名も無き英雄の最後
宵埜白猫
名も無き英雄の最後
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。
それは一つでも多くの命を未来へ繋ぐことだ。
眼前に広がるのは惨たらしい戦火。
そこに横たわる人々は、漏れ無く死の
昨日まで溢れんばかりの花に囲まれて仕事をしていた夫婦も、俺がガキの頃から生きてた爺さんも、皆揃って血溜まりの中だ。
もちろん、俺も含めて。
実際、三分も持つのかどうかすら怪しい。
左腕の感覚はずいぶん前になくなって、踏み出す足にももう力が入らない。
魔族との戦いは、少し前から風向きが変わってきた。
人類の勝利はもう目前だ。
だから、と言うべきか魔族はこんな辺境の村まで襲うようになった。
勇者と呼ばれるような英傑達は皆最前線で戦っている。
こんなところに、助けなんて来るわけがない。
魔族ですらももうこの惨状を見飽きたのか、それとも次の村を襲いに行ったのか、あの
「……たすけて」
崩れた家の瓦礫の下から、少年の声が聞こえた。
この村の悲鳴を代弁する様な、絞り出した声だった。
「だれか、たすけて」
力の抜けた声で、少年は訴え続ける。
それでも、勇者は来ない。
彼らはきっと、この村のことなんて知りやしないから。
だからこの村の人間は皆死ぬ。
それが、魔族の描いたシナリオ。
取り戻した平和の中に、小さな傷を残すような、奴ららしい卑劣な手だ。
……気に食わない。
「……おじさん、助けて」
言葉を返してやることは出来なかった。
もう、そんなことに使っている力は残っていない。
最後の力で、瓦礫を少し、持ち上げた。
その僅かな隙間から、少年は自力で這い出した。
「ありがとう」
涙を堪える少年の目に、俺は妙な安心感を覚えた。
強い子だ。
君は戦わなくていい。
それは、勇者の仕事だから。
彼らはきっと、俺達に平和な世界を見せてくれる。
だから君は、好きなように生きていいんだ。
外で思いっきり遊んで笑うんだ。
恋をしてもいいし、自分の夢を追いかけてもいい。
そんな平和を謳歌して、穏やかな最期を迎えるんだ。
伝えたい。彼にそれだけでも伝えて目を閉じたいが、もうこの口は動きそうにない。
「……っ!」
だから、かろうじて動く右手で、少年の頭を撫でた。
大丈夫。君はあの瀬戸際から自分で這い出した。
生きる気力も、力もある。
最後にいいものが見れた。
わがままを言うなら、平和になった世界で、君が笑っているところを見たかったな。
力が抜ける。
少年の姿がぼやけ、何かを叫ぶ彼の声も遠くなってきた。
俺は勇者じゃないし、魔法も使いない。
それでも、一人でも多く殺そうとする魔族が襲った村で、一人でも生き残った人間がいたなら。
悪くない気分だ。
名も無き英雄の最後 宵埜白猫 @shironeko98
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます