住宅内見サバイバル

山岡咲美

住宅内見サバイバル

「この先だよねタクミ」

 新しく造成された大きな分譲住宅地をぬけ、黒のSUVが走っていた。

 助手席に明るい髪色のショートカットの女性。

「そうだよミカ、内見に行くのはもう少し奥まったところなんだ」

 ハンドルを握る若い男性がそう答える。

「パパママまだ? ヒトエちゃん疲れて寝ちゃたよ」

 後部座席で真っ黒な長い髪の小さな女の子が隣の席を見てそう言った。

 小学生の真ん中くらいだろうか?

 隣の席ではシートベルトからズレ落ちようとしてる同じ髪型の女の子、少し疲れた様子で眠っている。

 二人とも真っ白なワンピースを着ている。

「フタエちゃん、もうすぐつくからね、ヒトエちゃんの事見ててね」

 ミカは後ろを振り返り娘のフタエにそう言った。

「わかった……」

 フタエはヒトエを少し持ち上げシートベルトを直し、二人の間にあるフタエのお気に入りのアニメヒロインがプリントされたリュックサックからタオルを取り出しヒトエのおでこに当てた。

 ヒトエのおでこは少し汗ばんでいた。


 *


「ねえタクミ、本当にここ?」

 ミカの目の前には木のはりの間をレンガで埋めたハーフティンバー建築の古い洋館がたたんでいた。

 手入れはされているようだがどことなく不気味だ。

「ああそうだよミカ、いい物件だろ?」

 正面の枯れた噴水の前にSUVを停め、タクミとミカは車の外で二階と屋根裏の窓が見えるその大きな建物を見上げた。

「確かにいい物件だけど、本当にこの建物が五百万円で買えるの?」

 ミカは何か怪しいと思った。

「正確には無制限のレンタルだよ、気に入ればずっと住んでいいし、気に入らなければその権利を売る事だって出来る、だだし――」

 そう言ってタクミは言葉を止める。

「――だだし、改築には管理会社の許可が必要だし必ず住んで管理する事が条件なのよね……」

「家具も今ある家具をつかうのが条件」

「まあ逆に助かるけど……」

 もちろんそれにはミカも納得してここの内見に来たのだが、目の前の洋館の大きさに少し二の足を踏んでいた。

「ねーママ、ヒトエちゃんがイヤイヤしてるー」

 SUVの後部座席でふくれっ面の女の子が首を振っている。

 首を振る女の子の瞳は切れ長の一重まぶた、そしてその横に座る女の子はぱっちりとした二重まぶた、二人は二卵性の双子だった。

「どうしたのヒトエちゃん、具合悪いの?」

 ミカが後部座席のドアを開け心配そうにヒトエのおでこに手を当てる。

「ヒトエまだグズってるのか?」

 タクミがヒトエのシートベルトを外し抱きかかえる。

 ヒトエはタクミにしがみつきタクミの白いワイシャツに頭を押し当てる。

「不動産屋さんでこの家を見てからずっとよ、何かあるのかしら?」

 ミカが心配する。

ヒトエには何か不思議なところがあった。

「古い洋館がヒトエにはお化け屋敷にでも見えるのかな?」

 タクミは住んでしまえば、なれるだろうとタカをくくっていたがここに来て少し心配になる。

「ヒトエちゃん、この家怖いんだって!」

 リュックを背負って一人降りて来たフタエが少しすねるようにそう言った。

 フタエはパパとママがヒトエばかり構うのが少し嫌だった。

 フタエのリュックはとても重そうだ。

「フタエちゃん手」

 ミカがフタエに手を差し出す。

「……」

 フタエは静かに何も言わずその手を握る。

「じゃパパも」

 ヒトエを抱え直し、タクミがフタエに手を差し出す。

「ダメでしょパパ! ヒトエちゃん落ちちゃう!」

 フタエはママの手に両手でしがみつく。

「えーーーー!」

 タクミは娘の反応に少しガッカリした表情でまた両手でヒトエを抱える。


 *


「お待ちしておりました、わたくし管理会社から委託を受けてしばらくの間この屋敷を管理させていただいている、ハウスメイドのヨミと申します」

 そこには黒のロングスカートと真っ白なエプロン姿のメイドの女性がたたずんでいた。

 タクミの腕の中でヒトエがそのメイドの女性を睨みつける。

「可愛らしいお嬢さんですね」

 ヨミはヒトエだけを見てニコリと笑った。


 *


「こちらがキッチンになります、最近改装いたしましてお湯も出ます」

 ヨミが屋敷を案内する。

