KAC2024の作品 竜族の魔法使い 番外編
鈴木美本
『竜族の魔法使い』番外編『アースリヒト』
ドニーには3分以内にやらなければならないことがあった。
話は今から1時間前に遡る。
☼ ☼ ☼
1時間前、ドニーは草原に立っていた。太陽の光に包まれるかのように
ドニーは異世界から召喚された竜族の科学者で、「竜族」と言っても見た目は人間とほぼ変わらず、違うことと言えば「人間より丈夫な体と長寿であること」くらいだ。現在では、グラントエリック王国公認の科学者として、各地の調査に当たっている。
そして、もう1人。ドニーの横には同じ竜族が寄り添うように立っていた。ふわりと揺れる
彼女の名前は「カリン」。竜族の魔法使いで、多くの魔法が使えるため、昔は竜族の
遠い国まで見渡せそうな青い空。明るく輝く初夏の太陽の周りをふわふわした綿雲がゆっくりと流れていく。地上には気持ちよさそうな草の絨毯が敷かれている。今回は新しくできた畜産農家の調査のため、ドニーはカリンとアースリヒトに来ていた。
「今回は『施設の安全性について調査してほしい』と『ブラウ』の科学者たちから要望があった」
「シェルシーさんたちからですか?」
「ああ。彼女の一族には、こちらの管理も任せているから、『新しく造った放牧場を1度見に来てほしい』と頼まれたんだ」
「そうなんですね? わかりました」
「すみませんが、ドニー様とカリン様でしょうか?」
急に声をかけられ、ドニーとカリンが振り向くと、作業着を着た管理者の女性らしき人が立っていた。
「ああ」
「はい、そうですが、ここを管理されている方でしょうか?」
「はい! そうです! ここを管理している従業員の『ペレニアル・オーチャード』です! 本日はよろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げるペレニアルに、ドニーたちは優しく微笑み、会釈を返す。
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ところで、あそこにある分厚い壁は」
「農場と放牧場の仕切りです! 隣で動物たちの飼料になる穀物を育てているんです! 放牧場の壁の近くは、鶏とひよこを育てています! あとは、牛と、羊ですね! たまに野生のうさぎや渡り鳥、特に
ペレニアルは分厚い壁と放牧場の動物たちからドニーたちに視線を戻し──、黙って話を聞いている2人にようやく気づく。
「すみません! 私ばかりが話してしまって!」
「いや、構わないが」
「ええ」
「本当に申し訳ございません! あの英雄のドニー様をご案内させていただけると聞いて、つい、張り切り過ぎてしまって……。『建国史』、小さな頃から読ませていただいていました!」
「ああ、ありがとう」
「『建国史』、ですか?」
「ミモザが書いてくれた『グラントエリック建国史』は、今では伝記や絵本になり、普及しているんだ」
「そうなんですね? 1度読んでみたいです」
「ぜひ! ……あ、そうでした! 早速、中をご案内いたします!」
「ああ、頼む」
「お願いいたします」
ドニーたちはペレニアルの案内で、畜舎へと入っていった。
☼ ☼ ☼
「次は放牧場の動物たちをご紹介いたします!」
「ああ」
「はい!」
「ここには3メートルほどある透明な仕切りがありまして、全ての動物が見られるようになっているんです!」
「そうなのか。放牧場内の移動はどうするんだ?」
「あそこに扉があります。たまにひよこたちが後ろをついてきて入ってこようとしますが」
ペレニアルはニコニコと笑い、すごく楽しそうにしていた。
「一応、対策を考えておいたほうがいい。もう少し放牧場を見せてもらってもいいだろうか?」
「はい! ぜひ! ……あら?」
「──うん?」
そんなことを話しているうちに、ドニーの周りにはもふもふの羊たちが集まってきていた。「ドニー様、本当に『建国史』通り、動物に好かれているんですね!」
