帰ってきた幼馴染とこれから【アーカイブ版】

「はい、これ、あなたのカメラ」


 生徒会室から離れると、冬壁ふゆかべが現れ無傷の一眼レフを差し出した。

 夏樫なつかしが生徒会長に示したのは、あの廃部室に転がっていた壊れたカメラだった。どうやら写真部のものだったらしい。

 怪我ひとつ負わずロボットを倒して合流した冬壁が、おれたちが生徒会長に会っている間にカメラから異質物いしつぶつを切除していたのだ。


「大切なものなんでしょう? もう、悪いことに使わないようにね」


 百目とどめは頷くと、手元に戻ってきたカメラを両手で包み込み、そっと抱きしめた。


「ありがとう……大切にするわ」


 その顔で選挙に出ていれば、間違いなく当選していただろう良い笑顔で彼女は答えた。そして、夏樫のほうを見て、


「夏樫さん、わたし、絶対に有名なカメラマンになって見せるから……いつか、あなたのベストショットを撮らせてね」


 熱っぽい視線と口調でそんなことを言い残し、去っていく。


「夏樫? アレはどういうこと? またちょっかいかけたの?」

「ん? ちょっと悩めるカワイコちゃんを励ましたっただけやで? 妬いとるん~?」

「そんなわけないでしょ!」


 ニヤニヤする夏樫と顔を赤らめて否定する冬壁の相変わらずなやり取りを聞いていると、さっきまでのドタバタした修羅場が終わった実感がやってきて、おれは大きく息をついた。

パタパタと草履の足音が響いて、冬壁の背後からにゅっと緑色の振り袖が伸びてきた。

「フ~ユぴん!」

「うわ、もみじさん!?」


 突然冬壁の背後から抱きしめたのは、病院で会った桜餅みたいな女性だった。


「さくらから、事件解決したって聞いたからもうフユたんを独り占めしてもいーよね~。

おつかれさまーフユぴん! けがはない? 帰ったら一緒にお饅頭たべよ~ね~」


 あのとき熱弁していた冬壁愛を、これでもかと見せつけてくる。

 学校の中で、体操着姿の女子生徒に抱きつく和服の女性というのはめちゃくちゃに目立つ。実際ちらちら視線が集まってくるし。


「ちょっと、放して……くるしい……」

「い~やです~久々に会えたんだからもっと冬壁成分補給する~」

「こっちはあなたと同じ顔としょっちゅう顔を会わせてるのよ!」

「スー、ハー……あ~いい……あ、体操服白くなっちゃったね~、代わりのまた用意するからこれはもみじが責任をもって処分しておくねっ、ぐへへへ」

「かぐな! あなたに渡したら絶対ヘンなことするでしょ、お断りよ!」

「ちぇ~、じゃあ今のうちにもっとぎゅっとする~」


 もがく冬壁をなおも抱きすくめ、艶やかな黒髪に鼻先を埋めてご満悦の「はるもみ」さん。着物の胸元に冬壁の頭が埋まっているため首を振って逃れることができないようだ。夏樫ほどではないにせよ、恐ろしい包容力だ。

 呆然と見ていると、ひとしきり堪能したらしい彼女は顔を冬壁の後頭部から放して(しかし腕の中に閉じこめたままで)おれのほうを見る。


「キミもお疲れさまっ。キミのしなきゃいけないことは、うまくいったかな?」


 急にオトナっぽい表情でそんなことを言われたので、おれはテンションの落差に目を白黒させながら口を開いた。


「あ、はい……盗撮事件は解決したし、これでもう大丈夫……まあ、夏樫と冬壁に全部やってもらった感じだけど」


 そうなのだ。おれなりに奔走したつもりだったが、結局一人では異質物相手ではまったく手がかりもつかめず、夏樫と冬壁が来てからは二人があっという間に解決してしまった。

 つくづく自分の実力のなさを痛感しているとーー


「なあに言うとんの、マサキくん。キミがあの子の失禁シーンを激写したからトドメがさせたんやで?」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「だいじょうぶ」


 アレはほとんど夏樫のお膳立てじゃないか、と言おうとしたが、はるもみさんが左手で冬壁を確保しつつ、右手をおれに差し出した。そこには一昨日おれが握りつぶした跡がうっすら残っている。

 ……え、おれそんなに強く握ったのか……?


