「こいつに強烈なバチ当たんねえかな」と同僚に思われているタイプの守護騎士と三種の神器

オドマン★コマ / ルシエド

匿名の騎士「死ぬ時はどっかで1人で死んでくれ」


 『門の守護騎士』ダレトには三分以内にやらなければならないことがあった。


 彼の右手には白銀に輝く聖槍、左手には琥珀色に輝く聖盾、全身を包むは黒白に金のラインが入った摩訶不思議な合金の聖鎧。

 一つ一つが伝説級の性能を持つ最強の装備であり、ダレトはこれらを用いて、共に戦う仲間達の命を幾度となく救ってきたのだ。


 彼は三分以内に、これら全ての装備を破棄しなければならなかった。


 それも、今は突如出現した20mを越える巨大な牡牛型の大魔獣との戦闘中で、戦闘を抜けられる気配はなく、ダレトの周りには共に戦う22人の仲間達がおり、迂闊に装備を捨てても誰かに気付かれることは間違いない。

 おそらくは、誰か1人に装備を捨てたことがバレただけで、ダレトの人生が破滅を迎えることは間違いなかった。


 牡牛の魔獣が咆哮する。

 それだけで何も無かった空間から暴風、豪雨、落雷が連続して発生し、戦っていた者達の陣形がにわかに崩壊する。

 ダレトは崩壊した陣形を支えるため、果敢に前に出た。


「僕が前に出る! 皆、一旦体勢を整えて!」


「ダレトさん!」


 悪意によって操られる自然災害の全てを単身で受け止め、守護騎士ダレトは皆を守る。

 誰もがその背中に憧れる。

 誰もがその姿に信頼を寄せる。

 守護の要、騎士ダレト。


 彼には、残り2分45秒で全ての装備を破棄しなければならない理由があった。






 しばし、時は遡る。


 ダレトがこの仲間達と共に戦い始めたのは、数年前のことだ。

 フェニキアという1人の男が勇者を名乗った。

 男は共に戦う仲間を求め、人々に呼びかけた。

 その呼びかけに応えた最初の数人の内の1人が、門の守護騎士ことダレトである。


 ダレトは勇者フェニキアに導かれるまま、魔獣、堕天使、悪魔、異民族、帝国の軍勢と戦い、己の故郷と皆の故郷を守ってきた。

 1人の勇者と、その下に集った22人の騎士。

 その一角が自分であるという自負が、ダレトに騎士らしい振る舞い、騎士らしい気遣い、騎士らしい護りを身に着けさせていった。


 何かを守り切れたと思うたび、ダレトの胸中には誇らしい気持ちが湧き上がり、『僕はこのために生まれてきたのだ』という確信は強くなっていく。


 ダレトに守られた仲間達も、同様に守られた力なき人々も、体を張って全ての命を守るダレトの姿に、揺るぎない信頼を向けていく。

 全てを守る、聖なる守護騎士。

 誰もがダレトをそう呼び称えた。


 妖精騎士ベトは可憐な少女らしい容姿に相応の振る舞いをしていて、いつもダレトに懐いていた。


「ダレトさん~、無くしてた帽子見つけて来ましたよ~、これ、これ」


「お、ありがとう、ベトちゃん。妹から貰った大切なものだったんだ。無くした時は本当にどうしようかと……」


「いえいえ~。あたしはだいたいなんでも全部知ってる騎士なので~、見つけるのはお茶の子さいさい、さい、さい、というやつです」


 同い年の騎士アインは、ダレトと気が合うこともあって、家族ぐるみの付き合いがあった。


「ダレトはいいよなぁ。母ちゃんも妹ちゃんも美人でさあ。目の保養になるんでない?」


「あのな、アイン……家族だぞ」


「うへへへっ、冗談冗談。まーさ、美人の家族が居るのが羨ましいってのはマジだぜ。あーんな若くて美人のお母さんそうそう居ねえって……」


 勇者と騎士達の武装を管理する要にして縁の下の力持ち、元武器商人のザインは、ダレトに気安く接する親友の1人となりながらも、誰にも扱えなかった聖武器を扱うことができたダレトに惜しみない敬意を向けていた。


「ダレトって本当に真面目だよな。でも、そんなお前だからこそ、遺跡から発掘されて以来他の誰もが身に付けることができなかった聖槍・聖盾・聖鎧を身に着けることができたのかもな……」


「考えすぎだよ親友。たまたまかもしれない」


「いいや、俺の武器の目利きは確かさ。あの聖なる装備には確固たる意思がある。武器が自分の意思でダレトを選んだんだ。誇っていいと思うぞ」


「……まあ、そうかもしれない。たまに武器から意思というか、信頼というか、忠誠というか……そういうものを向けられてる感じはあるんだ」


「だろ? っぱ俺の親友は一味違うんだよな」


 そうして、仲間と市民の信頼を一身に受けるダレトであったが、彼に迫る破綻の足音は、数年かけて彼の社会的評価が固まりきった後に訪れた。


 牡牛の大魔獣が出現する、少し前のこと。

 ダレトは大聖堂を訪れていた。

 大聖堂にはどこでも見るような二面六腕四翼の女神像が鎮座しており、その前に幾何学的な構造をした何かが置かれている。

 その"何か"から広がる、じんわりと染み入るような力場を感じ、ダレトはそれが目当てのものであるという確信を得た。


「これが『概念翻訳奇跡論展開器』……本来は文章にできない武器や敵の特性を、読んで全てが分かるように翻訳する概念翻訳奇跡論を、実戦で使えるほど広範囲まで広げられる新兵器か……」


 ダレトはこういうものが昔から好きだった。

 新武器。

 新装備。

 新兵器。

 響きからしてウキウキしてしまう。ダレトは何歳になっても少年であった。

 彼の内には、一般的な大人に備わっている『節操』というものがあまり備わっていないのだ。


 激化していく戦いに役立てるために作られたこれは、次の大魔獣出現に合わせて戦場に投入されるという話になっている。

 だが、新兵器と聞いてウキウキでやってきたダレトにそんな話は関係ない。

 「こっそり一番乗りで先に使って遊ぼう」と考える少年心の持ち主だからこそ、ダレトは今ここに居るのだから。


 門の守護騎士ダレトは、雪の日に果てしなくテンションが上がるタイプだった。


「さー、て、と。あ、そうだ。僕の装備って装備条件とか不明なんだったか。いい機会だし試しに確認しとこか」


 ダレトはにこにこしながら奇跡論を起動し、まばゆい光の中に愛用の聖槍をかざし、文字が自動で表示されるのを見て「おお」と声を漏らして。


 文字に目を走らせて、息が止まった。


『聖槍:聖なる力と聖なる意志を宿した槍。血の繋がった母親を妊娠させたことがある者だけが扱うことができる』


 ヒュッ、と。

 ダレトの唇の隙間から、鋭い空気が吹き抜ける。


 心当たりがない?

 そんなわけがない。

 心当たりは大いにある。


「おっ……オアッ……」


 ダレトの母は淫売である。

 ハチャメチャに性欲が強い。

 そんじょそこらの魔獣よりずっと強い。

 ダレトの母が適当な男と遊んでダレトを産んだのは11歳の時で、ダレトの母が今の夫と結婚したのは15歳の時で、ダレトの母が夫の出張時に性欲を持て余して息子を性的に襲ったのは母が24歳・ダレトが13歳の時だった。


 ダレトの母の性欲はハチャメチャに強い。

 その性欲はダレトにもしっかり遺伝した。

 母親に教えられるままダレトは性行為を覚えて、毎日のように母を抱いて、抱いて、抱いて……当然の結果として、母は息子の種で孕んだ。


 そうして出来たダレトの娘が、今世間一般に「あの清廉潔白な守護騎士ダレト様の妹様よ」ときゃーきゃー騒がれている、ダレトの妹である。


 「兄妹似てるねえ」と言われる度に、ダレトは冷や汗をかいてきた。

 兄妹かつ父娘なのだから当然である。


 「お母さんが若くて美人だね」と言われる度に、ダレトの背筋に緊張が走った。

 母は犯罪的な年齢で産んだのだから当然だ。


 「家族仲が良いね」と言われる度に、ダレトは胃痛を感じていた。

 今のダレトは分別がついているためもうしていないが、家族の仲が時期があったことは疑いようもないのだから。


 「ダレトさんはお父さんのこと好きなんですか?」と聞かれれば、ダレトは「もちろん」と答えつつも、嫌な味の唾が止まらなくなる。

 大好きな父から大好きな母を寝取った自覚があるからこそ、ダレトは父の目を直視できない。


 そんな彼だからこそ、聖槍は彼を選んだのだ。

 彼に聖なる力を託し、世界を守らせるために。


 ダレトは槍の説明文から目を離し、残り2つ、聖盾と聖鎧に視線を向ける。

 つつつ、と、冷や汗がこめかみを流れ落ちた。


「ま、まさか……」


 恐る恐る、ダレトは聖盾を概念翻訳奇跡論展開器の光の中へかざす。


「いや……まさか……」


 そして、出た文字列は。


『聖盾:聖なる力と聖なる意志を宿した盾。自分の事を心の底から信じている親友の彼女を寝取ったことがある者だけが扱うことができる』


 こふっ、と。

 ダレトの唇の隙間から血が吹き出した。


 心当たりがない?

