筋肉モリモリ盛太郎には三分以内にやらなければならないことがあった。
松平真
第1話
筋肉モリモリ盛太郎には三分以内にやらなければならないことがあった。
筋肉モリモリ盛太郎は、本名は佐々木壮一朗という名の、筋肉をこよなく愛する男だ。
筋肉をモリモリにしていくことを愉しみに生きている男だ。
そのため、食事には非常に気を遣う。
すべては筋肉のために。
各種栄養素の領とバランスを緻密に計算し、筋肉を育て、維持しているのだ。
だが、如何にストイックな食生活を旨としている筋肉モリモリ盛太郎(本名 佐々木総一郎)であっても、それらを無視したい欲求が生まれ、いつしかその欲求は大きなストレスとなる。
ストレスは自律神経に影響を与え、各種内分泌の放出量に変化をもたらし……即ち筋肉に影響を与える。
それでは本末転倒だ。
そういった事態を避けるためには、
それが今日このときだった。
筋肉モリモリ盛太郎(本名 佐々木総一郎)は、前からチートデイに食べようと思っていたカップ麺にお湯を注いだ。
この男、ラーメンよりカップ麺の方が好みなのであった。
お湯を注ぎ終え、ふたを閉めつつ3分のキッチンタイマーを始動させた瞬間にあることを思い出した。
箸がない。ないのだ。フォークもない。
筋肉モリモリ盛太郎(本名 佐々木総一郎)は、食事の際にたびたび箸を折ってしまう悪癖があった。
食前・食後に筋肉に感謝をささげる際に力を込めてしまうのであった。
そして補充を忘れたまま、昨日最後の一膳を折ってしまったのであった。
このままでは、カップ麺が食べられない。
箸を買わなければならない。
おいしく食べるにはメーカーが定めた時間をきっちり守らねばならない。
即ち3分(残り172秒)以内に割り箸でいいので箸を買って戻ってこなければならない。
いや、別に3分を少し過ぎたぐらいでそんなに味が変わるわけがないや、なんか別の棒で代用したらいいのでは?などという惰弱な思考は筋肉モリモリ盛太郎(本名 佐々木総一郎)にはない。
彼は財布と部屋の鍵をつかみ取ると駆けだした。
最寄りのコンビニまでは、常人で片道5分。だが筋肉モリモリ盛太郎(本名 佐々木総一郎)が本気で筋肉を躍動させれば、1分に短縮できる。
往復で2分、箸を買うのに1分。
充分に可能なミッションだ。筋肉モリモリ盛太郎(本名 佐々木総一郎)にとっては。
筋肉モリモリ盛太郎(本名 佐々木総一郎)は、自身の住居であるマンションの部屋を開け放ち、飛び出した。
鍵はオートロックなので、放っておいてよい。
視界にはマンション3階の……約6m少し程度の高さの景色が広がる。
下には、駐車場。幸い人の気配はない。
筋肉モリモリ盛太郎は躊躇なく飛び降りた。そのほうが時間を短縮できるからだ。
常人なら、怪我をするリスクを考慮して飛び降りるのを躊躇い、無駄な時間を過ごし、カップ麺が伸びるのを手をこまねいて受け入れざるを得なかっただろう。
だが筋肉モリモリ盛太郎には、己の筋肉を疑う思考などない。
アスファルトとの衝突の瞬間、前回り受け身を行い、衝撃を逃がしつつ一瞬たりとも止まることなく再び駆け出した。残り154秒。
筋肉モリモリ盛太郎の走行速度はまるで矢のようだった。
あっという間にコンビニの看板が、次いで自動ドアが見えてくる。
通常なら、自動ドアの前で立ち止まり、開いた後に通過しなければならない。
だが停止、再度加速をするのは非効率だ。
筋肉モリモリ盛太郎は横からドアのセンサー領域に侵入し、そのまま通過しつつ横に旋回し、ドアが開いたタイミングで店内に突入した。残り118秒。
幸い店内には他に客はいない。店員がぎょっとして筋肉モリモリ盛太郎を見たが無視する。
棚と棚の間に素早く身体を入れ、目的の品えある割り箸を探す。
棚と棚の間が狭く速度を落とさざるを得ない。
目標を見つける。他の製品を落とすと拾い、戻さなければならない。そんな時間はない。
常人の早歩き程度まで速度を落としつつ、それでも止まらずに割り箸が複数入ったパックを取る。
速度を増しながらレジへと向かう。
「……っしゃーせー」若い男の店員は、筋肉モリモリ盛太郎に畏怖の視線を向けながらも、店員としての義務を果たそうとする。
が、それは筋肉モリモリ盛太郎が求めるほどの速度ではなかった。その怒りがより店員を怯えさせ、時間がかかる悪循環。残り86秒。
店員はレジを示す。客が自分で会計を済ませるタイプのレジだった。
筋肉モリモリ盛太郎は、財布からすでに取り出していた小銭を素早く入れていく。
264円。残り74秒。
レジの反応速度に内心苛立ちを覚えながら、会計が終わったことを確認すると割り箸をひっつかみ「っざしたー」という店員の声を背に受けながら店を出る。
残り63秒。
筋肉モリモリ盛太郎は、全力疾走を開始した。
行きのように飛び降りてのショートカットは不可能。
故に急がなければならない。早く、もっと早く!
その時、正面から全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが迫ってくる!
「ウオオオっ!」
筋肉モリモリ盛太郎は跳躍した。
全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの破壊力はその角の突進力がすべてだ!
飛び越えれば影響はない!
筋肉モリモリ盛太郎は、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによって更地のようになった街を駆ける!
マンションが見えてくる。幸いこのあたりは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの影響はなかったようだ。
一階エントランスに突入する。残り18秒。
エレベーターは、マーフィーの法則に従ってちょうど離れていったところだった。
元よりエレベーターなどに頼るつもりはない。頼れるのは己の筋肉のみ……!
階段を駆け上がる!2F!3F!
踊り場に飛び出す!自分の部屋へ!
鍵を刺し込み、回し扉開け放つ!
残り9秒!
筋肉モリモリ盛太郎は、部屋に入ると手を洗い、うがいをし、席に着き、割り箸を取り出した。
その瞬間にキッチンタイマーが鳴り響く。
残り0秒。
「いただきます」
筋肉モリモリ盛太郎は、手を合わせてからカップ麺の蓋を取り去った。
正午のあたたかな日差しが刺し込む部屋で、しばらく麺を啜る音だけが響き渡った。
筋肉モリモリ盛太郎には三分以内にやらなければならないことがあった。 松平真 @mappei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。筋肉モリモリ盛太郎には三分以内にやらなければならないことがあった。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます