【KAC20241+】朝のせわしなさは、全てを破壊する【短編】

ほづみエイサク

朝のせわしなさは、全てを破壊する

 父親には、三分以内にやらなければならないことがあった。


 いつも通りの朝。


 そう、いつもの通り。


 いつも通りなのが問題なのだ。


 いつも通り、息子は悠長に朝シャンをしている。


 電車の発車時間まで15分を切っている。

 自宅から駅まで、自動車で5分はかかる。

 諸々考えて、今から3分以内に息子を車に乗せないといけない。

 

 それなのに、息子は鏡の自分とにらめっこをして、神経質に髪先をいじっている。


 ドライヤーの音が止まると、父親が口を開く。



「おい、もう時間がないぞ」

「待って。もう少しで決まるから」

「そんな細かいこと気にしている場合じゃないだろ!」



 苛立ちから、ついつい語気が強まってしまう。

 すると、息子は露骨に不機嫌になった。



「うるせえな。まだ少し時間があるだろ」

「お前なぁ。遅刻したらどうするんだよ」

「オヤジには関係ないだろ。もう子供じゃねえし」

「子供じゃないって言うなら、もっと早めに準備しろ。大人の常識だぞ」



 少しだけ、重々しい沈黙が続いた。その後。



 「はぁぁ」と、息子の口からため息があふれ出した。

 明らかに何かを言いたそうな顔をしているけど、黙ってカバンを持った。



「ほらいくぞ、オヤジ」



 息子ながら傲慢な態度に嫌気がさしながらも、車に乗り込んで、発進する。


 息子は助手席に乗っているけど、いつも会話はしない。

 急ぎつつ安全運転をするのに、全神経を集中させていて、余裕がない。

 息子は無表情でスマホを弄っている。


 なんとかいつも通り、駅に着いた。


 息子は車が停止しきる前にドアを開けて、飛び出してしまう。

 


「おい、危ないだろ」



 注意すると、息子は首だけで振り向いて



「オヤジ、いつもありがとう」と言った。

「お、おう」



 普段は何も言わないのに。

 素直にお礼を告げられて、父親は唖然としてしまった。

 


 ふと、駅へと駆け込む若者たちが目に入る。

 その中に、息子も混じっていく。

 一瞬人にぶつかりそうになっていて、非常に危なっかしい。


 そんな息子も、あと1か月で18歳になる。


 立派な成人になる。


 そう思うと、目頭が熱くなってきてしまう。


 赤ん坊の時は、ヒヨコのように小さくて、かわいらしかった。

 小学生になると、ウサギのように元気に遊んでいた。

 思春期になると、オオカミのような反抗していた。

 今は反抗期もおさまって、受験勉強に熱を入れている。


 今を動物で例えるなら、なんだろうか。


 そうだ。バッファローだ。

 

 駅に駆け込む若者たち。


 彼らの勢いはまるで『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』だ。


 もう枯れてしまった大人は持ち合わせていない、根拠のない自信に満ち満ちている。

 それが、とても眩しい。


 彼らには――息子には、どこまでも突き進める力がある。


 きっと彼らなら、どんな七難八苦しちなんはっくも跳ねのけ、艱難辛苦かんなんしんくすらも超えて、本当に障害の全てを破壊しながら突き進むかもしれない。


 そう思えるのが、とても嬉しい。


 そんな年寄りみたいな感慨にふけってしまう。

 でも、なんだか勇気をもらえた気がして、気合を入れなおす。


 今日は仕事で失敗できない案件がある。

 しかし、怖がる必要はない。

 あんな立派な息子を育てたのだから。


 こうして父親は、大人らしく会社に向かうため、車のペダルをゆっくりと踏み込むのだった。





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滑り込みセーーーーーーーーーーーフ

(締め切りの40分前投稿)

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