本日のミンナは住宅の内見

葛鷲つるぎ

第1話 住宅の内見

 魔王討伐の儀を成功させたミンナは、次に住宅の内見を行った。魔王領をかすめ取られた王国からの攻撃をかわしながら、変装をし住み心地の良い家探しを始める。


 元魔王領・現ミンナの私有地はもちろん、外にもいくつかの拠点を用意するため、良さそうな住宅であるなら契約をする前提だ。


 そんな表向き一人暮らしの新居探しは、ミンナの予想を超えて難航した。時間だけで測るなら、魔王討伐より難度が高かった。

 魔王討伐の儀は古くからある強固な契約の魔法だが、最大の難所は討伐の制限時間が三分しかないところにある。厳しい制約がある分、それだけ強制力のある魔法に仕上げられている。


 しかも儀式そのものは伝統的な様式でもあるので、より一層強力なのだ。三分で魔王を倒さなければならない、この一点のせいで誰も成功したことがない魔法だった。


 当然ながら、ミンナの魔王討伐の儀は世界中に広まった。伝説を打ち立てた彼女を一目見ようと大陸全土津々浦々、外国の観光客まで、ミンナがここで魔王を倒したとされる王都へ押し寄せた。


 正確には、魔王討伐の儀式を執り行った場所になる。


 ミンナの容姿も知れ渡っていた。


 黒と白のだんだら模様。長い髪を後ろに高く一つに結っている。ミンナは恩返しのためとはいえ利己的な理由で魔王を倒したことのけじめとして、ずっと喪服の黒装束を着て生きていくつもりだったが、ほとぼりが冷めるまでの間はいろいろな変装を試みた。


 男ばりの身長を活かした男装から尼僧っぽい恰好。護身も兼ねて刀は差したままでいたかったが、ミンナの刀は真っ白で目立つ。代わりに小刀を懐にしまった。


「こちらはどうですか? 近頃は魔王が倒されたので、勇者を一目見ようと探し求めて暫くの拠点にと、宿泊施設は全部押さえられていますから、ここもすぐ埋まってしまうと思いますよ」


 不動産の者が、直近の動向を理由に契約を迫っていた。


 ミンナは制限時間が短く倒す機会が一度あるかないか、という魔王討伐のために時間を使ってきたので、世間のことをあまり知らない。


 しかし養い親は知恵者だったので、今回のようにすぐに埋まると心理的な余裕を奪うやり方があることは、住宅の内見をしに行くと伝えた時に教わっていた。


 ミンナの養い親は人間社会でいえば放任主義だったが、ミンナが何か尋ねたり報告したりするごとに沢山の知識を授けていた。養い子は聞き逃すまいと、いつもきちんと耳を傾けていたので、不動産の者による揺さぶりに動じなかった。


「そうですか、どうも」


 ミンナは会釈をして、この物件を断った。


 部屋は広く日当たりも良かったが、全体的に住宅の管理状態に疑念を感じる様相だった。拠点として長らく住む予定であるのだから、妥協をするつもりはなかった。


 次にミンナは、灯台下暗しを主題とした王都にある住宅を内見した。


 王都の不動産は、田舎者の足元を見る者が後を絶たないという。今時の流行りだという恰好をし、悪くない物件を押さえようとしたが、それがかえって駄目だった。


 王都の中でも人の出入りが多い門付近の、手ごろなお店。そこの店員がコーディネートする衣装そのまんまだと、不動産の者はミンナをあげつらった。


 物件は見るだけ見たが、契約する気が失せていたので可もなく不可もなく住むための確認をする気もなく、その内見は終わった。


 その帰り、気まぐれに自分が儀式を行った広場まで行くと、噂には聞いていたが完全に観光地と化していた。人混みが苦手なミンナから、魔王領の一部を観光地にする案が完全に消える。


 前の不動産の人が言っていたことは本当のようだ。と心の中で独り言ちる。


「あの、すみません」


 人が一人近づいてきて、小声でミンナに囁いた。


「勇者様ですよね……?」


 ミンナが振り返ってよく見ると、微弱ながら精霊眼の輝きがあった。嘘を見抜く瞳。ミンナの変装は物理的なもので魔法によるものではかったが、どれほど弱弱しい精霊眼でも真贋に魔法の有無は関係ないようだった。


