私の第六感はあてにならない

石衣くもん

🏠️

 私はとにかく虫が大嫌いだ。

 ありとあらゆる虫が嫌いで、その中でも一番嫌いなのがGから始まる黒光りである。


 夫と結婚して、義両親が住んでいた家を譲り受け、彼らは新しい家に移り住んだため、古い家だが新婚からマイホームを手に入れることができた。新しい生活に慣れる間もなく第一子、真子が誕生し、喜んだのも束の間で、第二子、美子が年子で誕生した。二人の子供の世話に追われる、忙しくも充実した日々。

 そんな私の幸せをぶち壊したのも、やっぱり虫であった。


 真子が来年小学生、というタイミングで家の柱がシロアリに食われていることが判明したのである。


「あんな古い家に住まわせて悪かったわねえ。新しいお家、私達も半分お金出すからね」


と、お義母さんに言われ、めちゃくちゃありがたかったわけだが、その一方、家を選ぶ権利が私達夫婦だけのものではなくなった。

 内見も基本的に私達とお義母さん、予定が合えばお義父さんも一緒に来て、


「風水的に気運が悪い」


とか、


「この距離では孫たちに気軽に会いに来れない」


とか、私達夫婦は気にしないことも家の条件に加わっていった。


 ちなみに、私達夫婦の条件はシンプルであった。

 予算内で、家族四人で暮らせる広さの、夫のみの希望が駐車場に屋根があること。

 そして、私のみの希望が、近くに畑や田んぼ、山や川が近くないことだ。つまり虫が少ないシティ寄りの家を希望していたのである。


 しかし、そうなると義両親の家から離れてしまうか、大幅に予算をオーバーするかになってしまう。

 住宅の購入は困難を極めた。

 基本的に一生ものの買い物になるはずなので、当然であると言えば当然なのだが、タイムリミットは決まっている。

 真子が小学校を途中で転校するのはかわいそうだし、私だけの思いで言うと、シロアリが住んでいるあの家から一刻も早く引っ越したい。


 そんな状況の中、私達はとある住宅の内見に行くことになった。

 場所は義両親の家から車で十五分くらいで、周りに田んぼや畑、山、川もなく、閑静な住宅街の中にある一軒家だ。


 私はその家の外観を見て、運命的なものを感じた。それは、長きに渡る物件探しに、疲弊してきていたのも要因の一つだったと思う。

 あ、私たちはこの家に住むのかも。

 そんな予感を内心覚えながら、営業マンに促され、私達家族は家の中に入った。


 新築ではないが、内観も綺麗で、夫、お義父さん、お義母さんも私と同じく好感を持っているようだった。彼らも、そろそろ決めたいと思うくらいには疲弊してきていたのである。


「こちらの物件の売りは、収納スペースが多いところでもあるんです」


 確かに広いクローゼットもたくさんあるし、屋根裏部屋のような天井は低めの物置部屋まであるようで、一階の内見の時点でほぼほぼ私の気持ちは決まりかけていた。


「まこー、見てー!」


 ほら、子供たちもあんなに楽しそうに……


「わー! でっかい虫しんでるー!」

「こっちにちっちゃい虫もいるよー!」


 真子と美子は、広いクローゼットの奥の方でキャッキャとはしゃいでいる。

 ……でっかい虫?


 私が恐る恐る二人に近付いていくのを追い越して、営業マンがティッシュで何かを拾い、中が見えないゴミ袋へ押し込んだ。


「すみません! 掃除が行き届いていなかったようで! 大変失礼いたしました!」


 私がとにかく虫が嫌だと伝えてあるからか、大袈裟に謝られ、大丈夫ですと言おうとした時に、お義母さんの


「キャー!」


という声が聞こえて、慌てて振り返った。

 お義母さんは変なポーズで固まっていて、その足元には何故かティッシュが落ちている。


「お義母さん!? どうされたんですか!」

「あなたはこっち来ちゃだめ! 虫だめでしょ!」


 お義母さんは、私が虫嫌いなのをよく知っており、目の前に動きの遅い弱ったGが通りかかったので、私に気付かれないようにGにティッシュを被せて履いてるスリッパで踏み潰そうとしたところ、Gがティッシュから出てきて私の方に向かおうとしたので、咄嗟にそのままスリッパで踏み潰してしまったらしい。


「この家虫がいっぱいなんだねー!」


 そう、無邪気に子供たちが笑っているが、大人たちには気まずい沈黙が訪れていた。


 先ほどまでは、ほぼ、この家で決まりかけていたが、当然、私の猛反対により、家探しは振り出しに戻ったのである。

 

 しかも、もう他の部屋は見ずに帰ると伝え、外に出た瞬間、でかいGが横切ったため


「なんなんですか! この家!」


と、営業マンを問い詰めたところ


「実は今は潰れたのですが二軒となりに居酒屋がありまして、そのせいか、その、よく……いや、たまに虫が出るということは聞いていたのですが、もうお店もなくなったし大丈夫かと思いまして……」


などと、虫が出ることが分かっていて紹介してきたことが発覚し、不信感から、物件どころか不動産屋自体も変えることになった。


「ありがとね、真子、美子」


 私は、何も分かっていない二人をしっかりと抱き締め、この子たちが幸せに暮らせる、かつ、私が穏やかに暮らせる家を見つけると、改めて決意したのであった。

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