 そんなわけがない。

 心当たりは大いにある。


 ダレトの記憶の中には、親友ザインの彼女を抱きまくった記憶が山のようにあった。10回や20回どころでなくあった。メチャクチャ気持ちよく寝取りをかましていた記憶がバリバリにあった。


「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ」


 ザインは元武器商人という経歴に反し、善良なる騎士だった。

 勇者フェニキアと共に戦う内に騎士としての使命に目覚め、力なき人々を守るため、私生活の時間をほとんど捨てて民を守る戦いに奔走していた。


 それがよくなかった。

 ほったらかされたザインの恋人はすっかりザインから心が離れてしまい、あてつけのようにザインの親友であったダレトにアプローチをかけ、ハチャメチャに性欲が強いダレトはホイホイと誘いに乗ってしまったのである。


 ダレトは聖槍を自在に操る騎士ではあったが、股間の槍の命令に抗えたことは過去一度も無い。

 性欲に支配された暴走の騎士。

 悲しき遺伝の宿命に支配された騎士なのだ。


 ダレトは「なんか行けそうだったからなんか行ったらいけちゃっただけで、ザインへの悪意とかそういうつもりはあんまりなくて、っていうかザインに申し訳ないとかそういう気持ちはずっとあるし」といった誰も聞いていない言い訳をずっと心の中で繰り返しながら、ザインの彼女に腰を振る。

 一般的には、カスの所業と言う。


 「ごめん、ザイン……」と呟きながらザインの彼女を抱いていると罪悪感がスパイスになって最高に気持ち良いことに気付いてしまったダレトは、「絶対にザインと別れないでよ」ザインの彼女にお願いし始め、そこで明確に一線を越えた。


 「いやでもさ、ザインは本当にいいやつで、僕はザインに幸せになってほしいと本気で思ってて、それに嘘はなくて……」と思いながらも、ダレトは今日も明日もザインの彼女を抱いている。


 たまにザインが、愛する彼女に何をプレゼントすればいいのかダレトに相談してきた時は、真剣にザインの相談に乗ったりもしていた。


 「僕は親友の彼女を奪いたいんじゃなくて、親友の彼女を抱いてると気持ち良いってだけなんだよな……寝取ってるけど寝取りたいわけじゃないし、寝取られたザインが不幸になるのも見たくないんだ……」と、ダレトが『答え』に辿り着いた日、聖盾は過去最高の輝きと史上最高の防御力を解放した。


 そんな彼だからこそ、聖盾は彼を選んだのだ。

 彼に聖なる力を託し、世界を守らせるために。


「えっ、えっ、えっ、聖鎧は例外であってくれ、頼む例外であってくれよ」


 そして、最後に残った聖鎧の武器説明を読んだダレトは、先の2つを遥かに超える己が罪の文によって気絶した。


 それから一時間後、気絶から復活しガタガタ震えるダレトの下に、大魔獣出現の報が届く。


 ダレトはとにかく急いで仲間達の下に駆けつけねばと、聖槍聖盾聖鎧を身に着けて走り、戦場で仲間達と共に大魔獣と対峙したタイミングで気付いてしまう。


「あっ……戦いが数分でも続いたら……当初の予定通り、新兵器が投入される……?」


 ダレトが使った概念翻訳奇跡論展開器は元々戦場を覆う範囲指定使用で使うもので、敵の弱点を暴き、戦いを有利にするためのもの。

 魔獣が相手なら、魔獣は文字が読めないため、人間だけが一方的に

 人間には一切リスクがない理想の新兵器。

 そのはずだった。

 だが今は違う。


 このままだと、真っ先に弱点が暴かれるのは大魔獣ではなく、ダレトである。

 その先に待つのはド派手な破滅だ。

 疑いようも無くダレトの人生は終わる。


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」


 影響はダレトの人生が終わるだけに留まらないだろう。積み上げた清廉潔白のイメージはむしろダレトへの嫌悪を強烈にブーストし、それはダレトの仲間にも、家族にも及ぶと考えられる。


