鈍鉄のバッファロー

狼二世

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 バッファロー、と言う言葉を聞いた時、ヒトは何を想像するだろうか。

 二十一世紀を生きる人間であれば、草原を疾走する雄々しい野生動物を想像するだろう――


 仮に、だ。

 

 ウシ科バイソン属、アメリカバイソンが絶滅をし、その記録さえ風化する程の時間が流れたとしたら、人は『バッファロー』と言う響きに何を想像するだろうか。


◆◆◆


 西暦にして三十世紀、地球。

 ユーラシア大陸の片隅で戦争が起きた。近代に偉大なる指導者によって統一された東のA国と西のB国は、英雄の死によって分裂。統一以前は不倶戴天の中であった二つの国家は、中途半端な融和政策によって混乱。その状態は常に険悪であった。


 きかっけは一つの銃声だったのかもしれない。それとも、騎士道じみた戦争布告だったのかもしれない。確かなのは、その戦争が最悪であったことだけ。


 歴史的な歪みの蓄積が爆発した戦争は、長い時間をかけて人と土地を焼き尽くした。

 当初は膠着していた戦線は、B国支配地内で油田が発見されたことにより大きく傾く。

 結果、A国は首都とその目と鼻の先にある陣を残して国土を失った。


◆◆◆


 A国最前線。

 破壊された都市に、傷ついた兵士たちが震えていた。

 かつては美しかった市街は徹底的に破壊つくされ、兵たちは崩れ落ちた瓦礫を盾に極限の籠城戦を続けていた。

 残されているのは少年兵か老人ばかり。働き盛りの男たちはとっくの昔に死んでいた。

 誰の目にも状況は絶望的であった。

 それでも、B国は手を緩めなかった。

 

「来たぞ、『バッファロー』が来たぞ」


 瓦礫が崩れる音がする。

 ミサイルが大気を切り裂いて飛んでくる。


 西の大地が震動する。道を破壊し、草原を潰しながら巨大な牛――のような形をしたロボットがやってくる。

 

 二十一世紀以降、戦場の主役は生身の歩兵や戦車ではなく、ドローンになった。

 B国の主力ドローンは牛型の戦闘戦車。十メートルを超える巨体は悪路では四足歩行になり瓦礫を飛び越え、平地では無限軌道により大地の全てを踏み潰す兵器となった。


「こちらもバッファローを出せ!」


 A国も崩れたビルの合間からドローンを呼び出す。戦闘車両の延長線上にある箱に車輪だけをつけた粗悪品は、遥か彼方の国の料理にちなんで『トウフ』と呼ばれていた。


 ――バッファロー、それは戦闘用ドローンの総称である――

 遠隔操作を行う技術は、家庭用パソコンの周辺機器から発展した。

 その中でももっとも多くのシェアを誇った企業。安価で高性能の製品を生み出した企業の名前が、兵器として定着したのだ。


 まるで、ダイナマイトが戦争の道具となってしまったことと同じように――

 人々の生活を豊かにしようとした企業の願いが、戦争の代名詞となってしまったのだ。


 少年兵たちがモニター越しに『バッファロー』を操作する。迫りくる牛たちに機銃を乱射する。


「くそ、文字通り『トウフ』かよ」


 だが、粗悪品の『バッファロー』たちは容易く踏み潰されていく。

 老人兵が爆弾をもって飛び出す。命がけの突撃は、届く前に牛の砲撃に潰される。

 運よく足元に潜り込めても、屈強な合金の脚を破壊することは出来ず、爆撃に命を散らしていく。


 A国の運命は風前の灯火だった。

 誰もが諦めきっていた。

 たとえ死んでも、ここで戦争が終わるのなら――もういいのだと諦めてた。


 轟音が空に響き渡る。

 振動する空気に、兵士たちが空を見上げる。


「あれは――」

「まさか、完成していたのか、テーセウスが!」


 雲を切り裂き、巨人が大地に降り立つ。

 瓦礫を巻き上げ、傷ついた兵士の盾になるように破壊された市街地に降り立ったのは人型の機動兵器――A国によって開発が進められていた秘密兵器だった。


『こちら、MNS001-Tテーセウスのパイロット――』


 戦場に若い男の声が響き渡る。

 兵士たちは何も言わずに巨人の背中を見る。『バッファロー』たちのカメラアイが光ると、砲門が一斉に異物に向く。


『これより、アリアドネシステムを起動する』


 だが、砲火が放たれる前にテーセウスが動いた。

 全身からマイクロチューブを放つ。ナノ単位の細かい糸は肉眼では光の筋にしか見えず、『バッファロー』達のセンサーにも反応しない。

 結果、マイクロチューブは迎撃されることもなく『バッファロー』たちの装甲に絡みついた。


『ハッキング開始!』


 そして、優先を通じてバッファローに攻撃をする。

 物資的な攻撃ではない。ハッキングによるドローンの所有権を奪う事だった。


 にわかに戦場が混乱する。

 B国の兵士たちはドローンを自爆させようとしたが、遅かった。

 牛たちの感情の無い瞳がB国の兵士たちをとらえる。次の瞬間、一瞬にして火が放たれた。


「ははっ、ざまあないな!」

「ほっほっほ、所詮無線通信は有線通信にはかなわない、と言う事か」


 A国の兵士たちが歓声をあげた。

 パイロットはコックピットで状況を見守る。

 眼差しは冷ややかで、勝利の喜びはない。


 出撃の前、科学者たちは言った。

 テーセウスの実用化が、この戦争をさらに長期化されること。

 ドローンによる『クリーンな戦争』を終わらせること。

 

 ――もしかしたら、我々のやったことは戦争を泥沼化させるだけかもしれない、と。


≪了≫


 

 

 

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