踊れ! らぁめんたいまぁ!!

三流FLASH職人

踊れ! らぁめんたいまぁ!!

 私には三分以内にやらなければならないことがあった――


 こんびに、という建物の中、私は「いーといん」という場所の机の上にある丸いツボからこぽこぽ、とお湯を注ぎ終えて、上の蓋をしっかりと閉める。


 さぁ、ここからが勝負だ!


「ン~~~~、ハッ! ハッ! ハッ! ハイヤァッ!!」

 掛け声とともに上着を脱ぎ棄て、その身を激しくクネらせながら、出来るだけ妖艶にスカートを下ろしていく。


「ホイッホイッホイッホイッ、ンハンハンハンハッ! はいやっ、はいやっ、はいやいやいやいやっ♪」


 スカートの中に仕込んだ腰ミノを腰を振って躍らせ、胸を覆う下着(ぶらじゃあ、というらしい)に描いたぐるぐる巻き模様をぐるぐる回して、まるで目を回させるような怪しいダンスを踊り続ける。


「にょほほいにょほほい、にょほほいにゃぁ!」


 片足立ちになったままくるくる回り、ブリッジよろしく反り返って喘ぎ声を出す。そこからころんと寝っ転がって猫なで声を出し、そこからクネクネと身をよじりながら立ち上がっていく。


 よし!今日も絶好調だ、これなら……


 ――おしいい『らぁめん』が、食べられるッ!!――




 私はこの世界の人間ではない。


 もともといた世界はここよりずっと貧相で、馬車が贅沢品で、主食だった麦粥は味気なく、一部の貴族の搾取によって庶民は飢える世界だった。

 まして魔物や妖怪が普通にはびこっており、腕に覚えのある剣士や魔法を使える者がギルドに所属して、血みどろの戦いを続けていたのだ。


 そんな中、救世主が現れた。


 サイトウと呼ばれたその男は、私のいた世界とは違うところからやってきた『いせかいてんせいしゃ』という存在らしい。

 彼はその『ちいと』と呼ばれる力を使い魔物たちを一掃、魔王をまるでアリのように踏みつぶし、この世に平和をもたらしたのだ。


 だが、彼は王になるどころか王宮にすら入らず、田舎に引っ込んで食べ物屋を営む仕事を始めたのだ。なんでも本人曰く『すろーらいふ』というのを送りたかったらしい。


 そして、そこで出される料理は安値にして、まさに奇跡の一品だった。見たこともない色合いや形に、味わった瞬間天にも昇るような快感が舌を駆け巡る。その功績は魔王打倒以上に人々を酔いしれさせた。


 中でも一番の人気だったのが「らぁめん」という食べ物だ。美味かつ濃厚なスープに浸された長い「めん」という小麦粉を伸ばした紐を入れているその味、その食感ときたら、まさに極上の幸福感を味あわせてくれた。


 だが、サイトウはその作り方を決して教えようとはしなかった。すべて一人で仕込み、一人で客に出していたからだ。王族や貴族が彼を召し抱えようとしても、彼は決してそれに応じなかった。


 しかし、一日限定50食のそのらぁめんは、食べられない者の不満とストレスを爆発させてしまったのだ。連日暴動が起き、彼の店の前ではらぁめんを求めて行列への割り込みや、ケンカから殺し合いにまで発展する事態まで起きた。


 事ここに至り、サイトウはすろーらいふ、を諦め、らぁめんを作る工場を設立したのだ。



 そして一年。それは完成した。

『かっぷらぁめん』


 なんとお湯を注いで三分間、その『かっぷらぁめん』を「だけで」美味しいらぁめんが食べられるという画期的な食品だったのだ!!