「キミがこんなに強い思いを込めて動かなかったら、夏樫ちゃんもフユぽんも呼び寄せられなかったよ。もみじは二人とらぶらぶだけど、そう簡単にこっちに来てくれるわけじゃないからね」


 赤い手形が、それこそ紅葉のように残る白い手をグーとパーにして見せながら、はるもみさんは微笑んだ。


「だから、キミは自分をほめてあげていいんだよっ。それに、キミはキミが守った女の子のためにこれからも出来ることがいくらでもあるじゃない」

「そうよ、私たちは解決したら別の世界に行くし……あなたが異質物を譲って生きながらえさせたんだから、責任はあなただけのものよ。最後まで彼女を支えなさいよね」


 はるもみさんと、捕獲されたまま、やや照れくさそうな冬壁の言葉は、おれの背中を押して、胸に火をつけてくれるようだった。


「わかった……おれ、がんばるよ、フジモトのために」


 宣言すると、おれを助けてくれたモノクロの少女二人と桜餅みたいな女性は満足そうに頷いた。


「また二人に会いたくなったらもみじに声かけてね!! 今度は代わりにハグしてくれたらいいから!!」

「いつでも駆けつけるで~キミとキョーカちゃんの進展も楽しみやしなっ」


 そんなことを言うはるもみさんと夏樫に、内心ずっこけそうになる。




 金曜日の朝、おれはそわそわとホームルームが始まるのを待っていた。

 何人かのクラスメイトはそんなおれをニヤニヤと見ているが、構ってられない。

今日はフジモトが、学校に戻ってくるのだから。

 チャイムが鳴って、入ってきた担任が少し意気込んで告げる。


「知っている者もいるようだけど、長く休学していた藤元が今日からこのクラスに戻ってくる。みんな、仲良くしてくれ」


 そして夏樫と冬壁の転校のときのように、ドアが引かれて、昨日も見た制服姿が入ってきて、教壇に立つ。

 血色の良くなった、緊張しつつも明るい顔。さっぱりしたショートヘア。


藤元京香ふじもときょうかです。入院してご無沙汰しちゃってましたが、元気になりました! 今日から、またよろしくお願いします!!」


 勢いよく頭を下げたフジモトに、おれはありったけの力を込めて拍手した。

 他のみんなも、夏樫と冬壁も手を叩いてフジモトを歓迎する。

 夏樫と冬壁は、売りさばかれた写真を回収しきったのが確認されるまでこの学校に残ることになった。夏樫はもちろん、複雑そうな顔をしていた冬壁にも、しばしの学園生活を楽しんで欲しいと思う。二回も彼女たちに救われたおれが感謝の証として出来るのはそれくらい――彼女たち(主に夏樫)に振り回されながらも彼女たち(夏樫は勝手に楽しむので主に冬壁)に少しでも楽しい思いをしてもらうことくらいだ。

 愉快そうな夏樫と、おとといナース姿で見せたような笑顔で拍手する冬壁を横目で見ながら、おれはそう思った。

 頭を上げたフジモトが白黒と黒白の二人に気づいて、目を丸くする。

 さて、どう紹介しようか。やっぱりそっくりな妹という線でいくか?

 この後のことを想像して、おれは心が浮き立つのを感じた。



【パパラッチ・ハートキャッチ編 完】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キリトリトラベル『パパラッチ・ハートキャッチ』【連載版 アーカイブ】 地崎守 晶  @kararu11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