史上最大の、3分以内の告白

浬由有 杳

至上最大の、3分以内の告白

 文明監視員430番太陽系第3惑星係、現地名『諸星もろぼしかける』には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 それこそ、毎日、山のように大量に。


 なにせ、M78星雲「光の星」出身者、俗に言う『ウルトラ星人マン』は、地球上では最長3分しか本来の能力を発揮できない。地球上のあちこちで、数限りなく発生する地球人の手に余る問題に対処するには、移動時間も含めて常に3分以内に迅速に行動する必要がある。


 とは言っても、一昔前のように本来の大きさ、つまり『体長40メートル体重3000トン』に戻って、禍威獣カイジュウや外星人(昔で言うところの怪獣や宇宙人)と戦う必要はない。現時点での彼の任務のほとんどは、人類全体の脅威になりえる細菌兵器や超核兵器の開発を防ぐとか、敵国に核爆弾をぶち込もうとする独裁者の計画をちょっと邪魔するとか、そんな些細な、秘密裏の任務ばかりではあるが。


 彼が就職試験を受ける直前に「宇宙生命体生存選択権保障法」が新たに施行された。そのため、星間連邦に属するすべての知的生命体は、「種の存在選択権の自由の原則」を厳守した上で、発展途上生命体の保護活動を行わなければならなくなった。つまり、その種族が明るい未来へ向かおうと、滅亡への道を選ぼうと、宇宙連邦加盟国家は一切の関知を禁じられた。


 地球外の知的生命体は、政治的にも経済的にも、悪意からであれ、好意からであれ、地球人に迂闊に接触しようとはしなくなった。人類を利用しようとする外星人の侵略や不法侵入は無くなった。が、同時に、大昔の祖先に似た地球人を愛し、その保護を唱えてきた『ウルトラ星人』たちも、地球人自らが、自らの星の生態環境を破壊し、種として滅亡に向かいつつある現状に、大っぴらに口出しすることもできなくなった。

 実際に、できることと言えば、見守るついでに、秘密裏にちょっとした善意の手助けをするくらいだ。


 『人生の師』とも仰いできた尊敬する叔父から、恒星観測員340号として地球に滞在していた頃の現地人との友情や甘ずっぱい初恋の思い出を聞かされて育った彼にとって、地球は憧れの地であった。

 だからこそ、誰も行きたがらない辺境の太陽系第3惑星の『文明監視員』なんて職を選んだというのに。


 これでは、苦しい修行の末せっかく身に着けた『アイスラッガー』も『エメリウム光線』も『ワイドショット』も何の意味もない。使えそうな技術と言えば、ごく基本的なもののみ。本来の腕力とジャンプ力、加えて瞬間移動テレポーテーションや不可視化の術くらいだろうか?


 おまけに単身赴任だし、僻地勤務手当も危険手当もない。給与の5パーセントの『他惑星常駐手当』が一律に加算されるため、時間外労働をどんなにしようと、給与の額は変わらない。前任者の愚痴から察するに、勤務は超ハードでエンドレス。なのに、地球人にも他の外星人にも知られないように機密性を重視しなければならない。


 給与に関しては、現地の就職先でも生活できるだけの現地支給金が入手できると聞いて、少し安堵した。


 どちらにしても、叔父さんから聞いた話とは全く違う。


 派遣直前に任務の実態を聞かされた時、彼は心底がっかりし、自分の選択を心から後悔した。


 派遣期間は原則、地球時間で最短で1年、最長でも3年。できるだけ早く部署変更を願い出ようと、さっそく心に決めた彼だった。


 防衛大臣として現地に潜入している上司ゾフィーのコネで、無事に怪しまれることもなく、『文明監視員430番』は、『諸星もろぼしかける』の現地名で、首尾よく『禍威獣特設対策室(通称、禍特対カトクタイまたはSSSP)』に就職することになったのだが。


 彼ら地球人の最新科学技術を結集して地下に築かれたという『本部』に案内され、友里ゆりあきら隊長率いる現SSSPメンバーたちに紹介された時・・・

思いがけないことが起きたのだった。


 まさに、それは稲妻。息が詰まるほどの衝撃だった。


「恋とはするものではなく落ちるものだ」とは、どこで聞いた名言だったのだろう?


 生まれてから6500年~地球人の年齢で言えば20歳くらい?~真面目で修業バカで、浮いた話一つなかった彼は、まさにその場で一目で恋に落ちた。

 正真正銘の生まれて初めての恋に。


*  *  *  *  *


 彼は悩んでいた。


 分裂や単性生殖ではなく有性生殖を主として行う知的生命体全般に通じる人生最大の悩み。つまり『恋の悩み』に。


 自星在住時でさえ、恋人はおろか、軽く付き合ったことすらない彼だ。同星人間の恋愛事情に疎いことには自信がある。いわんや、相手は地球人。身体の仕組みだって、生態だって、考え方だって、全く違う。文化・文明の差も歴然としている。


 どうすればいいのだろう?

