【KAC20241+】カウボーイとスペースマン【オペラズ】

あんどこいぢ

カウボーイとスペースマン

 マルコには三分以内にやらなければならないことがあった。

 キルテア星系移民船団のうち第一集団を分離し、キルテアcへのコースに乗せる第一段階として、第一集団フラグシップ<ジュリエットⅡ>に回頭してもらわなければならないのだ。ところがここへきて同船に座上する上記集団最高運営責任者、エリン・アスキス中将がゴネ始めた。

 マルコはマイクがオフなのを確認し、一人ごちる。それは発した当人にさえ意味をなさないほど自動化された言葉だったのだが……。

「チクショウ! いまさらなんだってんだ!」

 とはいえそうした無意味な言葉をなぞり、何かいわなければならないときだってある。

 あえて神経接続の同期デバイスやタッチパネルを用いていない彼の船、<ポインター3>のレトロフューチャーなコンソール──。ヘルメット越しにもカチッという機械音が聴き取れた。マイクを再たびオンにしたのだ。

「一体どうしたっていうんです? 中将?」

 中将といっても彼女は二十歳そこそこの外見をしている。実年齢も地球年換算で二十五歳に満たないのではないだろうか? そしてその口調もどこか舌足らずな感じで……。さらに彼の質問に応えることもなく──。

『いまマイクのスイッチ切ったでしょ? 何かいった? 悪口? 胸が小さいとか腰のクビレがないとか?』

 モニター右下にカットインさせた中将の頬がプクッと膨らむ。『そりゃ私はダラス准将のようなムチムチプリンな身体じゃないけど──』

 マルコは嘆息をグッと飲み込む。そして気を取り直し──。

「ひょっとして第二集団の動きに何か御不満な点でも?」

『ええ、絶対ラナの意図的サボタージュよ。第二集団の距離が十分取れてない』

「そっ、そうですか?」

『そうよッ!』


 ガスジャイアント=キルテアdを進行ほう向左手遥か下ほうに──。マルコたちがガードしてきた移民船団先鋒を右手に──。だがどちらも点にも満たない大きさだった。そんな宇宙大のスケール感に抗し、マルコはさっきまで第一集団十隻、第二集団八隻の移民船団を〝全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ〟に見立てていた。

(やれやれとんだバッファローだよッ……)

 一昨夜第二集団の最高運営責任者=ラナ・ダラス准将の突然の来訪を受けるまで、マルコはこのモニターでホースオペラに興じていたのだった。


 休憩中のマルコの船は彼のチームの母船<ヴァーゴ>にチューブデッキでつながっていた。そして突然インターコムが鳴った。慣れ親しんだ<ヴァーゴ>船長、サラ・ハミルトンについてはあえて画面の自動カットインをキャンセルした。彼女の声を聴くまでまだ映画鑑賞を続けるつもりでいたのだ。

『ダラス准将がぜひお話したいって──。もうチューブデッキの入り口についてると思うけど──』

『エッ? ダラス准将? 明後日僕がガードにつくのはアスキス中将の第一集団ですよね?』

『そうよ。それで彼女は焦っているのよ。あんたがそのまま、キルテアcに降りちゃうんじゃないかって……』

 と、そこでまたインターコムが鳴る。

『キルテア星系移民団第二集団最高運営責任者、ラナ・ダラスです。イシマツ船長、いまからそちらにお邪魔しちゃってよろしいですか?』

 否といえる立場ではなかった。それにこんな小さい船の管理者に対し、船長扱いというのも嬉しかった。当然それが、一応礼儀ではあるのだが……。ちなみにマルコのこの船の所有者はといえば、それはハミルトン船長だった。


 ダラス准将の話自体はどうということのない話だった。要するにアスキス中将への愚痴──。

『彼女横着だから私の第二集団ばかりに減速させて、自分たちは楽々慣性航行続けるんだろうな……。第二集団にはまだ経不足な船長さんたちが多くて、ベテランが多い第一集団のほうが、もっと気をつけてくれたっていいように思うんだけど……』

 ダラス准将は三十歳弱のルックス──。話は前後してしまうがスリムな体形で、ムチムチプリンといえばむしろアスキス中将のほうがその形容に相応しいだろう。


 映画はまだまだ冒頭シーンだった。それを観るための時間すべてがダラス准将との会見に費やされた。

 そしてその直後、マルコはハミルトン船長の来訪をも受けたのだった。

『わーっ! このコンソール! マルコ君って本当にこういうのが好きなんだねーっ!』

 そういいながら彼女は、彼の隣りのコ・パイロット席に着く。

『でっ? どうだった? ダラス准将の話は──』

『あっ、いえ、ただの愚痴でしたよ。アスキス中将とダラス准将は宇宙艦隊入隊以来のあいだ柄で、名コンビだって聞いてたんだけど、ちょっと意外な感じでしたね』

『ふーん、本当にそう思ってんだ? それじゃただの女の愚痴なんて、マルコ君にはとても聞いちゃいられなかったね?』

『いえ、そうでもなかったですよ。ダラス准将ってスラッとしてて、微かにだけど頬がこけてて、それが逆に理知的な感じで色っぽくて……。済みません。女性たちをそんな眼で見ちゃいけないって思ってんですけど……』

『ふーん』

 マルコはハミルトン船長の言葉の切れがいつもより悪いような気がしたのだが、すぐ彼女がいつもの調子に戻ったので、彼もそんなことはすっかり失念してしまった。

『でっ? 映画、何観てたの? 私もつき合おっか?』

『いえでも、中世期前記のホースオペラなんて、船長の趣味じゃないですよね?』

『ううん、そうでもないけど──。ホースオペラもスペースオペラも大好き。たまにはドロドロのソープオペラなんかもいいかなっ?』

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