 数年かけてきた勇者と騎士の信用は地に落ち、勇者フェニキアが築き上げた安全保障システムは市民からの不支持により崩壊する。

 1人の勇者と22人の騎士を数え切れないほどの市民が支える今の社会が崩壊してしまう。


 果てに待つのは、破綻・崩壊・全滅。


 最悪のバッド・エンドの到来である。


 しかも、原因がダレトのチ○ポ一本なのだ。

 最悪もここに極まれりである。

 平和を終わらせるチ○ポ。

 英雄譚の終幕を告げるチ○ポ。

 近親相姦と寝取りで終わる勇者の物語。

 これ以上の最悪などそうそうあるものか。


 ダレトも自分の破滅だけなら「しゃあないわ」で受け入れられるが、全ての崩壊など受け入れられるわけもない。

 新兵器投入までおおよそ三分。

 それまでの間に、今現在一緒に戦っている仲間達にバレないように、かつ大魔獣との戦いで死なないように、槍・盾・鎧を処分しなければ終わる。

 全てが終わる。

 誇張なしに。


 誰にも気付かれないまま、ダレトの自業自得の聖戦が始まったのだった。






 時は現在に戻る。


 牡牛の大魔獣は、掛け値なしに強かった。

 20mを超える巨体。

 城壁を粉砕する膂力。

 大自然を味方に付ける極大の異能。

 雄牛が吠えれば大地が揺れ、地面が割れ、そこら中から溶岩が吹き出す。

 命持つ悪夢のような化け物だった。


 誰よりも優れた『目』を持つ騎士アインが、牡牛の能力を見極めながらも、その凄まじい力におののき夢物語のような考察を口にする。


「噂は本当かもしれませんね。歴史の陰に暗躍する『魔王』なる存在が居て、そいつは定期的な活動と休眠を繰り返しており、活動期には魔獣を際限なく強化したり、人類の文明の発展を妨げたりしてるとか……」