 常識的に考えて、この恋は諦めるべきだ。だけど、自分以外の、『人間』と結ばれるなんて、考えたくない。ずっと、そばにいたい。もっと触れてみたいし、もっと触れてほしい。ふだんのじゃれあいのような形でなく。


 新米の頃から、単なる後輩に対する以上に好意的に接してくれている・・・そんな気はするのだけれど。


 彼は大いに悩んだ。

 事情が事情だけに、誰にも打ち明けることもできずに。若者らしく~ウルトラ星人としては十分に『若者』である~ひたすら悶々と。

 

 同じ職場で常に傍にいる想い人のさりげない一言に、ちょっとした仕草に、一喜一憂する。楽しいような苦しいようなそんな日々が、気が付けば、ほぼ3年近く続いていた。


 常駐員としての地球滞在期間が、残すところ地球時間で1か月を切った頃。

 とうとう彼は、たまたま二人で夜勤になったSSSPの数少ない女性メンバー、桐山きりやま薫子かおるこ隊員に、あくまでさりげない形で相談してみることにした。


 ちなみに地球人社会で『働き方改革』が叫ばれる近年、夜勤は週に2日以内と決められている。SSSP(旧地球防衛隊)の隊員数も12人と倍増している。もちろん代休も特別手当も出る。


*  *  *  *  *


 桐山女史はオリンピック級の射撃の名手。同時に日本が世界に誇る優秀な生物学者でSSSPデータ分析班のリーダーを務めるスーパーレディだ。凹凸のくっきりしたボディは生物学的見地からも素晴らしいと言えよう。経験豊富な恋多き女でもあった。


 彼の、やたらと躊躇いがちの、あいまいな話から何事か察したのか。

 彼女はいやな顔もせず、じっくりと、茶化すことなく彼の話を聞いてくれた。

 まあ、単に、その夜は大きな事件もなさそうで、暇だったからかもしれない。


「そうねぇ。まずは、飾らない本当の自分を見せて、正直に気持ちを伝えてみることかしら?少なくとも、私は、そんな初々しい人が好きよ」


「本当の自分、ですか?ふだんとのギャップが大きすぎて、嫌われてしまうかもしらないのに?」


「それでもよ。相手のことが知りたいなら、まずは自分のことを話さなくっちゃ。勇気を出して。誠意はきっと伝わるはずよ」


「だけど、例えば、例えば、ですよ。僕が実は地球人じゃなかったとしたら?それでも、嫌われたりしないと思いますか?」


かける君が宇宙人?コンビニのラーメンにドはまりして、休みの日は、キャップと鍛錬ばっかりしてる、あなたが?笑えるわ、そのジョーク」


 桐山女史はケラケラ笑ったが、すぐに彼の真剣な顔に気づいて言い直した。


「人間であろうと宇宙人であろうと、翔君は翔君に変わりないじゃないの。SSSPの仲間は少なくとも皆そう言うわよ」


 その時、いきなり、基地全体が大きく揺れた。

 数分で揺れが収まったかと思うと、通信機が鳴った。


「こちら、SSSP本部、桐山です」


友里ゆりだ。RCNK海域で異常反応があったらしい。UNから直接、緊急通信があった。すぐにファイター1で現地に向かう。フェーズ3体制を取れ」


 友里隊長の緊張した声が響いた。


 久々の休暇で実家に戻っていたはずなのに、ツイてない人である。いや、休暇中も緊急事態に備えて待機している国家公務員の鏡のような男だというべきか。


 二人は「了解」と答えて、不安げに顔を見合わせた。


*  *  *  *  *


「どうやらR国の核実験の影響で遺伝子変異を起こしたクジラの一種だと思われます」


「クジラだと?あのバカでかい金色に光る海坊主のような生き物が?」


 桐山女史の分析結果に隊長が驚きの声を上げた。


「短い脚までついているぞ。子どもの頃に絵本で見た海坊主に足が生えたようだ」


「キャップ、何と言われようと、あれはクジラの変異種です。分析班の名誉に誓って」


 うんざりしたような口調で切り返す桐山女史に、隊長が重ねて問いかける。


「異界から持ち込まれ対人生物兵器カイジュウである可能性は?」


「最後に本物の禍威獣カイジュウが現れてすでに30年ですよ。ありえません。遺伝子分析から断言できます。あれはバイオハザードによる偶然の産物です。まあ、レーザーもロケット弾も効果がないなんて、どちらにしても厄介ですが」


「わかった。とりあえず、暫定的に『変異獣うみぼうず』と呼ぶことにする。引き続き分析を頼む」


 『諸星もろぼしかける』はSSSPのロゴの入った特殊車両タンクのランチャーを連打してけん制しながら、戦闘機と本部で交わされる会話を盗み聞いていた。こういう時は、ウルトラ星人の聴力は実に便利だ。


 どうしたものだろう?これくらいの生物やつ、本来の姿に変身すれば、自分の敵ではないのだが。


 攻撃を続けながらも、五感をフル活用して、周囲を観察する。


 ダメだ。周囲に人が多すぎる。この状態で、変身することはできない。


 自衛隊はもちろんのこと、国籍不明のヘリやら各国の報道陣ジャーナリストの車や船やらが、現場周辺に溢れている。

 仕方がない奴らだ。危険だから退避するようにUNを通じて警報がだされているはずなのに。


 万が一、死傷した場合は自己責任でかまわないってことかな?


