いる……

 結局この物件を選んで数日が経った。

 ここに決めたと私が言った時の不動産屋の顔はたぶん忘れられない。

 歓喜と不安が入り混じった表情、口元が小刻みに震えてて、紅潮した頬なのに目元はどんよりと窪ませてて、真っ青にしてた。


「はぁ……疲れたぁ……」


 とりあえず荷解きをキリの良いところまで終わらせて、かたまった体を伸ばす。


「お疲れ様☆」


 降り注がれだ声の方に振り返り、最初にこの部屋に来た時と同じように、じろりと睨む。

 あの時は私が睨まれていたから、立場は逆転してしまっているけれど。


「出ていけぇ……」


 私の口から懇願にも呆れにも似た声が漏れる。


「出ていけぇ……!」


 脱力しそうになりながらも、私はそれに近づく。


「この部屋から出ていけぇよぉっ……!!」


 私の絶望や憤怒が入り混じった言葉にも、女は相変わらずヘラヘラと笑っている。

 私が荷解きしながらも見ていたテレビ番組を一緒になって見ながら、楽しそうにケラケラ笑ってる。

 マジで坊さん呼ぶぞ……。


「マジで坊さん呼ぶぞ……」

「やめてっ!消えちゃうっ!」

「あぁ、口に出しちゃってた?ちっ、バレずにめっしようと思ってたのに……」

「まだ、口に出しちゃってるよ!……ほら、もういろいろ諦めて、しがない同居人が増えたと思えばいいじゃない?」

「いいわけあるか。家賃も払わず、私が見てる番組見ながらヘラヘラしてる盗人猛々しい奴が同居人ヅラすんな」

「手厳しいっ!でも、ほら、私はご飯も食べないしお金もかからないし、いざとなれば浮けるし邪魔にもならないじゃない?」

「お金はかからないけど、物にも触れられないから簡単なお手伝いもできない、なんの助けにもならないから存在自体が邪魔」

「ヒドイっ!私のおかげで安く住めるくせにっ!」

「もう契約終わったから用済みだ。出ていけ」

「利用するだけして、捨てるなんて!人でなし!」

「イヤな言い方すんな。そして人でないのはあんたの方でしょ」


 およよ……と鳴き真似しながらチラチラこちらを見る女に向かって、私はこれみよがしに深いため息をつく。

 はぁ……気楽な一人暮らしをするつもりだったのに……なんでこうなったんだろう。

 一人暮らしするはずが、もう一人いる。

 私が来た時にはすでにもう、一人がいる状態だった。

 いろんなことがあって、いろんなことに疲れて、これからの私はもう一人でいるつもりだった。 

 でも、今は私以外のもう一人といる。


「ほら、SNSなんてものに頼らずとも、実質あなたはもう一人じゃないわけで……これなら寂しくないでしょう?私はあなたをいたずらに傷つけることもないし、お金もかからず、あなたの愚痴くらいは聞いてあげるしさぁ……こんなお得なしがない同居人いなくない?」

「いないし、いなくていい。心底いらねぇ……」

「えぇ……!!」


 私はまだ鳴き真似をしている女に背を向けて、玄関の扉を開いた。

 はぁ……。

 生きているとか、死んでるとか関係ない。

 この部屋から即刻、ご退去願いたい。

 そんなことを思いながら、一人分の名前が書かれた紙を表札として差し込んだ。

 けれどここには、もう一人いる。




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もう一人いる…… うめもも さくら @716sakura87

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