「……ああ」
ドニーはもふもふな羊に囲まれつつも、彼らの体を優しくなでる。その姿に感動するペレニアルと、近くに来た羊をそっと触らせてもらい、満面の笑顔で喜ぶカリンがいた。
しかし、突然、畜舎の扉が開かれ、銀の鎧に緑のマントを羽織った男が現れる。あまりの物音に、羊たちがドニーから少しだけ後ずさる。
「突然、申し訳ございません!」
そう言い、男はドニーたちに駆け寄る。
「あれは……」
「アースリヒトの騎士団員だな」
「はい! ドニー様! 騎士団員の『カーソン・ニファー』と申します! それより大変です! この近くでバッファローの群れが暴れています!」
ドニーは話を聞きながらカーソンを観察し、腕の鎧の隙間から血が出ていることに気づく。
「カリン、頼む」
「はい、わかりました」
カリンは頷いた後、騎士団員に近づき、彼の腕に手をかざす。優しい緑の光で包み込むと、血のついた傷口が瞬く間に塞がり、腕がたちまち綺麗になった。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
カーソンは、すぐにドニーのほうへ振り向く。
「アースリヒトの西の地域で、『バッファローが暴れている』と聞き、現場に向かったのですが、バッファローの体当たりがあまりにも強くて、生かして捕らえることができず、慌てて風魔法でここまで報告に来ました! これは私の力不足です。ドニー様、誠に申し訳ございません!」
「気にしていない」
ドニーはカリンに「交代してくれ」と声をかけ、騎士団員の前に行き、彼の服に手をかざす。
「どのくらいでこちらに到着する?」
「遅くても3分ほどで、こちらに到着します!」
「わかった」
ドニーは頷きつつ、力を使い、騎士団員の服を直していく。破れた服の繊維が綺麗になり、だんだんと伸びて元の場所に戻っていく。
「えっ?」
「ええっ? うそっ!?」
騎士団員とペレニアルが驚くが、ドニーは全く気にした様子もなく、カリンに振り向く。
「羊は俺がこのまま誘導する」
「私は牛を中に連れて行きます!」
「ペレニアルは、放牧場の前で待っていてくれ」
「わかりました!」
「カーソンは何かあったときのために、彼女の護衛を頼む」
「はっ! 了解いたしました!」
ドニーは羊に囲まれたまま、建物の中まで移動していく。その間に、カリンは隣の放牧場にいる牛のもとまで跳び、手のひらをかざす。キラキラと緑の結晶が円を描き、球体を形作ると、中から緑の葉のドレスを着た小さな少女が現れる。──植物の精霊だ。
「牛たちを畜舎の中まで誘導して! お願い!」
こくりと頷いた植物の精霊は牛たちの元へ飛んでいき、彼らの周りを飛び回る。その精霊は体から牛の好きな穀物の匂いを漂わせ、にこっと笑いかける。それだけで、牛たちはフラッと精霊の元へ動き出す。牛たちは完全に魅了状態になったまま、精霊によって畜舎の前まで誘導されていく。カリンは牛たちを見送った後、彼らをペレニアルたちに任せ、現在ドニーがいる鶏とひよこの元へ向かう。
一方、先に鶏とひよこの放牧場に着いたドニーは、ひよこに囲まれていた。「ピヨ、ピヨ」と足下で騒ぐ姿は可愛い。しかし、どうすればいいのかわからない。
──このまま連れて行くしかないだろう。
そう判断したドニーは、畜舎へと歩き出す。
「ドニーさん!」
「カリン?」
「大丈夫ですか?」
「ああ。だが、どうすればいいのかわからない」
「わかりました。私に任せてください」
「ああ、わかった。頼む」
「はい!」
カリンが目をつむり、胸に手を当て、深呼吸を1つする。次に目を開くと、彼女の口から綺麗な歌が紡がれる。その歌を聞いた鶏たちが大人しくなり、ひよこたちは楽しそうに彼女について行く。──カリンの歌魔法だ。
鶏とひよこがカリンについて行くのを見送り、ドニーは辺りを見回す。
「もういないか……?」
ドニーが放牧場内に動物がいないか最終確認をしていると。
──バキッ! メリッ!! バキバキバキバキッ!!!