 ため息交じりにそう心の中で呟いたとき、視界の隅で金色の光線が螺旋状に煌めいた。『うみぼうず』の裂けた口から戦闘機ジェットファイターに向かって伸びていく。


「キャップ、危ない!」


 桐山女史が悲鳴を上げた。


 戦闘機は、巧みに空中で方向を変え、幾度も角度を変えながら、光線を避けようと奮闘していた。が、ついに、避けきれずに、その尾羽の一部が火を噴いた。白い煙を上げながら、戦闘機は『うみぼうず』に向かって突っ込んでいく。


 限界だった。バレようと、どうなろうと知ったことか。


 彼はタンクから飛び出ると、胸ポケットから金色に光る『メガネ』を取り出し、双眸に当てた。


 眩い光とともに、オレンジと銀色の巨人が現れ、変異獣にぶち当たった。

 突き出した腕でパンチされた変異獣『うみぼうず』は跡形もなく消し飛んだ。


*  *  *  *  *


 おかしい。自分はまだ生きているのか?

 制御不能の機体で変異獣に特攻したはずなのに・・・。


 SSSP隊長友里ゆりあきらは食いしばった顎から力を抜き、固く瞑っていた瞼をおそるおそる開けた。


 目の前にある姿が信じられずに、目をパチクリする。


 彼の全身は、昔、曾祖母から聞いた通りの巨人、憧れの正義の味方の手に包まれていた。そっと、優しく。


「あなたは・・ウルトラ〇〇〇?再び、地球を救いに来てくれたのか?」


 感激のあまり涙ぐみながら呟くと、気分を害したような『声』がした。


「それは俺の叔父ですよ、隊長。間違わないでください。あなたを助けたのは、この俺です」


 頭に響くその口調には覚えがあった。


「まさか、諸星もろぼしかけるなのか?」


 巨人は頷くと、ゆっくりと身をかがめて、彼の身体を細心の注意を払いながら地面に下ろした。


「すみません。だましていて。俺、本当は地球人じゃないんです。M78星雲から来たウルトラ星人、ウルトラ〇〇〇の甥なんです。どうか、嫌わないでください」


 しゅんと項垂れる姿に、お気に入りの後輩の姿が重なった。


「嫌いになったりしないさ。お前がお前であることには変わりがないだろ?」


 未だに独身の叔父の初恋の人の曾孫の友里ゆりあきらは言った。


*  *  *  *  *


 想い人の無事にホッとしたとたん、桐山女史のアドバイスが脳裏を過った。


 この姿を見ても、彼は自分は自分だと言ってくれた。

 今こそ、思いの丈を告げる最適の機会ではないだろうか?


 全身が熱くなる。胸の鼓動がいやに大きく速い気がする。いや、これは鼓動ではなく、カラータイマーの音だ。


 もう時間がない。


「隊長、好きです。結婚してください!」


 思いもよらぬ告白に、細マッチョの美丈夫の地球人は、目を大きく見開いた。それから


「まずは、友達から始めないか」


 と、顔を赤らめた。


*  *  *  *  *


 心話を地球上で実際に使ったのは、初めてだった。

 本来の大きさの声帯で声を出せば大きすぎて意味が分からないだろうというとっさの判断で使ってみたのだが。

 問題なく話が通じて助かった。

 本当によかった。念のため叔父さんから習っておいて。


 彼は知らなかったのだ。件の叔父が地球に滞在していた時代と違って、今では地球上では様々な周波数の電波を使って情報伝達がされていることを。

 隊長あきらの脳に直接話しかけるのに利用した周波数が、たまたま日本の三大電気通信企業の一つが利用している周波数であったなんて。


 結果として、彼らの会話は筒抜けになり、彼らの恋愛が多くの人々から生暖かく見守られることになった。


 この後、太陽系第三惑星管轄の直属上司が大いに頭を悩ませたことは言うまでもない。


 ちなみに、ウルトラ〇〇〇の甥、地球名『諸星翔』は、バツとして辺境地太陽系第三惑星流し100年の刑に処されることになった。


 すっかり有名人になってしまった彼は、SSSPの名物隊員として、愛しの明隊長と仲睦まじく暮らしたとか。

 

                                THE END


※ごめんなさい。悪乗りしました。

 三分間以内というと、どうしてもウルトラマンしか思いつきませんでした。

 セブンはウルトラシリーズの中で一丸好きでした。シン・ウルトラマンも映画館まで見に行きました!

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