「おいおいアインくんよ、魔王なんて御伽噺を信じてんのか?」


 アインの暗い口調に、ザインがおちゃらけた台詞を返した。

 アインは無言で『やれやれ』といったポーズを取り、それをザインへの返答とする。


 そんな二人の横を、守護騎士が駆け抜けた。


「ダレトさん!?」


 騎士達の中から、誰かが声を上げた。


 無謀なる突撃。

 もはや命を捨てた特攻のそれ。

 牡牛の力を目にし、犬死にしないために距離を取っていた1人の勇者と21人の騎士達を置き去りにするように、騎士ダレトは前に出た。


 その背中に、誰もが『勇気』を見た。


「うおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 ダレトが叫び、駆ける。

 1人だけ突出したダレトを牡牛が見逃すはずもない。ダレトの咆哮を塗り潰すように放たれた牡牛の咆哮は、ダレトの眼前に溶岩混じりの土砂崩れを発生させた。


 それに飲み込まれながらも、ダレトは止まらない。足を止めない。進み続ける。

 牡牛の膨大な力を受け止める盾に大きなヒビが入り、盾が砕け散ってもダレトは止まらない。


「す、げえっ……!」


 騎士の誰かが、ダレトへの感嘆の声を漏らす。

 進み続けるダレトが、苦悶と苦痛に表情を歪めることすらなく、むしろ大胆不敵に笑っていることに気付いた者は、1人や2人ではなかった。

 彼らはダレトのその笑みに、限り有る生を全力で生きる人間の輝きを見た。


「この程度か大魔獣……もっと強い攻撃で来い! この程度の威力の攻撃で、門の守護騎士を拝命した僕を打ち倒せると思うなっ!」


 絶望的な力の差を目にしてもなお進み続け、諦めることなく、大魔獣を挑発すらしてみせるダレトの勇姿に、勇者と騎士達も奮い立っていく。


「ダレトに続け! 横や背後を取って、誰でも良いから死角を取れた奴が攻撃を仕掛けるんだ!」


 勇者1人に騎士22人。

 ずっとこの23人の絆で全ての敵を討ってきた。

 1人が勇気を見せたなら、皆で続いて、勝利を掴む。そうやって、どんな強敵も倒して来たのだ。


 ダレトの挑発が通じたのか否か、牡牛は突如怒り狂った様子に変貌し、獄炎・豪雷・暴風を身に纏っての突撃を敢行する。

 ターゲットは、確かめるまでもなく守護騎士ダレトだ。


「ダレトさんっ! 受け止めるのは無茶ですっ! 避けてください、ダレトさん!!」


 仲間の心配する声を背に受け、なおも守護騎士ダレトは逃げない。

 守護こそが自分の本領だと言わんばかりに、鎧を鳴らして槍を構える。


 構えられた槍と、牡牛の額が激突した。

 鎧の聖気と獣の瘴気がぶつかり合う。

 衝突の余波で、周囲の地面がめくれ上がる。

 槍が折れる音がした。

 受け止めきれなかった牡牛の力は全てがダレトへと向かい、既にヒビが入っていた鎧ごと、ダレトを戦場の彼方へと吹き飛ばす。


「だ……ダレトぉぉぉぉ!!!」


 ダレトの親友、ザインが悲痛に叫ぶ。

 ザインとダレトは、ずっと2人で戦場を駆け抜けて来た。

 背中合わせに戦って、互いの背中を預け合って、決して互いを裏切ることなく、この世で最も信頼できる相棒として、互いを信じてやってきた。


 『こいつだけは俺を絶対に裏切らない』と信じられる相棒を得られることが、どれだけの幸福であることか。

 そう思える相棒が死んでしまったかもしれないと思うことが、どれほどの絶望であることか。

 ザインだけでなく、他の騎士達の心にも一瞬、絶望の影が差す。


 その絶望の暗雲を、勇者フェニキアの喝が吹き晴らしていった。


「止まるな! 動け! 走れ! 構えろ! ダレトの勇気を無駄にするな! 今この時を超えるチャンスは無い! 全員全力を叩き込め!」


 そして、皆気付く。

 ダレトが何故正面から牡牛の突撃を受け止めたのかを。


 牡牛の突撃は、頭部を全面とした突撃となる。

 頭部は頭蓋骨に守られた強固な部分ではあるが、同時に脳という最大の弱点の外殻でもある。

 牡牛は全力で突撃し、ダレトという頑強な壁に激突し、ダレトを吹き飛ばしたものの、衝撃で脳震盪を起こしていた。


 各々が、最大の技を雄牛に叩き込んで行く。

 牡牛の皮を、肉を、骨を、命を削っていく連携の最後に、騎士ザインが大剣を牡牛の額に強烈に振り下ろす。

 繰り返し衝撃を受けていた額が割れ、その奥の脳へと、一撃が届く。


「あいつはきっと、俺達を信じて後を託してくれたんだ……あいつが俺を裏切ってないのに、俺があいつの信頼を裏切れるわけねえだろうがよっ!!」


 大剣を振り上げ、もう一撃。

 そして、もう一撃。

 それでも死なない大魔獣へ、もう一撃。


「くたばれ、牛野郎ッ!!」


 そうしてようやく、牡牛の大魔獣は絶命した。


 勝利の雄叫びを上げ、ザインは大剣を振り上げる。


 そしてすぐさま、その大剣を投げ捨て、彼方に吹き飛ばされた親友ダレトがまだ生きていることを信じて、彼を救助すべく走り出した。






 一方、その頃。

 吹き飛ばされたダレトは、痛みで全く立ち上がれない状態で地面に転がされているくせに、ひどく上機嫌そうに笑っていた。


「……ふ~。上手く行った……マジで運だった……ちゃんと槍、盾、鎧全部自然に壊せたし、振り返ってみれば2分くらいで全部壊せたな……あの牛の攻撃力がめちゃくちゃ高くて助かった……」


 そう。

 彼の目的は勝利でも無いし、勝利のための布石でもない。戦いの中で自然と装備を全部壊してしまうことだった。

 かくして彼の名誉は守られたのである。


 守られる価値のある名誉だったかは、果てしなく疑問符が付くところだが。

 少なくとも、ダレトに巻き込まれて全てが終わるという事態は避けられただろう。


「はぁー本当に良かった良かったふふふ」


「機嫌良さそうですね~」


「!!?!?!??!?!?!」


 上機嫌に笑っていたダレトの耳元で、少女の声が可愛く響く。

 驚いたダレトが首を回すと、そこには妖精騎士ベトが居た。

 いつものように、にこにこと微笑んでいる。


 知った少女の顔に、ダレトは露骨にほっとした。

 ダレトがなくした大切な帽子をわざわざ探してきてくれたりと、ベトはダレトに好意的な方であると、ダレト自身は認知している。

 何も恐れることはない。


「な、なんだ、ベトちゃんか……」


「よかったですね~、概念翻訳奇跡論展開器が来る前に、槍も盾も鎧も壊せて」


「……え」


「いっそあなたもここで死んでくれてた方があたしは嬉しかったんですけど、あの攻撃を受けて死なない農業害虫みたいな生命力は、異民族や魔獣と戦っていくにあたって有用なのがヤですよねえ」