 本当はタクミとミカは別々に内見するつもりだったが、離れるとヒトエがグズるので一緒に回る事にした。


「こちらがバスルームになります、古い猫脚のバスタブですが床は滑りにくいタイルに張替えましたのでお子様にも安全にお使えいただけます」

 フタエがお腹にリュックを抱え服のままバスタブに入って遊ぶ。


「プライベートルームはほとんど建築当時のままです、エアコンはありませんが、ここは夏でも涼しく過ごしやすい土地ですし、冬は建築当初からある窓際のオイルヒーターで全館暖房となっていて寒さは問題ありませんし、電気のコンセントもテレビのアンテナ線も各部屋にあります、家電製品は好きに持ち込んでいただいて構いません」

 部屋は四人ぐらしの家族にはあまるほどあったがフタエは小さな屋根裏部屋が気に入ったみたいだった。


「裏にはまき置き場がありましてリビングには暖炉もあるので冬に試されると良いでしょう、ただ小さなお子様には注意してください、事故でも起きたら大変ですから……」

 ヨミはそう言って悲しい顔をした。

 タクミとミカは目を合わす、この屋敷は何かがあったのかもしれない、そしてヒトエはそれを感じている?

 タクミはずっとヒトエが内見中ずっとヨミさんを目で追っていた事を思い出す。


 *


「少しお疲れでは? 紅茶とお菓子をご用意しておりますのでお子様とご一緒にいががですか?」

 ヨミは裏庭に面したリビングのテーブルに立派なティーセットとクッキーを用意していた。

「美味しそう!」

 ミカは少し疲れたとばかりに席につく。

「フタエちゃん!」

 ヒトエが突然タクミの抱っこをイヤイヤして飛び降りフタエのリュックに駆け寄った。

「ヒトエちゃんお弁当?」

 フタエはリュックにお弁当と麦茶の入った水筒を入れていた。

 正確にはヒトエが朝、お弁当をミカにねだってミカが四人分の弁当を四つのお弁当箱に分けて作っていた。

 フタエのリュックはとても重そうだったのはこれが原因。

「でもせっかくのお茶とお菓子だし……」

 ミカはテーブルの上の紅茶とクッキーを見たあと、申し訳無さそうにヨミを見上げた。

「ママの作った麦茶とお弁当がいい‼」

 ヒトエはまわりを全部無視するかのようにテーブルの紅茶とクッキーを横にずらし、ミカの作ったお弁当をテーブルに並べ麦茶を紙コップに注いだ。

「おいおい、こんなに作ったのかミカ?」

「だってヒトエちゃんがいっぱいいるって言うから」

 お弁当箱を開けると大きなオムスビとカラアゲ、タコさんウインナー、甘い甘い卵焼きとポテトサラダがキャベツのお皿にのってギッシリお弁当箱に詰まっていた。

「美味しそうなお弁当ですね、紅茶とお菓子はお下げした方がよろしいかしら?」

 ヨミはミカやタクミではなく小さな子供のヒトエにそれを聞いた。

「うん、要らない‼」

 ヒトエははっきりそう答えた。

「頭の良いお子様ですね、大切に育てて上げてください……」

 そう言ったヨミさんは紅茶とクッキーを持ってリビングを出て行き、それ以来現れなかった。


 *


「でも、今日は弁当食べて終わった感じだったな」

 タクミがパンパンのお腹でハンドルを握る。

「うん、あのメイドさんあのあと何処かに行っちゃうし、運営会社に電話したらそのままお帰りくださいとか言われるし、何だったんだろ?」

 ミカはスマートフォンを見つめいぶかしむ。

「どうするあの家?」

 タクミが後ろで寝息をたてるヒトエを気にする。

「そうね、フタエちゃんはどうあの家?」

 ミカが行きがけと同じようにヒトエの隣でヒトエを見守るフタエに声をかけた。

「ヒトエちゃんが嫌なら私も嫌」

 フタエはスヤスヤと眠るヒトエの手を握る。

 答えはもう出ている。

「今回は縁がなかったとしましょ、タクミ」

 ミカがタクミを見つめる。

「そうだな……」

(どんなに良い物件に見えても家族が嫌なら仕方ない)

 タクミは少しもったいない気もしたが、ヒトエの嫌がり方に良くないものを感じていたし、諦めるのが正解だと思った。


 *


 新しく造成された大きな分譲住宅地をぬけ、黒のSUVが自分たちの家へと帰って行く。


 黄泉の国ではそこの食べ物を食べてはいけない。

 食べてしまえばこの世に戻って来れなくなるから…………。

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