分厚い壁の向こうから破壊音が聞こえ、だんだんと何かが近づいてくる。そのとき、壁の上を何かが通り過ぎる。それは、1羽の
そして、その真下には、逃げ遅れた1羽のひよこと、どこかから紛れ込んだのか、2羽の小さなうさぎがいた。ドニーがその子たちに気づき、助けに向かおうとした、次の瞬間。
──ドォォオオオンッ!!!
分厚い壁がぶち壊された。
そう、それは──全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだった。
ひよことうさぎは、バッファローに一番近い場所にいる。
ドニーは考えるよりも先に体が動いていた。風魔法を使い、急いでひよこたちに駆け寄り、3羽を素早く抱え上げ、一瞬で防護壁を作り上げる。バッファローの群れがドニーの防御壁に当たるかと思った、そのとき。
急に竜巻が起こり、バッファローの群れを巻き上げ、いつの間にか彼らは宙を舞っていた。
ドニーが驚いて振り返ると、カリンが凜とした表情で立っていた。彼女はピンクの花がついた杖を構え、竜巻を操り続ける。そして、全てのバッファローをやわらかく風で包み込んだ後、彼らをゆっくりと大地に下ろす。急な竜巻にあまりにも驚いたのか、バッファローたちが暴れる様子はもうなかった。
すると、先ほどの怖がって逃げていた
「みんな、無事で良かった……」
カリンはドニーたちに向き直り、いつものように、にこりと微笑む。ドニーもまた、すぐに表情を緩め、彼女に微笑みを返す。
「ピヨッ?」
「「……?」」
ドニーの腕の中できょとんとしているひよことうさぎを見て、もう一度2人で、今度は声に出して笑った。
どうやら、事件は何とか解決したようだった。
☼ ☼ ☼
ドニーとカリンは、仲間のロニーと通信するため、召喚施設のあるドラゴンエッグまでやって来ていた。
ロニーはドニーの大親友で、今でも異世界にいて、彼をサポートしてくれている。ドニーが異世界からこちらの世界に召喚されてしまったときも、ロニーは必死に彼のことを探してくれていた。離れていても……、いや、むしろ離れていたからこそ、ドニーとロニーは大親友になれた。かけがえのない友人だ。
それはそうと、現在、ドニーの肩には助けたうさぎが2羽乗っていた。うさぎたちは、ドニーを挟むようにちょこんと座り、ふわふわのほっぺを彼に絶えずこすりつけている。
「ところで、ドニー。そのうさぎたちはどうしたのかな?」
「ああ、これは危ないところを助けたら、ついてきたんだ」
ドニーはロニーと会話しつつ、うさぎをなでる。
「もう1羽、ひよこもいたのですが、親鳥がいたのでお返ししました」
そう言うカリンの肩には、さきほどからずっと
「──うん? ロニー? 何かあったのか?」
ドニーが首をかしげる隣で、カリンがくすくすと笑う。
「カリンも……その
「助けた後、なついてくれて、ずっとついてきてくれたんですよ?」
ドニーに負けないくらい、カリンも
その様子にロニーは、またくすっと笑う。
──本当に2人は似たもの同士だ。
「ロニー」
「うん、何かな?」
「ああ、動物たちが暴走しないように、これから『防衛施設を造ろう』と思っている」
「うん、わかったよ。防衛施設の最新資料をそっちに送るから、少しだけ待っていてくれないかな?」
「ああ、わかった。頼む」
「お願いします、ロニーさん」
「うん、じゃあ、少しだけ待っていて、すぐ戻るから」
ロニーがそういった瞬間、画面が消える。
「ドニーさん」
「何だ?」
「うさぎを抱っこさせていただいてもいいですか?」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます」
ドニーがうさぎをカリンに渡し、代わりに彼女の肩にいた
「可愛いですね?」
「ああ、そうだな」
うさぎを抱きしめながら微笑むカリンを見て、ドニーはふっと微笑んだ。その笑顔は、いつもより優しいものだった。
☼ ☼ ☼
その後、ロニーが送ってくれた資料により、数日後にはアースリヒトに防衛施設が無事に建ったという。
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