 かくしてこの国中で、飯時になるとあちこちで歌い、踊り、のたうち回る光景が展開されたのだ。

どう踊ればより『らぁめん』が美味しくなるのか、それにはどのようなコスチュームが良いのか。あらゆる賢者や魔術師が研究に研究を重ねたが、明確な答えは見いだせないままだった。


 そして私もそのかっぷらぁめんにハマった。私は腰ミノをつけ、サイトウが発明した女性の下着『ぶらじゃあ』に渦巻き模様を描いて踊る独自の、らぁめん様に捧げる踊りを編み出していたのだ。


 この踊りを披露した後のらぁめんの味はまさに絶品だった。横目で火の棒をくぐる男やポールに絡みつく女を見て思わず「ぷ」と笑いが漏れる。絶対に私の踊りの方が美味しくなるんだから。


 そして私はある日、突然別の世界に飛ばされたのだ。



 巨大な建物がそそり立つ世界。地面が固くならされて、そこを自動車なる四つ輪の馬車が走り去る。それはまさにサイトウが語っていた、彼が以前いた世界だったのだ。


「本当に、あったんだ、こんな世界」


 目を丸くしてそうこぼす私。ああ、これならサイトウが段違いの力を発揮したのも、あの美味しいらーめんを発明したのもうなずけるなぁ。


 って、そんなことを考えていたらおなかが鳴った。ああ、そういやゴハンまだだったな。



 瞬間、私に電流が走った!!


 そうだ、!!



「すいません、らぁめんが食べたいんですけど」

 道行く人に聞きまくって、その入手方法を知ることができた。そこのこんびに、とかいう店に売ってるよと教えられ、一も二もなくそこに飛び込んだ。


「らぁめん、くださいっ!!」


 店の人の驚かれ、いくつもある「かっぷらぁめん」の棚に案内され、その種類の多さに愕然とし、この世界のお金がないことに絶望して泣き崩れていたら店長さんにお代を立て替えていただいて、この魔法のツボ(魔法瓶というらしい。うん、やはり魔法か)からお湯を注ぐ。


 さぁ、いよいよ勝負の時が来た!


 私にはこのらぁめんが完成するまでの三分間、やらなければならないことがあった――




「ひょうひょうひょうひょう、ヌハヌハヌハヌハっ! はい~やアイアイアイアイアイ♪」


 さぁフィニッシュだ! らぁめんよ、美味しくなぁれ美味しくなぁれっ!!!


「にょわあぁぁぁぁ~~~~~ハイハイッ!」


 天に両手をかざし、反り返ってフィニッシュを決める。よし、これで美味しいらぁめんが食べられる……



「あーキミキミ、ちょといいかな?」

「はい?」


 いつの間にか、青い服を着た人たちが私を取り囲んでいた。彼らは私の両手を取ると、「ちょと署まで来てね」と笑顔で言いながら、私をずるずると「らぁめん」から引きはがしていった。

「え、ちょっと、なに、なに? なんですの、ああ~、私のらぁめんが~~!」


「午後二時五十八分、コンビニエンスー新宿店にて不審者を確保、これより連行します」


 抵抗むなしく、白と黒の鉄の馬車に乗せられる私。えええ、どうしてこうなったの?

というか私のらぁめんがぁぁぁぁぁぁ!



「君、その斎藤って男に騙されてるよ」

 ケーサツショのトリシラベシツとかで、私は私を可哀そうな目で見る「けいじさん」にそう呆れた声で言われた。

「え、でも……らぁめんを美味しく食べるには、らぁめんの神様に踊りをささげなきゃ」


 その言葉にはぁ、と息をついて、脇にいる部下に指示をする。答えて彼は一度引っ込み、戻って来た時にはその手に「かっぷらぁめん」が握られていた。


「え、ちょっと! もうお湯入れちゃったの? 大変、踊らなきゃらぁめんがまずくなっちゃうじゃない!」

「いいから三分待って」

「あああああ……貴重ならーめんさまがぁぁぁぁぁ!」



 ずずっ、とらぁめんをすする私。こくん、と飲み込んだその瞬間、私に歓喜が押し寄せた。


「おおおお美味しいいぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 なにこれ。私が向こうで食べたらぁめんと全然レベルが違う。これが本場のらぁめん……


 あれ?ということは。


 私は想像する。あっちの世界で、いまだにらぁめんにお湯を注いで踊り狂っている、私の仲間たちの姿を……


 目の前の美味しいらぁめんを見下ろす。踊ってない、ただお湯を入れただけ。なのに。つまり……



「サイトウのくそ野郎おぉぉぉぉぉぉ! 騙しやがったなぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 私の絶叫が、取調室に響き渡った。

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