覚悟なんてできてない。
かきはらともえ
覚悟なんてできていない。
私には三分以内にやらなければならないことがあった。
(私は人を殺してしまった――)
以前から
計画を練っていたのであれば今からするべきことはアリバイ工作で、勢いに任せてしまって
少女がいるのは自分の通う中学校の校舎内である。
どんよりと薄暗い放課後。雨は朝から降り続いている。
少女の目の前にはひとつの死体がある。
女子中学生が死んでいる。
肩のくらいの位置で揃っているボブカットで、その女子中学生がかけていた眼鏡は床に転がっている。
首にはスカーフが強く巻きつけられている。
強く絞めつけられた首は内出血していて、口周りには唾液と
つん、とした臭いが気分を悪くさせる。
「…………」
少女は自分の手のひらを見る。
細く長い指で、昔から器用だと言われてきた自分の手を。この手で、あの自分のセーラー服からスカーフを外して、あの女子中学生の首を絞めた。
人を殺したというのに。
少女の手は震えてさえいない。
手汗さえかいていない。
(いつもの自分の手だ)
と思った。
こういう場合は、どうするべきなのだろうか。
日本の警察というのはとても優秀だと聞く。この前、十四歳になったばかりの少女に何ができるというのだろうか。
どうして殺したのかよくわからない。
放課後、校舎内を歩いていた。通りかかった教室の中を見た。すると、机に向かってノートと教科書を開いて勉強をしている女子中学生がいた。
それを見て、『殺せる』と思った。気がついたら殺していた。
「あーあ、なんでこんなことしちゃったんだろうなあ」
少し窓の外を見た。薄暗くて、自分の顔が反射している。
苦笑いを浮かべている自分の顔が、そこにある。
『人を殺すこと』には悪意があろうとなかろうと、事故であろうとなかろうと許されないことである。
人生という道を決定的に踏み外したことになる。
少女は少しだけ考えた。
(私が今すぐにやるべきことは自首だ)
やるべきことは諦めることで、覚悟をして出頭するということだ。
少女の覚悟が決まろうというときだった。
窓に反射している自分の後ろに人影があることに気づいた。
「!」
ぎょっとして振り返る。
そこには誰かがいた。
自分と同じセーラー服を着ている。
振り向くと同時に姿を引っ込めた。廊下を走る音が聞こえる。
(見られた……!)
慌てて教室を飛び出した。
扉を開けて出た――ところにその人物はいた。
セーラー服の少女は、まるで少女が慌てて飛び出してくることがわかっていたかのように。
「…………うっ!」
痛みだった。
少女の腹部に鈍い痛みが走る。続けて引き裂かれるような痛みを感じた。
少女の腹部には包丁が突き立てられていて、それが引き抜かれたのだった。
喉が壊れるような絶叫と共に、少女はぐるりと回って床に転倒する。
辺りには血が飛び散る。
(人を絞め殺したのだから刺し殺されても仕方がない――なんてとてもじゃないけれど思えないわね)
少女は罪を認める覚悟はできたけれど、殺される覚悟はできていなかった。
たった三分という時間では、とても。
覚悟なんてできてない。 かきはらともえ @rakud
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