「君のその目は……?」


 精霊眼の主の家まで歩いて、出されたお茶をすすりながら、ミンナは気になっていたそれを訊ねた。


「あ、これは精霊眼を手にしてみたくて実験した結果です。魔眼としては偽物もいいところだし、力もとても弱いですけど、まずまずの成果かなって思っています。あ、僕はリュシェっていいます」


 リュシェはミンナの五つ下の女の子だった。その年齢で精霊眼を研究し発現させてしまえる才覚。茜色の髪にそばかす。極彩色の精霊眼が解除されると、緑眼が現れた。背丈はミンナの肩ほどある。


 敵だったどうしよう。


 ミンナは素直についていったことを、やや、否、けっこう後悔した。魔王を倒すこと以外、まともに思考を割いてこなかった弊害である。ミンナは自分が自覚するより、ずっとポンコツなところがあった。


「あの、お礼を言いたくて。父さんと母さん、今が稼ぎ時だって大忙しなんです。勇者様が魔王を倒してくださったお陰で、販路が広がりそうだと言ってました」


「そうなの」


 一般家庭の独学で精霊眼の獲得。やはり只者ではない、とミンナは心の警戒心を上げた。養い親が見ていたら呆れるほど、十七才の少女は人との付き合い方や距離感を理解していなかった。


「お茶、どうですか? 王都にある、ちょっとマイナーなお店なんですけど、魔力の巡りが整いやすくなるって魔法使いさんには人気なんです」

「……私、魔法使いじゃないよ」


 リュシェの方も、口振りからして魔法に造詣があるくらいと見えた。その資質は尋常ならざるものだったが。


「勇者様ですよね。存じてます。魔王を倒したんですもの。でも!」


 リュシェは興奮で目を輝かせ、ミンナをのけぞらせた。


「あんな古い魔法術式が錆びずに使われるなんて! 初めて見ました!」

「強力な魔法だからね」


「構築された術式される理由はそうでも使い手も充分に術式を理解していなければ効力は半減されますよね。しかもあれは発動するかしないか。そこは現代魔法と同じはずです。古典的魔法力学は現代魔法の基礎ですからね。現代的魔法力学の原点とも言えるような素晴らしい構築術式でした!」


「養い親がエルフなんだ。古い術式を使えるのはそれが理由」


「なるほどです! でも実際に使えるかどうかは本人の資質ですよね。勇者様は私と同じ人間なのにあそこまで綺麗に古い術式を扱えるなんて……!」


 才能の塊から、そんなうっとりと言われても。

 ミンナは、そっと目を逸らした。


 リュシェの家はごく一般的な建築様式で経っていた。娘による魔導書やら研究関連と思しいものが侵食している嫌いはあるが、それも含めておおむね庶民の家である。商家の規模としても中堅といったところか。


 リュシェの実力が知られていないのは、本人の性格と身分による選択できる職業の狭さにあった。代々商売を営んできた家に、とつぜん現れた天才。


 庶民であっても魔法は使えるが、たかが知れている。というのが一般論だ。偶に現れる強力な魔法使いの卵を拾う社会制度はないでもないので、リュシェのように独学でも勉強が可能な環境はあるが、やはり限定される。血筋や身分が認知の壁を築いていた。


 孤児ともなればミンナのようにエルフに拾われた結果でなければ、最低限の資質でも最高品質の魔法が扱えるようにはならない。


 という風に、ミンナは自覚するよりポンコツだが、魔王を倒すために磨かれた観察力はリュシェの背景を驚くべき精度で捉えていた。


「お茶、ご馳走様でした。お土産も、ありがとう」

「次は弟子にしてもらえるように頑張りますね!」

「ううん、私そういう柄じゃない」


 養い親が居たなら、一度くらい話を振ったかもしれないが。ミンナはお暇するまでの間にリュシェから弟子入りを申し込まれていたのだった。野生の天才に教えられることはミンナの実力にはない。


 ミンナは魔王を倒した勇者であって、魔法使いではないのである。リュシェの家を密かに内見と同じ着眼点で見ていたくらいだ。参考になるかは分からないが、リュシェの痕跡がいつかは活躍することもあるだろう。


(ぼくは好きだったけどなあ)

(あんなの、国内に住んでる時ならともかく、魔王領では事故が起きないように徹底的に管理しないと)


(逆では……?)

(家中が胞子まみれ、きのこまみれ、なんて……い、ひ、ひ……)


 ミンナは、皆で一つの命である。


「結論は変わらないよ」

(だねえ)


 だから答えも、皆で一つだった。



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本日のミンナは住宅の内見 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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