが、その高城という男がとんでもない詐欺師。

 市村は一緒にその事業に誘われ、勤めていた建設会社を辞めた河藤かわとうと共に口論の末、高城を殺してしまった。


「だいたい、お前があんなに強く押さなければ……! こんなことには……」

「俺のせいだって言いたいのか!? 市村、お前がここに運ぼうって言い出したんだぞ!?」


 殺したと言っても、明確な殺意を持っていたわけではない。

 口論になって、三人は取っ組み合いの喧嘩のような状態になっていた。

 どちらの一撃が原因かははっきりしていないが、運悪く高城はバランスを崩して後頭部を縁石の角に打ち付け、そのまま死んでしまったのだ。

 幸いなことに、目撃者はいない。

 死体さえ見つからなければ、警察に追われることもないと二人は高城の遺体をこの空き家に運び入れた。

 市村が働いていた不動産会社では、入居者が決まるまで4桁のダイヤル式の鍵で施錠をする。

 事故物件で人気のないこの家であれば、誰かが来る可能性は低いと思っていた。


「いやいや、落ち着け!! もめてる場合じゃないだろう!! 来ちまうぞ!?」

「お前こそ落ち着けよ!!」


 高城の遺体は、床下にある収納庫に隠し入れることはできた。

 しかし、これから内見に客が来る。

 市村の代わりにこの物件の担当者となった女性社員が、引き継ぎの際渡した資料に、鍵の番号が書かれていなかったと、つい数分前、市村に連絡して来たのだ。


「あと何分だ!?」

「五分もない……!! どうする!?」

「そんなに短いんじゃ、逃げられねぇぞ!?」


 遺体を運ぶ際に使った車は、勝手口の前に停めてある。

 だが、家の構造的に、今二人がいる部屋から勝手口まで行くにはどうしても玄関の前を通らなくてはならない。

 まだ遺体を運んだ際についた血痕の拭き取りも終わっていないし、このままでは床下の収納庫の遺体がすぐに見つかってしまう。


「と、とにかく!! 血を拭け!! 拭きながら戻るしかない!!」

「くそっ!!」


 二人は必死に勝手口から床下の収納庫へ続く道のりの間にところどころ落としてしまった血痕を拭いて回った。

 白い大理石の床に、血の赤は目立って仕方がない。


 そうこうしている間に、内見に来た客と女性社員の話し声がどんどん近づいて来る。


「やばい……!! 間に合わない!!」


 残り数メートルというところだったが、もう無理だと判断した市村が河藤を引っ張り、二人はギリギリのところで、玄関のドアが開くのと同時に勝手口から出た。

 河藤は運転席、市村は後部座席に飛び乗り、発進させようとエンジンボタンに手をかける。

 しかし————


「や、やべぇ!! エンジンがかからねええ!!」

「なんだって!?」


 何度押しても、車のエンジンがかからない。


「鍵は!?」

「か、鍵!?」


 河藤はポケットに手をつ込んだ。

 だが、どこのポケットにも鍵が入っている様子がない。


「お……落としたみたいだ」

「なんだって!?」


 必死に床を拭いている間、どこかで鍵を落としたのだ。

 最悪の事態。

 このままではもし死体が見つかったらすぐに、犯人がわかってしまう。


「お、落ち着け!! 血が残ってるのは勝手口の周りだけだろ!?」

「た、たぶん」

「なら、俺らがどこに死体を置いたかまではわからないはずだ!! あいつらの内見が終わるまで、待とう」

「そ……そんな!! もし、見つかったらどうするんだ!?」

「大丈夫だ!! よく考えろ!! お前だって、床下の収納庫なんて内見で確認したりしないだろ!?」

「あ……あぁ、そうだな」


 仕方がなく、二人は内見が終わるのを待つことにした。

 幸いなことに、昨日まで社員だった市村のスマホからは、内見予約のリストを見ることができる。

 今の客以外に、この住宅の内見予約は入っていない。


「もうすぐ日が暮れる。懐中電灯か何かはあるか……?」

「あ、あぁ、後部座席の足元に箱が……」


 ブレーカーを上げて探すことはできない。

 それこそ、誰かいるのかと近所の人間に怪しまれてしまう。

 市村が足元を確認すると、河藤が言った通り箱が置いてあった。

 箱の蓋を開けようと手を伸ばしたその時


 ————ドンッ


「ん……?」


 後ろから、何かを叩くような音がする。

 この車は五人乗りだ。

 前に二人、後ろに三人。

 市村は後部座席に座っている。


「なんの音だ?」


 車に何かぶつかったのかと、後ろの窓から外を見たが、特に何もない。


 ————ドンッ……ドンッ


 それでも、何度も何度も叩くような音が聞こえてくる。


「おい、河藤、トランクに何か積んでるのか?」

「は? 何言ってんだ? さっきあいつの死体を詰めるのに空にしただろ? 忘れたのか?」


 そう、懐中電灯が入っているその箱も、本来ならトランクに積まれていたものだ。

 遺体を運ぶのに邪魔で、ここへ移動させた。



 ————ドンッ……ドンッ


「で、でも、この音、トランクからじゃねーか?」

「は……? まさか、そんなわけ……」


 ————ドンッドンッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド


 叩く音は激しくなり、車体も揺れる。


「な、なんだ!?」


 驚いた二人は、車から出て後方に回った。

 明らかに、この音はトランクからしている。


「だ、誰かいるのか?」

「まさか……そんなわけ————」

「そうじゃなきゃ、この音はなんなんだよ!!」


 恐る恐る河藤はトランクを開ける。

 すると、中にあったのは、床下の収納庫に隠し入れたはずの高城だった。


「……ひどいじゃないか!! この僕をこんなところに閉じ込めやがって!!」


 しかも、死んだと思ったのに、彼は生きている。

 頭を押さえながら、起き上がった。


「お……お前……どうして————生きて——……」

「どうしてって何? え? 僕が死んだと思ってたわけ? 酷くない!?」

「いや、だって、お前……頭————……って、なんだ。生きてるのかよ……よかった」


 これで殺人犯にならなくて済む。

 市村は嬉し涙を流しながら喜んだ。

 河藤も、すまなかったと何度も何度も頭を下げる。


 そして————


「あ、これ、車の鍵!?」


 なんと車のキーはトランクの中から見つかった。


「こんなところに! とにかく、急いで病院に行こう」

「そうだな。高城、お前、後ろのれよ」

「歩けるか?」

「ああ……」


 三人はそのまま近くの病院へ向かった。

 無事に病院に着き、高城の診察を待っている間、二人は顔を見合わせる。




「……なぁ、俺たちがあの家に運んだのは、なんだったんだ?」





《終》



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