シャトル脱出三分前

水乃流

第1話

 彼には三分以内にやらねばならないことがあった。すでにカウントダウンは始まっている。なんとしても、あのシャトルを無事に打ち上げなければ。最後の人類たちが乗っている、あのシャトルを。

 だが、このままではまずい。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが迫っているのだ。彼と彼の仲間たちは、バッファローの進路を変えるべく、これまでにもいくつかの作戦を実行してきた。

 最初の作戦は、ライオンの糞尿をバッファローの進路上に撒くことで、方向を変えさせようとした。しかし、本来であれば危険を察知して回避するはずのバッファローたちが、ライオンの臭いを無視して突き進んできた。

 次の作戦は障害物と罠。がれきを適当において、いくつかの落とし穴を作ったのだ。時間がなかったから、数も少なく深くもなかったが、進路を変えさせることはできるはずだった。しかし、バッファローの群れは落とし穴を回避し、少し迂回した後再び元の進路に戻ってしまった。そこで彼は気づく。群れを指揮する個体がいるのだと。おそらくは知性化した個体だろう。

 バッファローに限らず、知性化した獣――すなわち、人間と同じように思考し、創造することができる動物たちが、数年前から現れ始めていた。その結果、人類は生活圏テリトリーを縮小せざるを得ず、場所が狭くなるに従い人口も徐々に減っていったのだ。そして、今、最後の人類を乗せたシャトルが宇宙へと飛び立とうとしている。人類最後の希望。宇宙へと逃げ延び、そこで再び文明を築くか、あるいは火星やエンケラドゥスに植民地コロニーを作るか。あるいは太陽系を捨てて別の恒星系を目指すか。

 いずれにせよ、このシャトルが無事に打ち上がれば、の話だ。

「仕方がない」

 彼は持っていた巨大なライフルを構えると、近づくバッファローの群れをスコープの中に捉える。そして、目標ターゲットを探して……。

 いた。一頭だけ車輪のついた車――ローマ時代の戦車チャリオットに似た車に乗り、何やら叫んでいるバッファローが。

「すまない。許してくれ」

 できれば命を取ることはしたくなかった。だが、人類の運命がかかっている。彼はゆっくりと銃爪トリガーを絞った。指揮官バッファローの頭部に赤い花が咲いた。ゆっくりと崩れ落ちた指揮官は、同胞の群れの中に消えた。


               ※


 空へと伸びていく一条の雲を見上げながら、彼はほっと胸をなで下ろした。これで人間は生き延びることができる。少なくとも生き延びる機会ができた。もう地上に彼らの居場所はない。地球はもう獣たちの世界になったのだ。

「さらばだ、人類よ。近くて遠い種族よ」

 猿のリーダーである彼は、小さくつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シャトル脱出三分前 水乃流 @song_of_earth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説