投影召喚士は全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの夢を見るか?

志波 煌汰

想像し、創造せよ

 投影召喚士ムソーには三分以内にやらなければならないことがあった。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れについて考察することである。

 脅威は音を立てながら眼前に迫ってきている。躊躇う暇はない。

 死の危険に打ち勝つために――奴に打ち勝てる存在を、想像し創造しなくては。


 「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」。偉大なSF作家、ジュール・ベルヌの言葉である。

 投影召喚士はその因果を逆用し、想像を無から召喚する魔術を使う魔術師だ。

 当然ながら、容易い仕儀ではない。想像を実現するには、微に入り細を穿つイマジネーションが必要とされる。素人には鉛筆一本を召喚するのも困難だ。

 強大な存在に抗うためには、その存在に勝てるものをしっかりと想定しなくてはいけない。

 だからこそ、ムソーは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れについて考えるのだ。それも、たったの三分で。

 厳しい仕事だが、それでもやらなければいけない。

 あらゆる戦士、魔術師があの猛烈な突進の前に倒れた今、世界を救えるのはムソーの投影召喚しかないのだから。


 バッファロー。本来は水牛を指す言葉だが、この場合はアメリカバイソンのことを指す。哺乳綱偶蹄目ウシ科バイソン属に分類される偶蹄類。別名「アメリカヤギュウ」とも。北アメリカに生息する巨大な牛である。

恐るべきはその突進力。最高時速は時速70キロに達し、走行継続距離は8キロメートルにも及ぶ、跳躍力も高さ1.8メートルのものを飛び越えるなど、凄まじい脚力が特徴だ。

 しかも、「全てを破壊しながら突き進む」のである。


 全て。全てとは何か。

 まず自然物や建造物はものともしない。全てを破壊するのだ。そんなのは障害物のうちに入らない。

 形あるものは、バッファローの突進の前に砕け散る。

 では形のないものは? 例えば空気。

 当然これも破壊する。全てを破壊するのだから当然である。空気抵抗すらも破壊するバッファローの群れはぐんぐんと加速する。

 その突進は何にも遮られることはない。それは時や空間、あるいは死でさえもだ。そこにあるなら、全てを破壊する。ついさっきまであったんですけどね。バッファローの群れが壊しちゃいましてね。


 だがここではたと思う。「全て」の中には、「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」も含まれるのではないか? 「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」は「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」自身でさえも再帰的に破壊してしまうのでは? つまるところ、放っておけば勝手に自滅してしまうのでは?

 当然そうはならない。何故か。バッファローの群れは全てを破壊するが、バッファローの群れ自身は「全ての外」にあるからだ。どういうことかと言えば、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、影なのである。

 古代ギリシャの哲学者プラトンが「国家」という著作に記した例えにこういったものがある。地下の洞窟に縛られて暮らす人々は、動くことも出来ず壁に映る影だけを見ている。その人々はそれしか知らないが故に、その影を実体だと思いこんでいる。だが実際には、影は影であり、実体は別にある。プラトンはこれを「我々もまた、イデアの影を見ているだけに過ぎない」ということの例えとして使用した。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れもそうである。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、この世界より高次な存在がこの世に落とした影に過ぎない。本体はこの世界の外にあり、それは当然この世界の「全て」には含まれない。時も空間も死も、この世に厳然として存在する概念ならばバッファローの群れは全て破壊するが、「全て」に含まれないものは破壊出来ない。故に高次存在の影であり、「全て」に含まれない自分自身を破壊することもない。


 ここまで考えるのに、すでに三分が経とうとしていた。迫りくる死は目と鼻の先だ。ムソーは自分の考察に抜けがないか必死で考える。想定漏れはないか。弱点はないか。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを倒す方法はないか。


 ない。それがムソーの結論だった。


 ムソーはそれを確信し、

 そして、高らかに詠唱をした。



「契約の楔に縛られて出でよ!! 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れよ!!」



 そしてムソーが投影召喚した全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、眼前に迫っていた特異災害存在№42――に突進し、文字通り「全て」を破壊した。



「ふうう~~~~~~~」

 ムソーは大きく息を吐く。

 特異災害存在№42、通称「全て《ジ・オール》」をなんとか撃退することが出来た。あらゆる兵器も、戦士も、魔術師も、ここまでにあの「全て」によって数多の犠牲が出てしまった。だが、倒せた。「全て」を倒せる存在について微に入り細を穿つ想像することで、打ち勝つことのできる存在を創造できた。

 投影召喚のイメージ補助として使っているカードデッキで「バッファローの群れ」が出てきたときはちょっと絶望もしたものだが、理論と考察によってバッファローの群れを無事に「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」へと昇華・召喚できた。これはムソー史上でも偉業と言っていい。

 何はともあれ、世界は救われた。あまりにも脳を酷使して疲れた。頭が揺れている気がする。


 と、揺れているのは気のせいではないことにムソーは気づいた。

 召喚したバッファローの群れが大地を揺らすのに合わせて体も揺れていたのだ。

 ムソーは苦笑する。さっさとあのバッファローを消し去ってしまおう。どの道投影召喚したものは長持ちしない。術式にそういう契約を加えることでより力を増しているからだ。

「契約の楔の名のもとに命ずる。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れよ、退去せよ」

 だが、反応はなかった。バッファローは変わらず突進している。

「……?」

 いぶかしげな面持ちで「退去せよ」と繰り返す。消える様子は一向になる。バッファローは変わらず、全てを破壊しながら突き進んでいる。


 ……全てを?

「あ」

 そこで、ふと気づく。ムソーは「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」を顕現させた。その走りを遮るもの全てを破壊せよと念じ、そういうものを想像し、高い精度で創造した。

 創造、してしまった。

 では、そのバッファローの群れにとって。


 自らを消し去る契約の楔は、「その走りを遮るもの全て」に含まれるのではないか?








 投影召喚士ムソーには新たにやらなければならないことが出来た。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを倒せる存在について、考察することである。


(了)

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