 彼女を恐れる必要はない、と、ダレトだけが思っていた。


「あたしはだいたい全部知ってますから。最初からずっとそう言ってるじゃないですか」


「……あ」


 妖精騎士ベトはにこにこと微笑んでいる。


 守護騎士ダレトはもう笑っていない。


「あたしはですね~、何があっても不祥事に繋がることはしない仲間であってほしいな~って思うんですよ。あ、今後はよりいっそう命を懸けて仲間を守ってくれたら嬉しいなぁ。じゃないと……あたしの口がうっかり滑っちゃうかも~」


「………………………………はい」


「適当な相手で良いからさっさと結婚でもして、その人とだけ関係持っててくださいよ。"そういうこと"やるなって言ってるんじゃないです。人としてやっちゃいけないラインは絶対越えるなって言ってるんですよ、分かります?」


「はい」


「あたし、下半身がだらしない人って好きじゃないんですよ。というか大嫌いです。不潔なので」


「はい………………………………」


「戦場で一度も裏切ってなければベッドの上でいくらでも裏切っていいとかそんなこと言い出したら仲間でも殺しますので、覚えといてくださいね」


 ぽん、とベトの小さな手が、ダレトの肩を一度叩く。


「あたしは鎧の説明文になんて書いてあったかも把握しているので、そのつもりで」


 ぽんぽん、とベトの小さな手がダレトの肩を二度叩き、ダレトが真っ青な顔で怯えるように小さく震えた。


 歩み去るのではなく、霧が散るように、妖精騎士ベトはその場から消えた。


 数分後、息を切らしたザインがそこにやって来て、ザインの後ろにさも「ザインさんと一緒に今来たばかりです」という顔をしたベトが居るのを見て、ダレトは少しゾッとした。


「ダレト! 良かった、生きてるんだな」


「あ~、ダレトさん発見ですね~」


 ザインが漢泣きをしてダレトに抱きつく。

 ベトが白々しく驚いている。

 ダレトは肝を冷やしたまま、引きつった笑みをなんとか愛想笑いにして、ザインと勝利の喜びを分かち合っていた。


 可憐な少女であるはずのベトの視線が、突き刺さるような錯覚を与え、ダレトの肌にチリチリとした幻の痛みを与えている。


「今日の功績は十割ダレトのもんだ! やっぱすげえよお前は! お前だけは最後まで信じられる! お前のおかげで今日も勝てたんだ!」


「ザイン、痛い、痛いって、力いっぱい抱きしめ過ぎだ」


「ザインさんは功績欲ってもんがないですね~、トドメ刺した本人なのに……そんな調子だとザインさんの功績なんて何も残りませんよ~? まあそれがザインさんの良いところなのかもしれませんが」


 そうして、この日の戦いは終わった。


 次の戦いもあるだろう。次の次も。そのまた次の戦いもあるだろう。


 だが、歴史に記された事実として、門の守護騎士ダレトは『完璧に清廉潔白な人生を送った理想の騎士』として伝承されたことだけは記載しておこう。

 ダレトは終生、ベトに怯えながら過ごした。

 ベトとの約束を破ることなく生涯を終えた。

 ザインはダレトが自分を一度も裏切らなかったと信じたまま、天寿を全うした。

 ベトは仲間達がそれぞれの結末を迎えるのを見送ってから、銀の霧の向こうへと旅立った。


 そうして、物語は幕を下ろす。






 吟遊詩人は謳うだろう。

 学者達は書き残すだろう。

 子孫らは語り継ぐだろう。


 おお、清廉なる門の守護騎士ダレトよ。


 始まりから終わりまで、全ての戦いを勇猛果敢に戦い抜いた、輝ける自己犠牲の騎士よ。


 その栄光に一片の陰り無し。


 理想の騎士として語り継がれて行くが良い。


 たとえその激戦が孕んだ三分間に、救いようのない欺瞞が詰まりに詰まっていたとしても。


 歴史に記された文だけが真実である。




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