ぬらりお宅拝見~妖怪子孫の俺、住宅情報をすっぱ抜く。でもここはちょっと厳重すぎひん?怪盗でも捕まえんの?~
れとると
三顧の礼
先祖返りで力を得た彼は、その能力をいかし、仕事としていた。
それは――――まだ人が住んでいる住宅の、調査だ。
彼の調べた情報は、不動産営業を生業としている者たちに高値で売れる。
良次郎の仕事ぶりが評判を呼んだのか、最近では依頼も舞い込んでくる始末だ。
今日は信頼できる馴染みの営業マンからもらった、さる富豪宅の調査、なのだが。
(――――帰ろう。これはヤバイ案件だ)
彼は依頼をされたターゲットのお宅を拝見しようとし、怖気づいた。
それはただの掘っ立て小屋、だった。
ぼろい。明らかに隙間風入ってる。中に便所しかないんじゃないかって狭さだ。
ただし。
(2km四方にボロ小屋一個とか。明らかにヤバイ)
彼は敷地入り口からさらに距離をとり、その中をスコープで見定めていた。
なお右と左と後ろと正面奥には、普通に高級住宅地が見える。
そのど真ん中である、ここだけがおかしい。
おまけに、門も塀もない。木の柵がおざなりに公道との間を挟んでいる、だけだ。
(だが確かに、土地だけではなく建物の登記がされていた。そこは間違いない)
その上、依頼元は確かである。
良次郎は……迷っていた。
調査を続けるか、否か。
(報酬はこの近辺の住宅を調べるものとしては、妥当。
依頼自体に罠のような匂いはない。
だとすれば、それは正しい。間違っているのは……)
良次郎はスコープをおさめ、慎重に、敷地に近づく。
そして腰に下げたポーチから、小石をとりだし……木の柵に向かって投げつけた。
バチッ、と、雷鳴のような音がした。
「ッ!?」
思わず息を呑んで身構え、状況を注意深く観察する良次郎。
雷光が敷地と公道の間を、波紋のように広がっていく。
うっすらとだが……敷地の中に、何か見えるような気がした。
(やっぱり、間違ってるのは俺ってわけね。魔術防御、か)
光がおさまり、静かになる。
良次郎は引き返しながら……舌なめずりをした。
(上等。目にもの見せてやんよ)
◇ ◇ ◇
翌日深夜。
彼は、現れた。
良次郎は、遠くの掘っ立て小屋を暗視機能付きゴーグルで確認。
改めて、フードを被った。
彼のまとった外套が……その身を不可視にしていく。
(俺の能力で侵入を遂げるのは、最後の最後だ。
どうせ、トラップ満載なんだろ?
こっちだって十分な用意はしてきた。さぁ、お宅を見させてもらうぜ)
前回は、小石が触れるだけで雷光が走った敷地の境。
そこを彼は、するり、と抜けた。
(魔力波長の変化周期は0.1秒。だがパターンが丸わかりだ)
侵入者を検知する仕組みを紐解き、対策。
こうして彼の不法侵入は始まった。
まずは庭。
人間の子どもほどのサイズの犬が、大量に徘徊している。
だが……彼には無反応だ。
(庭の番犬は、この辺で流行りの魔法生物。
こいつらは電子的光学迷彩を目にすると、本来の魔術的センサーが全部反応しなくなる。
メーカーがひた隠しにしてる不具合ってやつだ)
彼は悠々と犬の間を歩く。
(お、今のは普通のワンちゃんだな。ただの犬を混ぜるのも防犯のセオリー通り。
けど、この子らは魔術による隠ぺいがされてると気づけないのよね)
本来なら良次郎が施している魔術的な防御には、魔法生物が反応する。
だがそちらは、彼のまとっている光学迷彩コートによって無害な置物と化していた。
(で。この距離になってやっと、魔術隠ぺいを施してるお宅の外装が見える、と。
金のかかったセキュリティだねぇ)
掘っ立て小屋はただのダミー映像。
彼はゴーグル越しに、立派なレンガ造りの屋敷を見ていた。
(人間を配置してれば、もうちょっとは俺に気づけるんだけど。
まぁガードマンは高いしな。そもそも、この辺でそんな防備は必要ない。治安いいし。
ん…………?)
良次郎は玄関に差し掛かったところで、ぴたりと足をとめた。
(ならなぜ、こんな厳重な真似を……いや、待てよ)
彼は木製に見える重厚なドアを眺め――――そして気づいた。
(おいおい、中が見えてない。このゴーグルは特別製だぞ。
距離制限はあるが、魔術防御を抜いて壁の向こうを見ることだって、できる。
……まさか!)
良次郎はドアに近づき、そのノブ付近をまじまじと見た。
一見、ただの普通のドアノブだ。
ただ……鍵穴が、なかった。
(やられた! 複合センサーでの電子暗号錠!
魔術に傾倒しておいてこれかよ! 金かけすぎだろ!!
登録済みの人物出ないと明かないし、何より!)
彼は後ろを、ちらりと見た。
そこでは、無数の犬たちが目を光らせている。
(姿を見せないと開錠できない! くそっ!!)
良次郎はドアから身を離し、忌々しげに建物を見上げた。
(――――必ず、その中。見せてもらう)
◇ ◇ ◇
後日。
そのお宅に侵入しようとして、逮捕者が出た。
そいつは犬たちにぼろぼろにされながら、なんとかドアまでは開けたらしい。
だが中から出てきたゴーレムによって、捕えられた。
「…………っていうニュースがあったから、心配したのによ。
お前これ、どうやって手に入れたの?」
高価な紺のスーツに身を固めた男が、ノートパソコンから顔を上げる。
彼の見ていた画面には、間取りはもちろん、住人の詳細、経済状況や家庭の事情までがびっしり書かれた資料があった。
「内緒。企業秘密ってやつ」
良次郎は、両手を上げて肩を竦めた。
「そう言われてまで聞きゃしないがね……。
なんで昨日の奥さんの小言まで書いてあんのさ」
「だから内緒だって……おっと」
彼は、窓の外から手を振る人物に気づき、立ち上がった。
「お? 約束あるって言ってたが……………………おいちょっとまて良次郎」
喫茶店のすぐ外の通りにいる女性を見て、営業マンはパソコン画面と窓の外を見比べた。
良次郎が、にやり、と口元を歪める。
彼は妖怪・ぬらりひょんの血を引く者。
そいつは夕暮れ時に現れ、自らを家の主人と錯覚させるという。
転じて。
時によき友となり、時に養子となることもあった。
そして、今回は。
「今度結婚するんだよ。いい家――――紹介してもらえないか?」
ぬらりお宅拝見~妖怪子孫の俺、住宅情報をすっぱ抜く。でもここはちょっと厳重すぎひん?怪盗でも捕まえんの?~ れとると @Pouch
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