突撃! 異世界住宅事情 ~異世界和風建築……和風建築?~

真偽ゆらり

若い独身虎獣人・猫系獣人向け物件

「こちらは若い独身者向けの住宅ですね」


 転生者を祖父に持つ冒険者兼漫画家の女、マゴノは内見案内人に連れられ和風建築な一軒家にやってきていた。


 和風建築とは彼女の祖父が漫画の中で度々登場させる木造の建築物で、初めて彼女がこの郷――トラッヘンに訪れた時に祖父の漫画に入り込んだかの様な郷の風景に驚愕と感動を味わったことを彼女は生涯忘れる事はないだろう。


 案内人が引き戸の玄関を開け中へと促されて早々、マゴノの足が止まった。

 玄関上の屋根――ひさしが梁が通っていたり筋交いらしき補強が入っていたりと妙に頑丈そうな造りをしている。


 『庇の上はどうなっているのか』と興味を抱くも案内人に再度声を掛けられ、『案内されればいずれ分かるか』とマゴノは思い直し家の中へ。


 和風建築らしく土足厳禁で、玄関の戸を越えると木目模様が美しい下駄箱と一段上がった板張りの廊下が彼女たちを出迎える。


「スリッパとかは無いっすか?」


「え?」 「……え?」


「ああ、上履きですか。それは炊事場だけで十分でしょう?」

「うん?」


 案内人とマゴノの間には認識のズレがあった。

 しかし、それはある意味当然のこと。

 トラッヘンは虎獣人を主とした猫系獣人が住まう郷。案内人の頭に付いてる黒地に白丸斑点のトラミミを見ても分かる様に案内人は虎の獣人である。獣人ではないマゴノとは習慣やら感覚は同じではない。


「ではまず吹き抜けになっている廊下の梁か壁を蹴って跳んでいただくか、玄関天井の縁に手を掛けるなりして逆上がってこちらへ」

「うぇ!?」

「はい、上です」


 釈然としないながらも案内人に倣って梁を使った三角飛びで続くマゴノ。


「え、これって……」

「はい、二階側玄関入り口でございます」


 マゴノの目に映ったのはつい先ほど靴を脱いだ際に見た玄関と全く同じ光景。

 マゴノは既視感に混乱しながら二階側玄関の戸を開ける。そして、その先で見た郷の風景を見て納得する事にした。


 平然と屋根の上を道代わりに走る郷の住人達。軽々と屋根に跳び乗ったり、道を挟んだ向かい家の屋根に跳び移ったりもしている。


 そう、トラッヘンの住人からすれば家屋の屋根も道同然なのだ。屋根が道なのであれば二階側にも玄関があるのは道理……と、マゴノは無理やり頭を納得させて戸を閉めた。


「あれ、何処行ったっす?」


 振り返った先にいたはずの案内人がいない。気配は上の方から。


「こちらです。二階側玄関は天井も出入り口になっております。戸締りの際はこちらの鍵もお忘れなきように」


「はぇ~知らなかったっす。和風建築って二階にも玄関があって、入り口が三つもあるもんなんすね」

「あ、裏口や勝手口もありますよ」


 違う、違うぞマゴノ。二階に玄関がある家は一階が積雪で埋まる豪雪地帯や段差地で高低差のある場所にあるにはあるが、その家は当てはまらない。雪が滅多に降らない温暖な気候のトラッヘンで整地された土地に建てられているのだから。


 裏口や勝手口は後で通り掛かった時に、と案内人はマゴノを連れて二階の部屋を案内していく。


ふすまじゃないんすね」

「襖では鍵がかえませんから。あ、でも客間は襖ですよ」


 案内された部屋は板張りで、押し扉だった。


「ちなみに畳はないんっすか?」

「マゴノ先せ――お客さんもお好きですね~」


「え?」


「実は私も好きなんですよ~あの爪に引っ掛かる感じが」


「……え?」


「少しお値段が張りますがご用意はできます。ただ、少々お時間をいただくので用意ができるまで爪とぎはこちらをご利用ください」


 戸惑うマゴノに紹介されたのは一面の壁。他の壁とは質感の異なるその壁には木目模様などは無く、何かが引っ搔いた跡を修復した様な模様が無数に広がっていた。

 マゴノがその壁を撫でてみると模様に沿った凹みなどはなくただざらついた感触があるだけで、マゴノにはその用途が分からない。


「えっとこれは?」

「はい? 爪砥木つめとぎですけど」


 マゴノは聞いても分からなかった。いや、爪を研ぐ用の壁だというのは分かる。だが、滞在用に家を買うだけで郷に移住するかまでは決めてないマゴノにペット用品らしき壁を紹介されたのが理解できなかった。


「爪砥木は各部屋にご用意してありますし、爪とぎをし過ぎて爪砥木の再生が追いつかなくなった場合や寿命で枯れてしまった場合は月三回までは無料で交換いたしますのでご安心ください」


 後にマゴノが調べた資料によると爪砥木は水分を与えると細かい傷を修復する生命力の高い木材で安価な爪とぎ用の板としてトラッヘンでは利用されているとのこと。

 ここで一つ補足の説明をしておく。若い猫系獣人において爪とぎは昂った感情を発散させる行為の一つである。忌避や羞恥するような行動ではないが、中にはある行為の代償行動として多用する者も少なからずいた……目の前の案内人とか。


「それではマゴノ先せ――お客様、一階の方をご案内します」

「あの、呼びやすい方で呼んでくれればいいっすよ?」

「ダメです。お客様、と一線を引いておかなければまともにご案内できる自信がございません。私はマゴノ派ですので」


 トラッヘンではマゴノやその祖父が描いた漫画のファンは多い。それこそマゴノがファンにチヤホヤされたくて長期滞在するための家を探す程に。


「うへへ。そ、それはどうもっす。後でサインとかいるっすか? 絵も描いてちゃうっすよ!」

「いいんでしゅか!? ――ゴホン、失礼しました。ではこちらに」


 案内人は少し頬を赤らめつつ吹き抜けから一階へと跳び降りていく。

 それに続こうとして廊下の縁に足先を掛けたマゴノがふと抱いた疑問を階下の案内人に投げかけた。


「階段はないんすか?」


「え?」 「……え?」


「だから階段……」

「え、いります? 飛び降りた方が早いですよ?」


「え?」 「……え?」


「いやいやいや、危なくないっすか!?」

「あはは、マゴノ先――お客様はご冗談が上手いですね」

「いや、冗談ではなく」

「何をおっしゃいます、トラッヘンへの護衛を単独でこなせる冒険者でもあるお客様がこの程度に危険を覚えるはずがないですよね」


 トラッヘンは他所からは『弱者を拒む試練の地』や『万雷の辺境』『豊穣と強者の隠れ郷』と呼ばれる程に魔境の僻地にあった。生半可な冒険者では辿り着く事すらできず、訪れることができるだけで一流の冒険者と呼ばれる程の。

 そんな場所に碌に戦えもしないモノを一人で護衛しながら辿り着けるマゴノの実力は言わずもがな。その実力者が二階程度の高さから落ちて怪我をするだろうか、いやない。


「待つっす! 確かにその通りなんっすけど、徹夜で漫画を仕上げてたりするとフラフラで変に手を突いて痛める可能性は無きにしも非ずっす」


「それはいけない! こんな家はヤメテ、階段付きのファミリー向けの住宅にしましょう」


「いや……あの……私、独身。漫画が恋人みたいなもので、そのっすね……」


「ちょっと何言ってるか分からないですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

突撃! 異世界住宅事情 ~異世界和風建築……和風建築?~ 真偽ゆらり @Silvanote

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