取りつかれたものの悲劇?

引っ越し

 彼は引っ越しを余儀なくされた。


 忙しい合間を縫って訪れた不動産屋。

 彼の条件は厳しかった。

 内見すればもう、即決だった。

 否や。そこしかなかったのだ。


 奴だ。

 奴のせいだ。


 奴はある日突然、彼の前に現れた。


 うるんだ瞳で彼に訴えかけてきたのだ。

 それは奴の術だったのだ!

 優しい彼は抗えなかった。奴は人の性格を見抜く能力を持っていたのだろう。こいつなら……。彼を見た瞬間、目を光らせ、舌なめずりしたに違いない。


 いったん家に入れてしまえばもう、奴は暗がりに飛び込み、出てこない。

 しかし、彼が仕事で日中いない間には出てきていたのだ。

 彼はもともときれい好きであったが、奴が家に入り込んでしまってからはもう、部屋のなかは見るも無残な荒らされように。汚され、引っ掻き回され、ついに大家の知るところに。


 言い訳しても大家は聞かなかった。

 即刻出て行けと追い出されてしまった。


 ああ、神よ!

 この悪魔め!


 祈っても、呪っても、もう遅い。


 奴がいる限り、彼に行き場はない。

 友人の家に長く間借りすることも出来ない。

 決して行儀のいい奴ではないのだ。

 封印の箱は手に入れたが、奴はあの手この手で出てこようとするに違いない。


 元の家を追い出されることになった時、奴を始末しようとしたことはあった。

 そのあてはあった。

 あそこなら……。

 だが、彼はそこを頼ることが出来なかった。


 彼はすっかり奴に魅入られてしまっていたのだ!

 奴と縁を切れる機会を自ら手放したのだ!


 同僚は笑っている。

 笑われている。


 ばつが悪そうに、彼は必死で家を探した。

 奴とも同居出来る家を。


 同僚は彼のいないところでひそひそ。


「あいつ、なんか変わったよな」

「ああ」

「でもさあ……」

「そうそう、何か、ねえ?」


「幸せそうだよね!」


 今日からここで、奴と暮らす。

 高い買い物だった。

 だが、もう仕方ない。

 あきらめた。


 今日も彼は、奴への貢ぎ物を抱えて帰る。



 「ニャアァ」


 人の苦労も知らず、奴は彼の手から貢ぎ物を奪っていった。

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取りつかれたものの悲劇? @t-Arigatou

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